五章 新しい王都の創立1-4
夜が明ける前にふたたび出撃して、王宮の近くに近付いていた兵士たちの陣を攻撃した。ついでに大きな神殿や周辺の建物や壁も破壊して、残っていた周辺の人々を町から追い出す。
「死にたくなければ、クラウィスを離れろ! もうすぐ大量の魔術師達が合流するぞ!」
そんな声を上げながら施設を攻撃すると、人々は蜘蛛の子を散らすように逃げていく。最初の頃こそ兵士たちも戦う姿勢を見せていたが、すぐに逃げ出すようになった。指示を出すのは奥に引っ込んだ上官で、魔術に向かって突っ込んでくるのは末端の兵士だ。彼らは自分の命の方が大事だと、命令を無視して逃走した。
日が頂点に来る頃には、周囲に人気は無くなっていたし、魔術師達も疲れきって座り込んでいるような状況だった。ジャクソンもヘレナの土の民を使って多少の魔術を使いはしたが、周囲は精も魂も尽き果てたような魔術師ばかりだ。全員の所在と無事を確認してから、ジャクソンはアイザックの肩を叩いた。
「アイザック、そろそろいいんじゃないか」
「……そうだな。頼めるか、ジャクソン」
さすがのアイザックも声に力がない。ジャクソンは頷いてから、火の民を呼んだ。
「赤い光を頼む。出来るだけ高くだ」
軌跡を描いて飛んだ炎の球は、青い空に異様な赤い線を作る。クラウィスでの作戦の成功を知らせる赤い軌跡は、途中で中継の魔術師を経て北側のオーウェン達と、南側のグレン達に伝えられるだろう。
「みんなは無事かな」
「オーウェンもグレンも、俺たちの百倍は頼りになるよ」
「確かにそうだな」
アイザックの言葉に頷いた。
オーウェンたちが合流したのは翌日の夜明け頃、グレンたちが合流したのはここから二日後のことだった。
「——以上、四名の死刑を執行する」
王宮のバルコニーから人々を見下ろし、よく通る声で言ったのはアイザックだった。
「理由は、俺たちの仲間を多く殺したことだ。それ以上でもそれ以下でもない。こんな方法しか取れなかったことは残念だが、正当に君らを裁く法律などあるはずがないからな。そもそも罪もない俺たちの仲間を殺すようにと命じているのが、この国の法だ」
王宮前の広場には剣を持ったオーウェンの姿が見える。その目の前には、家の紋章の入った衣服を身につけた国王が、膝を着いた状態で二人がかりで体を押さえられていた。そしてその後ろには、この国の軍部のトップである元帥と、政治のトップである宰相と、それから唯一の王家の血を引く人間である王太子がいる。それぞれ国王と同じように押さえつけられ、首を差し出すような格好をさせられていた。
「何か言いたいことはあるか?」
そう言ったのは剥き身の剣を構えたオーウェンだ。ぞくりとするような冷たい声に、国王はぎゅっと固く口を閉ざした。反逆者たちになにも語るべきことなど無いということか、もしくは命乞いをしないためか。他の三名は何かを言っているようにも見えるが、声はジャクソンの場所までは届かない。
目を背けたくなるようなこの光景は、魔術師たち——もしくは魔術師だという濡れ衣を着せられた人間たちが、処刑されていた時と同じものらしい。ジャクソンは実際に自分の目で見たことはなかったが、その時も今のように大勢の民衆に晒されていたと聞く。魔術師が処刑される際には、目が潰されていたこともあるようだが、そこまではやりたくないとアイザック達は言ったし、大半はそれに同意した。
しかし同じように家族を殺された仲間もいて、ただ首を落とすだけでは足りない、と言うものもいた。凄惨な方法で処刑された家族の気持ちを無視するわけにもいかないのだが、カーティスが「俺はやりたくないな」と言ったので結局、その通りになった。
クラウィスの攻略にも同行して大人顔負けの働きをしている彼は、幼い頃に両親を処刑された被害者でもある。両親の仇を打ちたいと言って戦った彼の言葉に、誰も反対するものはいなかったのだ。
——ぎゅっとジャクソンの手が握られる。
ジャクソンが隣に立っていたヘレナに視線を落とすと、ヘレナはこちらを見上げていた。世話になっていた村人が処刑される際には、涙を流しながらそれを見ていた彼女だが、自分達が殺すことになる国王たちの処刑を直視したくはないのだろう。
ジャクソンが彼女の頭を抱き寄せると、彼女はジャクソンの胸に顔をつける。耳を塞ぎたくなるような悲鳴が響いたので、代わりに彼女の耳を塞いだ。
最後の一人の首が落とされると、静かすぎるほどの沈黙が落ちた。先ほどまで生きて動いていた四つの体が地に伏せ、悲鳴を上げていた頭が転がる凄惨な光景を、ジャクソンは息を止めたまま見下ろした。変な動悸はするのだが、まるで違う世界のようで現実感がない。夢の中にいるようだった。これだけの人がいるのに、ほとんど音が聞こえないことも、それに拍車をかけている。
周囲には仲間や家族たちを殺された魔術師たちも多く集まっている。だが、歓声のようなものが上がらなかったことに、なんとなくジャクソンは安堵した。
「これで俺たちは隠れて暮らす必要も、怯えて暮らす必要もない。自由だ」
沈黙を破ったアイザックの言葉に、ようやく人々が応えるような声を上げる。下にはいままさに剣を持って国王の処刑を行ったオーウェンがいて、彼もアイザックの言葉に大きく頷いた。彼は血のついた剣をそばにいた人に預けてから、ゆっくりとこちらに向かってくる。
風の民を使って軽くジャンプをしただけで、簡単に二階のバルコニーまで飛んできた彼に、アイザックは手を出した。
「嫌な役割をすまないな」
「問題ない。子供にやらせるわけにはいかないからな」
オーウェンはそう言ってから、アイザックの手を取ろうとして、血のついた腕を見下ろして顔を顰めた。そんな彼を見て、ジャクソンにくっついていたヘレナが離れる。彼女は小さな白い布を取りだすと、オーウェンの手についた血を拭う。
「汚れるぞ」
「うん。汚れてるから」
ヘレナが綺麗にすると、オーウェンはヘレナに礼を言ってから改めてアイザックの手をとった。
「とりあえずは一区切りだな」
「そうだな。これからではあるが、まずはここまでこれたことを仲間たちに感謝しよう」
「ああ。よくやっただろ。仲間たちも、アイザックも俺もな。めちゃくちゃ働いたぞ」
そう言ってオーウェンはアイザックの体を抱いた。アイザックも嬉しそうに笑って、ぎゅっと腕を回す。
「たしかに働いたな。オーウェンがいてくれて本当に良かったよ」
「それはこちらのセリフだ。アイザックがいなきゃまだここにいなかっただろうからな」
固く抱き合った二人の姿を見て、下から歓声が上がる。
もともとクラウィスに入って王宮を制圧したのはアイザックら二十名ほどの魔術師だが、その後にオーウェンら百名の魔術師が北側から合流し、南のアルビオンからグレンが率いた魔術師二百名が合流している。半分とは言わないが、多くの魔術師たちがクラウィスの中心に集まっているのだ。
彼らにとって二人は間違いなくリーダーであり英雄でもある。どちらが欠けても、まだここまで来れていないに違いない。
国の都として栄えていたはずのクラウィスは、人々が避難して今は廃墟のようになっている。主要な建物は破壊していたし、中心に住んでいた貴族たちもその周囲にいた国民たちも逃げ出していた。一度は少し離れた場所に集結しようとしたのだが、それは追撃して散らしたのだ。せっかく王や王子などを捕らえても、新たな王を立てるなどして対抗されると困る。全員を捕らえたり処刑したりするつもりはないが、なるべく散り散りに散ってもらいたいと思っていた。思惑どおり、何度か追う姿勢を見せたことで、地方へ散っていったようだった。
ここでやるべきことはほとんどやってしまって、最後の仕上げが国王ら四名の処刑だった。それを終えると本当に一区切りであるのだし、魔術師たちの望みが達成した瞬間でもあった。感極まった様子のリーダーたちの姿に、仲間たちも感動している様子が見える。
体を離すと、なぜかオーウェンは肩をすくめた。
「まあ、一番はたらいたのは俺らじゃなくヘレナだけどな」
「そうだな。ヘレナが一番の功労者なのは間違いないよ」
二人がそう言ってヘレナをみると、ヘレナは静かに首を横に振った。
「私はここにいただけ。でもみんなの力になれたのなら嬉しいわ」
「相変わらず謙遜がすぎるな。なんとか言ってやれよ、ジャクソン」
「え?」
オーウェンから急にそんなことを言われて、ジャクソンは困ったようにヘレナを見下ろす。
ヘレナの働きは誰よりもそばで見て分かっているし、彼女がいたことで本当にみんなが助かっていることも知っている。ヘレナの精霊を使うことはできても、ヘレナの代わりができる人などいないから、彼女は本当にろくに休むことすらせずに働いていたのだ。アイザックやオーウェン以上の功労者、なんて言葉にもジャクソンは素直に頷ける。彼らも謙遜ではなく、本気で言っているに違いない。
だが、改めてそれを口にしようとしても「ヘレナは本当にすごい」なんて陳腐な言葉しか思いつかない。「ありがとう」とか「頑張ったな」なんて言葉も他人ごとのようで違う気がして、かける言葉をぐるぐると悩んでいると、ヘレナがふわりと笑った。
「ジャクソンが困ってるわ」
「……困ってるわけじゃないよ。ヘレナは本当にすごいから。それ以上の言葉が探しても出なかったんだ」
「しょうもない男だな」
オーウェンは笑ってこちらに歩いてくる。そして彼は目の前で立ち止まると、ヘレナに手を出した。
「助かったよ、ありがとう」
「ええ」
「ジャクソンも」
「俺こそ突っ立ってただけなんだけど」
「知ってる。ジャクソンはヘレナのそばで突っ立ってるのが仕事だろう」
オーウェンはそう言って笑ったが、ぎゅっとジャクソンの手を取ると、痛いくらいに固く握手をした。それだけで彼の想いが伝わってくるような気がして、ジャクソンは嬉しくなる。
するとアイザックも近づいてきて、ヘレナとジャクソンの肩を叩いた。
「二人がいてくれたからだよ」
「そうだな」
二人の言葉に、ヘレナは小さく笑みを浮かべる。
「アルビオンに帰れる?」
「ああ。俺たちの町に帰ろう」




