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五章 レックスの護衛3


 アランは生まれて初めて船に乗って、盛大に船酔いをした。


 レックス達の護衛として来ているはずが、レックスやクリスにひたすら心配されて、クリスに魔術まで使ってもらってしまったのだから、あとでウィンストンに報告されたら減俸ものだろう。


 アランと同じように船酔いをしている人間は多く、兵士たちは半分くらいは倒れていたが、船の上では幸い敵も襲ってこない。海賊なんかに襲われたらアウトだったが、日頃の行いが良いのか何事もなく目的地の港に着いた。


「俺とロジャーは何が違うんだろうな」


 ふらふらになりながら船を降りるアランに対し、ロジャーの足取りは普段通りだ。ロジャーも船に乗ったことはないと言っていたし、アランと同じで揺れる床の上で雑魚寝していたはずだが、何か体の作りが違うのだろうか。


「見た目じゃない? だってレックスもクリスも平気そうだし。あっちで吐いてた兵士はなんかアランと一緒でむさ苦しいし」

「世の中不公平すぎないか」


 見た目が悪い方が船酔いをするということであれば、いいところが一つもない。


 地面についてもまだ体全体が揺れている気がしたが、それでもなんとか気を引き締める。船の中では倒れられても、さすがに護衛の隊長を任されているアランが、国外に上陸してまでふらふらするわけにもいくまい。


 そう思った瞬間に、見知った顔が見えて一気に気が抜けた。


「アラン! 久しぶりだな。どうした、顔色が悪いぞ」


 明るく言ったのはアイザックだった。日に焼けた肌と短い金髪が相変わらず健康的そうで、全く曇りのない表情が目に眩しい。


 頭に響くような声に、こめかみをさすった。


「アイザック、どうしたこんなところで」

「どうしたって迎えに来たんだ。レックスやエイベルやクリスが来ると聞いてたからな。アランは知らなかったが、護衛として来たのか? 本当に会えて嬉しい」


 そう言ってぎゅっとハグをされるが、先ほどまでの船酔いの気持ち悪さと、上陸した緊張感から、熱烈な感動の言葉は返せない。


「いまこの役立たずは、船酔いで立ってるのがやっとだから放っておいてあげて」

「ロジャーも久しぶりだな! レックス達は?」


 アイザックの言葉に、ロジャーが船内を覗き込む。そもそもアラン達兵士が先に降りて安全を確認してから、レックス達が出てくる予定だったのだ。


「レックス、降りてきて大丈夫ですよ。なんか偉そうな人が迎えに来てますけど」

「偉そうな人? 俺が?」

「だってアイザックがこの国の王様になるんじゃないの?」


 ロジャーの言葉に、アイザックは「ああ」と笑った。


「王様はまだ決めてない。なかなか決まらないから、もうカードゲームで決めようと思ってるんだ」

「なにそれ面白そうな国だね」

「まじで言ってるか?」

「俺はわりと本気だったけど、オーウェンには凍りつきそうな視線を向けられたな」


 楽しそうに笑ったアイザックに、アランは苦笑する。オーウェンも苦労しているらしいと思ったからだが、そのうちにもレックスたちが船を降りてきた。


「アイザック! 久しぶり」

「久しぶりだな。こちらまで来てもらって本当に嬉しい。助かったよ。エイベルのこともだが、レックスのこともかなり頼みにしてる」

「うん。僕に何ができるか分からないけど、できるかぎりは力になりたいと思ってるよ」


 もともとエイベルがアルビオンに来た理由は、そもそも政治のことなど何も分からない魔術師たちが、助けてくれと頼み込んだからだと聞いている。それであればクラウィスをはじめとして、国内の色々な領地のことなどを知っているレックスも力になれるのではないか、ということで、レックスも同席を決めたらしい。ウィンストンは最側近二人が二人とも抜けると困ると言ったらしいが、最終的には送り出しているのだから多少の配慮はあるのだろう。


「案内するよ。馬車も用意している」


 アイザックはそう言ってレックス達を馬車に乗せて、護衛として来たアラン達と馬を並べた。


「アイザックも馬車に乗らなくていいのか?」

「俺はレックス達の護衛に来たんだぞ」

「頼もしいな。国内にはそれだけ危険があるか?」

「どうかな。どっちかといえばビビられてる。俺らを見たら国民は引っ込むし、今のところは暴動も何もないよ。おとなしいものだ」


 アイザックはそう言って周囲の長閑な景色を見回す。カエルム国に取り込まれた北側にある荒野などとは違って、緑が多い豊かな土地だ。


「たしかに普通の市民はびびって引っ込むだろうな。クラウィスにいた貴族達は?」

「領地に散ってる。自領を持っていない貴族は縁のある貴族の領に身を寄せているらしい。問題はそっちだな」

「暴動の危険がある?」

「いや、それはないだろう。散った軍の幹部も兵士をかき集めようとしていたようだが、兵士たちはほとんど戻ってこないみたいだな」

「カエルムにどんどん流れて来てるよ」


 魔術師と二度と戦いたくないという兵士達はいるはずだ。アランもアイザック達を相手に突っ込めと言われるような軍なら、一日で辞める。


「だな。それはそれでそちらで頼みたい。今のところ俺たちに軍や兵士は必要ないからな」

「カエルムは来るもの拒まずだよ。貴族は選定してるみたいだが、市民はほぼ無条件で受け入れてる。暴動の危険がないなら、領地に散った貴族達の何が問題だ?」

「領民から金を巻き上げてるらしい。壊された屋敷の修繕費なんかのために、税が何倍かに膨れたところもあるようだ」


 なるほど、とアランは頷いた。


 問題は問題だし、そこに住んでいる領民からすると死活問題だろうが、思っていたより差し迫った危機ではない気はした。国が混乱していると言っていたから、もっと大変なことになっているかと心配していたが、少なくともアランの目に映る範囲の景色は何も変わらず美しい。


 カエルムに逃げ込んでくる人々は多いが、大半の国民は自分の住む町や村に留まってこれまで通りに生活するしかないのだし、見たこともない王様が変わったところでさほど影響もないだろう。それが魔術師だというのには思うところがあるかもしれないが、そもそも彼らが望んで迫害していたわけでもない。


「その辺をどうすれば良いのかを色々エイベルやレックスに教えてもらいたいってことか?」


 アランの言葉に、アイザックは困ったような顔をした。


「その辺といえばその辺だが、一から十まで全部だよ。そもそも俺らは王も決まっていなければ、どうやって食っていくかの方針も決まってない。国民から金を集める方法も、集めた金を何に使えばいいのかもな。俺らの知ってる物差しは、せいぜい千人の人間を生かして動かすレベルだ。それを国に適用して回るものかな?」

「俺が知るわけない」

 

 アランはそう言ってから、肩をすくめる。


「何に困っているかすら、俺にはわからないレベルだってことだけはわかった」

「俺も全く同じレベルだよ。全部まとめて魔術でぶっ飛ばしてやりたくなるが、そういうわけにもいかない。国をひっくり返した責任は取らないとな」

 

 そう言って力強く笑ったアイザックには、力もあるし、思いもあるように見える。


「そういえば、なんでまだ王が決まっていないんだ? アイザックが王じゃダメなのか?」


 魔術師達からも慕われていると言っていたから、彼こそが国王に相応しいのではないか、とアランなどは思うのだが、何か障害があるのだろうか。


「別に俺は自分が王でもいいし、オーウェンが王になっても良いけどな。周りが色々とうるさいんだ」

「権力争い的なことか?」

「それもある。派閥ってわけでもないが、俺たちにも多少の勢力はあるんだ」

「面倒くさいんだな」


 アランの言葉にアイザックは笑う。


 だが、アランとしてはアイザックが王であろうとオーウェンが王であろうと、全く問題がない気がした。二人のうちのどちらに決まっても、いいリーダーになるに違いない。


「アイザックかオーウェンか、どちらを王にするかを今決めてるってことか?」

「いや。今はどっちかといえば保留中だな。俺やオーウェンよりも、全会一致で全員が納得する王がいるんだ」

「そんな魔術師がいるのか?」


 驚いて言ったアランの言葉に、アイザックは首を傾げる。


「前にアランは知ってるって言ってたけど」

「誰だ?」

「ヘレナだよ。彼女が頷きさえすれば、彼女がこの国の王だ」


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