五章 新しい王都の創立1-3
レジナルド王太子はあっさり見つかった。クラウィス内の異変に怯え、王城内にある隠し部屋に護衛たちと一緒に潜んでいたようだが、壁を素通りできるヘレナの精霊たちにとっては隠し部屋も普通の部屋と大差ない。
王城周辺の警備はとても手厚かったが、遠くから魔術で蹴散らすと、中は簡単に攻略できた。
先ほどと同様に壁に穴を開けて部屋に乗り込み、護衛たちの足さえ止めてしまえば障壁はなにもない。ジャクソンより少し年下に見える若い王子は、見た目にもかなり怯えていた。最初は腕だけ拘束して連れて行こうと思っていたが、ぺたりと座り込んでぶるぶると震える男は、促しても全く動かない。エヴァンが脅すとさらに恐慌状態で動けなくなり、結局はヘレナが眠らせてジャクソンが担いで運んだ。
王宮に戻るまでの道中で、ヘレナが足を止める。
「弓兵がたくさん潜んでる」
「方向は?」
「この道の先の左手。あの赤い屋根が見えるあたりの向こう側」
「了解。本当にヘレナに来てもらって良かったよ」
アイザックはほうっと深い息を吐くように言った。ここまでうまく行っているのは、全てヘレナの精霊たちの働きによるものと言っても過言ではないだろう。
彼女がいなくてもここまで来れたかもしれないが、彼女がいなければ王や王太子をがむしゃらに探し回る必要があったのだし、潜んでいる敵兵などには常に注意を払いながら進むしかなかったはずだ。
「風の民、薙ぎ払え!」
アイザックがそちらの方角に魔術を向けると、カーティスやセリーナがそれに追随した。
すると隠れていた兵士たちの悲鳴のようなものが聞こえて、ばらばらと兵士たちが姿を見せる。
「狙え!」
弓兵たちが弓を番えるのが見えて、いくつか矢が飛来する。ジャクソンはヘレナを庇うような位置に立つが、こちらからの反撃にすぐに相手の攻撃は止んだ。
「風の民、吹っ飛ばして」
「土の民、破壊しろ!」
「飲み込め、火の民」
強風で兵士たちを怯ませ、兵士たちの立っている近くの建物の壁が崩れ落ち、そして彼らの顔面に大きな炎が襲う。強力な魔術が間髪入れずに襲って、彼らは混乱の中で逃げるように撤退する。
アイザックもヘレナの精霊を使っているし、エヴァンやカーティス、セリーナも強力な彼女の精霊を従えている。ジャクソンは本当にただ突っ立っているだけだが、残り四人だけでもこれ以上ないほどの火力だ。
アイザックやオーウェンは、クラウィスの攻略にヘレナの協力を求めてはきたが、強制はされていない。ジャクソンとしても参加しなくてもいいとヘレナに言ったが、それでも参加を決めたのはヘレナの意思だ。
仲間たちの意思を尊重したいとして、彼女は戦いに反対しなかったし、仲間たちを助けるためにも一緒に行きたいと言った。ヘレナは自分の力は必ず役に立つはずだと言ったし、自分がいれば相手の被害も抑えることができるはずだと言った。
優しくて仲間想いのヘレナは、ジャクソンが思っているよりもずっと勇敢なのだし、遥かに強い。
ヘレナはずっと一緒にいるジャクソンの影響を受けていると言われたが、長い間、一緒にいるのはセリーナも同じだ。アイザックやエヴァンに負けないほどに魔術を連発している彼女は、前にクーロで軍から逃れていた時にも、自らの危険を省みずに魔術を使い、ヘレナたちを守ってくれていた。
強くて勇敢なセリーナの存在も、確実にヘレナに影響を与えているに違いない。
王宮に戻って、拘束した王子を国王たちと同じ講堂に入れた。
その頃には兵士たちは外に放り出されていたようで、王宮内には魔術師達と、国王ら主要な人物だけになっていた。ジャクソン達が王子を捕らえに行っている間に、ここにいる仲間達で王宮内にいた人は全て追い出したらしい。
「運悪く、中庭に潜んでいた兵士と鉢合わせて怪我をしたのが二人いる。だが、動けないほどじゃないし、魔術もまだ使えるよ」
ここを守っていたリンジーの言葉に、ヘレナが首を傾げる。
「治療する?」
「いや、問題ない。怪我をした人間には悪いが、今後もあるからな。これ以上、ヘレナを消耗させたくない」
ヘレナは素直に頷いた。
実際、王宮を完全に制圧しても、クラウィスの攻略にはまだ半分といったところか。王宮に戻る途中でも、兵士たちが向かってきているのは見えていた。
中央軍は北側に向かっているが、クラウィスの近くにも防衛のために残っているだろうと言われている。国王を人質に取っている状況ではあるが、取り返そうとはするだろうし、クラウィスの内部にはまだ多くの貴族達や市民が残っている。
この人数でもこのまま逃げることはできるかもしれないが、目的は国王の暗殺ではなく、この国家の打倒だ。そのためにもクラウィスを壊滅させる必要があるし、この王宮を拠点にクラウィス全体を抑えなければ、ジャクソン達は孤立する。
南側のアルビオンからグレンらが率いる魔術師が合流して、北側のカエルムから下ってくるはずのオーウェン達が合流できて初めて、この作戦は完了するのだ。
「もうすぐ日も暮れる。しばらくは交代で休もう。夜が明ける前にはまた攻撃を開始する」
さすがに疲れたな、とアイザックは笑った。
半日馬車に揺られてクラウィスに侵入して、そこからひたすら魔術をぶっ放しているのだ。早朝に馬車を奪ったことなど、もう何日も前のことのようだ。エヴァンやセリーナなどは疲れたと言って王宮に着くなり倒れ込んでいたし、同じだけアイザックも消耗しているはずだ。
そしてヘレナはもちろん疲弊しているはずで、いつも白い顔がさらに白い。
普通の魔術師では何時間も魔術を使い続けることなどできないし、エヴァンも精霊の目を使うのはかなり消耗すると言っていた。ヘレナは朝からほとんど休んでいないはずだし、精霊も一体ではなくいくつも同時に操っている。
唇の色も薄く血の気が引いているようで、ジャクソンは彼女の頬に手のひらで触れる。冷たい気がするが、外気が冷たいからか、本当に少し体温が下がっているのか。
「ヘレナ、大丈夫か」
「うん」
彼女はそう言って頷いたが、アイザックは首を横に振った。
「ヘレナも休んでほしいな。見張りはおくから監視も不要だ。さすがに精霊を掴んでるのも限界だろう」
「ありがとう」
「セリーナと一緒に休んでくればいい」
「案内させるよ」
アイザックはそう言って、仲間を呼んだ。セリーナはすでに部屋の場所を聞いていたから、休める場所は確保されているのだろう。ヘレナはちらりとジャクソンを見上げたが、頷いてみせると素直に仲間についていく。それを見送ってから、ジャクソンはアイザックに声をかける。
「見張りは俺がやるよ。どう考えても俺が一番働いてないだろ」
「そうでもないと思うが、交代で入ってもらえると助かるな。エヴァンやセリーナ達には休んでもらおう」
「アイザックもな」
「一応、俺は変わるつもりはあるんだが、いま寝たらしばらく起きない自信はあるな」
そう笑った彼の顔が本当に疲れていたから、ジャクソンは思わず彼の頭にぽんと手を置く。
頼り甲斐がありすぎてすぐに忘れてしまうが、彼はまだジャクソンよりも年少なのだ。一流の魔術師として魔術をぶっ放すだけでもすごいのに、常に先頭で状況を判断している。
「何かあれば起こしに来るよ、リーダー。あとの見張りの調整はこっちでリンジーと話しておくから、アイザックも休んでほしいな」
はは、と彼は笑う。
「皆がジャクソンを慕うのは分かるな。本当に兄みたいだ」
「いつも頼りない兄ですまないな」
「そんなことはない。ジャクソンがいるのといないのとでは安心感が全然違うよ。ヘレナを抜きにしてもな」
そんなことを言われて、ジャクソンは笑う。ヘレナがいなければジャクソンがこんなところにいる意味は全くないのだが、アイザックの気持ちは嬉しい。
「疲れているのに気を使わせて悪いな」
「本心だよ」
アイザックはそう言ってから、目を擦った。精霊を使いすぎていると、どっと体力を吸い取られるような疲労もあるが、酷使している目や頭の痛みがひどくなる。
「お言葉に甘えてもいいかな。次に備えてちょっと休む」
「ああ、任せろ。おやすみ」
ありがとう、と言ったアイザックは、仲間たちに声をかけてから部屋を出て行こうとする。だが、出る前にもう一度、ジャクソンを振り返った。
「ヘレナがいるのは本当に助かってるよ。結果的に、彼女を頼みにした作戦ばかりになって、申し訳ないくらいだ。利用してるつもりはないが、あまりに献身的すぎて倒れないか心配になる」
真剣な顔で言ったアイザックに、ジャクソンは首を横に振って見せた。
「アイザックがそんなことまで気にする必要はないよ。何かあれば俺が止める。ヘレナが倒れないように見守るためだけに、俺がここにいるんだから」
ヘレナがみなと一緒に戦うことを決めたから、ジャクソンはヘレナを守るためにここにいるのだ。一流の魔術師達の中ではジャクソンが魔術を使う機会も限られる。その分、ヘレナが精霊の目で周囲を見守るのと同様に、ジャクソンは自分の目で周りを見て、ヘレナや仲間たちを守りたいと思っていた。
「頼もしいな。助かるよ、ジャクソン」




