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五章 レックスの護衛1


「アラン」


 ふらりと現れて木に手をついたのは、魔術師達のリーダーであるオーウェンだった。


 太陽の光をあびるときらきらに輝く銀髪も、木陰に入ったせいか汗をかいているせいか、暗い色に染まって見える。顔色もとても悪く見えるのだが、これは陰になっているというだけではないだろう。もともと日に焼けないらしい白い彼の肌は、青白いほどに白い。


「大丈夫か。ひどい顔色だよ」

「ちょっと魔術を使いすぎたな。二日酔いで吐きそうな気分だ」


 彼はそういうと、木を背にするようにしてずるりと座り込んだ。


 魔術師に体を鍛える必要があるのかはわからないと思っていたが、オーウェンの体は軍人に混ざっていてもおかしくないほどに鍛えられている。だからこそあれほど動けているのだろう。ただ馬に乗って彼らについて行き、近づいてくる兵士に警戒しているだけのアラン達ですら疲れるのだから、その上で馬上からデカい魔術を連発している彼が疲れないわけがない。


「そろそろ一度、陣に戻ろうか」

「いや、必要ない。俺たちはここで別れるからな。別れと謝罪を言いにきた」

「中央のアイザック達と合流するのか?」


 アランの言葉に、オーウェンは乾いた声で笑った。


「気づいてたのか」

「こっちは陽動だろう。レックスが言っていたよ」

「さすがだな。信用できなくて悪かったなって言っておいてくれ」


 もともと中央軍を倒すためにと言って自衛軍の兵士を国境付近に展開させ、アランら護衛を借りたのだろう。事前に知らされていなければ、一緒に戦ってきたアランも裏切られたと思ったかもしれない。だからこそ、レックスは事前に教えてくれたのだろう。


「どこに間諜がいるか分からないってレックスも言ってるからな。気にしないだろ。謝罪はそれか?」

「いや。そっちにも被害は出たからな。巻き込んですまなかったな」


 オーウェンの言葉に、アランは眉を上げる。


 何日も前に、側面から弓矢や投石の急襲をくらって兵士や魔術師がやられたのだ。気付きづらい場所に潜まれていたとはいえ、それまではうまく進んでいたから、油断していた部分もあったのだろう。


 囲んでいた兵士たちを撃退して、傷を負った兵士や魔術師達の応急処置をしてから慌てて陣に戻った。魔術師の一名は戻った頃にはすでに亡くなっていたし、部下達にもひどい傷を負って助からないだろうというものがいた。だが、オーウェン達は被害が出たからといって止めるつもりは当然ないのだし、アラン達もオーウェン達が出るのなら当然、彼らと共に行く必要がある。


 仲間を陣にいた救護隊やクリスに押し付けるようにして、翌朝にはまたオーウェン達と一緒に出発した。傷を負って倒れた部下は当然だが戦友でもあるし、アランは彼らの命に責任を持つべき立場でもある。陰鬱な気分は拭えないが、緊迫して緊張が必要なのは現状でも変わらず、過ぎたことを振り返る余裕など全くないのだし、隊長であるアランが暗い顔をしているわけにもいかない。


「俺たちは君らの護衛としてここにいるんだ。被害が出たことを謝るとすればこちらの方だ。力が及ばず本当に申し訳ない」

「犠牲はもともと覚悟してるよ。もちろん、俺の首も含めてな。そこから考えればかなり上々の出来だ。アラン達がいてくれて本当に助かったよ」


 そう言ったオーウェンが空を仰いだので、アランは眉根を寄せる。


「はなからこっちが囮だったってことは、もともと全滅してもいいシナリオだったか?」

「そういうわけでもないが、そもそもカエルムが俺たちの護衛まで出してくれるとは思ってなかったしな。それに中央軍が出てこなきゃ、もっと奥まで突っ込むしかなかった。そしたら帰れなかったかもな」


 カエルム国や中央軍や西軍がどう出るかわからないという状況で、中央から軍を引き剥がすという役割だけが、オーウェンに与えられた隊の決定事項だったのだろう。全員が死んでもそれを果たすべき、とまで思っていたかどうかは分からないが、どちらにせよ彼は相当な覚悟を持ってここにいるはずだ。


 そもそも魔術師達の置かれている状況を考えると、アランのように一人の犠牲も出したくない——などと甘いことを言っていられなかったに違いない。


「だから本当に中央軍に詳しいアランがいてくれて助かった。これもカエルムの采配か?」

「さすがにそこまで考えてないと思うが、どうかな。ウィンストンやレックスの考えは、俺なんかには分からないよ」


 最初に中央軍でなくまず西軍が出てきたことで、オーウェン達と話をして作戦を変えてもらったのだ。


 西軍を叩いた直後に、少数の機動力を活かしてそのまま中央軍の武器庫や補給庫を叩こう、と提案したのがアランで、おかげで中央軍の中核を引っ張ってこれたし、掻き回すことができた。そんな重要施設の場所を知っているのは中央軍でも隊長の地位にいたアランくらいで、そこまで見越してレックスがアランをここに配置していたらまさしく神の采配というしかない。


「何にせよまだ俺の命には色々と使い道がある。助かったよ」

「レックスのために穴を掘るんだろう」

「それもあったな。自分が埋まる墓穴じゃなければ、いくらでも掘ってやるよ」


 オーウェンはそういうと、すっと立ち上がった。


「もう行くのか?」

「ああ。アイザック達はクラウィスで王宮と主要な施設を押さえてるはずだ。あっちは生意気なガキが多いからな。さっさと大人が合流してやらないと」


 ふっと笑いながら言ったオーウェンに、アランは眉根を寄せる。


「どうやって合流する? 途中に兵士はいるだろう」

「いるだろうな。逃げ込む先があるから、あとは魔術をぶっ放しながら突っ切るしかないよ」


 そう言って笑ったオーウェンは、先ほどまでそうやって魔術をぶっ放しながら走ってきたばかりだ。


「そんなふらふらした体でよくやるよ」

「真面目に働くのは今日だけだ。明日には王宮の一番でかいベッドで休んでやるよ」


 ふっと不敵に笑ったオーウェンに、アランは笑った。彼のような人間が、上に立つべき人間なのだろう。強くて本当に頼りがいがあるし、彼の後ろについて行けば何とかなるような気がしてしまう。


「もうお役御免というのなら、俺達も今日だけは真面目に働こうか」


 そう言ってから、彼の肩をぽんと叩いた。


「オーウェン達はあと一時間だけここで休んでろ。俺らは先に陣に戻る。ついでにこの辺にいる兵士たちは一緒に連れて帰ってやるよ」

「アラン達が囮になってくれるって?」


 ああ、と手を振ってから、隊のみんなに出立すると声をかけて回る。


「ロジャー、起きろ。敵に突っ込みに行くぞ」

「なんで? 自分からは近づくなって言ってなかった?」

「もうオーウェン達とも別れてカエルムに帰るからな。隊員達にもロジャーの見せ場がないと困るだろ」

「これまでも結構、迎撃は頑張ってたと思うんだけど。あれ、オーウェン達もう帰っちゃうの?」


 彼は起き上がってぐっと伸びをしてから、オーウェンの元にかけていった。


 別れの挨拶でもするのかと思って眺めていると、ロジャーは何を思ったかオーウェンの頭に手を置いて、オーウェンに思いきり頭を叩かれていた。頭を撫でながら戻ってきたロジャーに、アランは呆れた口調で問いかける。


「何してんだ?」

「あの綺麗な色の髪、いっかい撫でてみたかったんだよね」

「ご利益はあったか?」

「叩かれちゃった」


 そんなことを言って痛そうな顔をするロジャーを見て、隊員達が驚いているのが分かる。


 巨大な魔術を連発して、見た目にはかなり怖そうなオーウェンの頭を撫でられる人間などロジャー以外にいないだろうし、ロジャーの頭を軽々しくはたける人間もこちらにはいない。オーウェンにとってロジャーは生意気なガキの一人に違いない。


「よし、行くぞ」


 全員の準備を終えてから、アランは馬に跨る。遠くからこちらを見ていたオーウェンにひらりと手を振ると、彼は大きな体で頭を下げた。


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