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五章 新しい王都の創立1-1


「そろそろ起きなさいよ、エヴァン」


 狭い馬車の中で足を組んで眠っていたエヴァンを、ジャクソンは信じられない気分で見つめた。隣に座っていたセリーナにもたれていたらしく、反対側に押し返すようにして起こしているのだが、なかなか目を開けようとはしない。


「ここで寝れるのはさすがエヴァンだな。心強い」

「……本当にな」


 本気で感心したように言ったアイザックに、ジャクソンも本気で頷いた。ジャクソン達を乗せた馬車はとうにクラウィスの中心部に入っている。


 エヴァンは両目をこするようにしてから周囲を見回した。寝ぼけているのか一瞬だけ子供のようなあどけない顔が見えたが、すぐにいつもの鋭い視線でヘレナを見る。


「着いたのか?」

「じきに。もうすぐ見つかると思う」

「早かったな」


 そんなことを言ったエヴァンの頭を、セリーナが無言ではたいた。


「何すんだよ、いてえな」


 エヴァンはそう言って彼女を睨んだが、ジャクソンにはセリーナの気持ちは分かる。


 がたがたと揺れ続ける馬車には、押し込まれるように詰められた十二名の魔術師たち。大きめの馬車ではあるが、さすがに定員オーバーで、密着するように座った馬車内は暑くて狭くて息苦しい。そんな中でもう半日も移動しているのだから、疲労は当然たまっている。


 そうでなくても緊張感から神経がすり減るのだ。


 馬車はこれより一回り小さいものがあと一台ついてきているが、そちらに乗った魔術師を合わせても二十名ほど。地方の領地から定期的にクラウィスに乗り入れている馬車を奪い、この人数でそのまま王宮に殴り込もうとしているのだ。ジャクソンなどは途中で兵士たちに見つかるのではないかとひやひやしているのだし、仲間達も息を潜めるようにして座っている。のんきに眠っているのはエヴァンだけだ。


 アイザックはじっと座っていて固まった背筋をほぐすように、小さく縦に伸びをした。


「もう王宮は見えてるかな」

「ええ。このまままっすぐ。中まではまだ見えてないのだけど」

「それならもう少し近づきたいな」

「そうね。でも、もうじき兵士たちがいる中門がある」

「それは大変だな」


 言葉とは裏腹に軽い口調で言ったアイザックは、立ち上がってエヴァンを見下ろす。


「ずっとヘレナにだけ働いてもらってるからな。ようやく俺たちの出番だぞ、エヴァン」

「偉そうに言ってるが、あんたよりカーティスの方が役に立つんじゃないのか? 予想はしてたが、こんな場所にはろくな精霊がいなそうだな」


 外の景色など見えないのだが、エヴァンは白い幌を睨むようにしていた。布越しでも彼には精霊の様子が見えているのだろうか。自然が多い場所には精霊が多く、人や建物の多い場所には少ない。周囲にはヘレナが連れている精霊たちで満ちているから分かりづらいが、確かにこんな宮殿の近くに強い精霊の姿はないかもしれない。


 一番前にいたアイザックは、少しだけ前の入り口を開けて、外の様子を確認する。小さな隙間から暑苦しい馬車内に、冷たい風がひとすじ流れた。


 ヘレナの連れている強力な精霊を使えるのはエヴァンやセリーナ、カーティスやジャクソンだけで、そういう意味では確かにエヴァンやカーティスが最強になる。


 だが、アイザックは軽く肩をすくめただけだった。


「それでも予想より悪いということはない。他の魔術師が役立たずになるってほどでもないし、俺については心配はいらない。この火の民(ザラマンデル)風の民(シルヴェストル)だけはなんとか口説き落としたからな」


 そう言って彼がヘレナの精霊を動かして連れてきたので、ジャクソンは驚いたし、エヴァンは盛大に顔を顰めた。


「活きが良さそうなやつ持ってくなよ」

「エヴァンやカーティスは他の精霊も自由に使えるんだろう。まだ沢山いるし、この二つだけは俺に貸してくれよ」

「いつの間にそんなことがやれるようになったんだ?」


 ジャクソンが聞くと、アイザックは軽く笑った。


「ヘレナが一緒についてきてくれるって言ったからな。俺も恩恵に預かろうと思って、そこから毎日睨み合ってたんだ。火の民(ザラマンデル)は何日かで靡いてくれたが、このデカい風の民(シルヴェストル)は従わせるのに苦労したな」

「さすがだな」


 そもそもアルビオンでも一番の実力がありながら、オーウェンやウォルターに剣を教わったり、ヘレナの精霊を使えるように人一倍に努力できる。そこがアイザックの凄さなのだろう。ジャクソンは本気で感心したのだが、エヴァンは軽く鼻で笑った。


「偉そうなやつが足手まといにならないようで良かったよ」

「ちょっと、足を踏まないでよ!」

「俺の足の下に足を置くなよ、セリーナ」


 立ち上がりながら理不尽なことを言ったエヴァンは、ちらりとヘレナを見下ろした。ヘレナが何も言わないのを確認してから「暑いな」と言って外に出ていく。アイザックも彼に続いて御者台の方へと出た。


 エヴァンはともかく、金髪のアイザックはかなり見た目にも目立つのだが、隠す様子もない。もう見つかってもいいということなのだろう。


「とりあえず突っ切ってくれ」


 外でアイザックが声をかけたのは御者台に座っていた魔術師か。しばらくすると、外が騒がしくなる。普通はあまり町中まで馬車が乗り込むことはないだろうし、そうでなくても既にここは王宮の目と鼻の先なのだろう。当然、警戒されてはいるはずだ。


「なんだ、止まれ!」


 怒号のようなものが遠くから聞こえるが、それに応えたのはアイザックとエヴァンの魔術だ。


火の民(ザラマンデル)、燃やせ」

「吹っ飛ばせ、風の民(シルヴェストル)


 馬車が大きく揺れ、ジャクソンは慌てて側にいたヘレナを掴んだ。彼らが魔術で何を蹴散らしたのかはジャクソンからは見えないが、馬も興奮しているのかさらにスピードを上げる。


「大丈夫か?」

「問題ない。王宮ももう目の前だ。——風の民(シルヴェストル)


 冷静なアイザックの声が外から聞こえてくる。彼の魔術の反動か、強風で幌の入り口が少しだけ開いた。薄暗かった馬車内がぱっと明るくなって、白い空が目に刺さる。前方には見たこともない大きな建物と、それから軍服を着た兵士たちが見えた。


 だが、すぐに彼ら二人の魔術に吹き飛ばされるようにして、軍服の男たちが飛んだ。あちこちから悲鳴が聞こえてくるが、外にいるのは兵士だけではないのだろう。女性の甲高い悲鳴も響く。


「入り口までこのまま突っ込むぞ。捕まっていろ」


 大きく揺れる車内で、ジャクソンはヘレナを抱き込むようにして支える。側にいたカーティスも小さな体が浮きそうになっているのが見えて、片手でおさえた。


「見つけた」


 腕の中でヘレナが小さくつぶやいた。舌を噛みそうになりながらも、なんとかヘレナに聞き返す。


「国王の居場所がわかったか?」

「ええ。たぶん計画通りだと思う。宮殿の右手側にある大きな講堂みたいなところに集まってる」

「人数は?」

「王様に見えるひとと、階級の高そうな人や偉そうな人が十名くらい。警備をしている軍人のようなひとたちは講堂の内外に三十人くらい」

「こっちの騒ぎに気づいているか?」

「まだ気づいてない。時間の問題だとは思うけど」


 カエルムから提供されている情報の中には、クラウィスの地図や、王宮や神殿などの主要な建物の見取り図まであった。また、定期的な会合の存在などについてもドウェインが聞いていたので、なるべく国王と周囲の人間が集まっているところを狙ったのだ。


 特に今は、南側からアルビオンの魔術師達が出てきて、北からはカエルム兵士と魔術師達が下ってきている。対策などを話し合うためにも、日中帯は主要な人物達が密に集まっているはずだと踏んでいた。


「アイザック!」


 ジャクソンが外にいるアイザックに声を上げたが、反応はない。外で悲鳴や怒号が飛び交い、馬車の車輪が大きく音を立てている。こちらの声が聞こえていないのか、もしくはあちらの返事が聞こえないのだろうか。外に出ようと思っていると、彼はひょこりと顔を出した。


「なんだ?」

「ヘレナが対象を捕捉した。予定通りだ」

「わかった。このまま突っ込む。セリーナ、ちょっと出られるか?」

「いいわよ、手が足りないの?」

「二人でやれないこともないが、先はまだあるからな。出端から消耗したくない」

 

 片手で入り口に捕まったまま、アイザックが手を出すと、セリーナはその手を取って立ち上がった。単純に魔術だけならセリーナよりカーティスの方が上だが、目や運動神経は彼女の方がいい。揺れる車内でも危なげなく外に出ていくセリーナに、気をつけろよ、というと彼女は笑った。


「外の方が涼しくていいわね」


 そんな言葉と共に出ていったセリーナは、すぐにヘレナの精霊を使って周囲の兵士たちを蹴散らし始めたらしい。様子は窺えないが、彼女が精霊を呼ぶ声はよくとおる。


 彼女が出ていってからさほど時間も経たずに、何かが壊れるようなひときわ大きな音が響いて、馬車は止まった。


「左右の塔には弓兵がいる」


 ヘレナがそう言ったので、ジャクソンは慌てて外に出てアイザック達に伝えた。馬車は本当に宮殿の目の前まで乗り付けており、すぐそばに大きな建物が見える。その左右には確かに高い塔があった。事前に入手した地図では見張り台になっていたはずだ。


「あそこか」

風の民(シルヴェストル)、吹っ飛ばして」


 ほとんど同時に、左右の塔の上にいた兵士たちが悲鳴をあげて落ちていくのが見える。それぞれ攻撃したのはエヴァンとセリーナで、彼らは全く躊躇がない。馬車から顔を出したヘレナにジャクソンは聞いた。


「他は大丈夫そうか?」

「今のところは」

「みんなも降りてきてくれ」


 アイザックの言葉で、ぞろぞろと馬車から仲間達が降りてくる。そんな中で同じような馬車が猛スピードで突っ込んできた。ぶつかりそうな気がして身構えたが、それはスピードを落とすとすぐ近くで止まった。馬車の後ろから兵士たちが追ってきていたが、それもセリーナが魔術で追い払う。


 降りてきた魔術師たちに、アイザックが声をかける。


「無事でなによりだ、リンジー」

「こっちは前に着いてっただけだからな。道案内ありがとう、ヘレナ」


 ヘレナは軽く頭を振った。馬車はヘレナの指示で途中に兵士たちがいない場所などを選んでいた。おかげで多少の遠回りはあったが、何事もなく全員で王宮まで乗りつけている。


 王宮前の広場に降り立ったのは、全部で二十名と少しの魔術師だ。


「さて、着いたな」


 アイザックはそう言って周囲を見回した。


 あちこちで悲鳴や逃げ惑うような声が聞こえているが、今のところ遠巻にされている状況らしい——もしくは、もともと警備をしていた兵士たちは全てアイザック達が吹っ飛ばしたのか。王宮の窓には、恐怖をはりつけたような顔でこちらを見下ろす顔も見えるが、今のところは近くに敵もいない。


 アイザックはぐるりとみんなを見てから、最後にヘレナを見た。じっとアイザックを見つめていたヘレナが頭を縦に振ると、アイザックは口を開く。


「始めようか」


 アイザックの合図と共に、エヴァンが見たことがない規模での魔術を展開する。


風の民(シルヴェストル)、爆ぜろ!」


 空気がビリビリと震えて、王宮の窓が一斉に砕けた。



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