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五章 王国の終焉4


 北方に展開しているカエルムの自衛軍の陣営には、もともとカエルムにいた兵士たちだけでなく、北軍から取り込まれた兵士たちもいるとのことで、前に西軍と戦った時と同等程度の規模があると言っていた。


 何もなかったはずの荒野は軍の天幕で埋まっており、国境ぎりぎりのここで彼らは投石機などを使った大規模な軍の演習を行うことになっているらしい。


「僕たちはここでしばらく軍の演習をしてるから。オーウェン達も好き勝手に動いて良いよ」


 レックスの言葉に、オーウェンは興味深そうに兵士たちが働いている様子を眺めた。


「これだけの兵士を一声で動かせるってのは、さすがだな。人や物資の調達にかなり金がかかりそうだ」

「そうだね。できるだけ期間は短い方が助かるけど、無茶はしてもらわなくていい。こっちも一応は訓練名目だし、兵士たちには隔日で水を掘る作業をやってもらう予定なんだ」

「水を掘る?」

「地面に穴を掘って水を汲むんだよ。この辺りにも作物を植えたいんだ」


 ふうん、とオーウェンは周囲を見回す。日に焼かれた地面は乾いていて、生えているのも白けた草だけだ。とても作物を育てられる環境には見えない。


「途方もないな」

「本当にそうだと思うよ」


 レックスはそう言って小さく笑ってから、地面の白い砂を指で撫でた。


「でも、ひとつずつやっていかないと、何も育たないからね」


 彼はそう言ってから、そばに控えていたアラン達に視線を向ける。


「アランとロジャーだよ。アイザック達と一緒に戦ってもらったんだけど、今回も彼らの隊を中心に、オーウェン達の護衛として動いてもらおうと思ってる。連れて行ってもらっても、足手纏いにはならないと思うけど」

「二人の名前ならアイザックに聞いてる。足手まといなんてとんでもないな。協力に感謝する」


 頭を下げたオーウェンに対して、アランも「アラン=クリフォードです」と名乗って丁寧に頭を下げた。二人とも長身で同じように鍛えられていて、二人が顔を上げて並ぶとそばにいるロジャーが小さく見える。


 なぜか面白そうにまじまじとオーウェンを見ていたロジャーは、おもむろに手を出した。


「ロジャー=ベインズです、よろしく。オーウェンってアルブのリーダー?」

「それがどうした」

「アイザックがアルブのリーダーは人をまとめて埋められる曲芸みたいな魔術が使えるって言ってたから。あとで見せてくれる?」


 そんなことを無邪気な顔をしたロジャーに言われて、オーウェンは呆気に取られたような顔をした。すると、すかさずアランがロジャーを後ろに引っ込める。


「部下が失礼しました。こいつの言動はお気になさらず。一応、役には立つと思うのでお許しください」

「別に気にはしないが……しめるならアイザックだな」


 オーウェンはそう言ってから、なぜかレックスを見た。


「さっき、どこの地面を掘るつもりだって言ってた?」

「別にどこって決めてはいないよ。地下水がありそうで、演習の邪魔にならなそうな場所ならどこでも」

「この辺は?」

「別にいいけど、掘ってくれるの?」


 そもそもクリス達が立っているのが兵士たちのいる陣営の外れだ。


「見たいって人間がいるなら、ついでにな。——土の民(グノーム)


 そう言ってオーウェンが呼んだのは、荒野にたくさんいる精霊達の中でもひときわ大きな土の精霊だった。ひらひらと舞っていた羽の生えた妖精は、オーウェンの視線を受けて、絡め取られたように動かなくなる。


「なるべく深い穴がいいな」


 オーウェンのその呟きが、精霊に対しての指令だったのだろう。途端に地を揺るがすような轟音が響いて、巨大な砂の柱がぶわっと浮いた。それはクリス達が立っている少し先の地面にばさっと落ちて、オーウェンはそこに向かって歩いて行った。


 見たいと言った本人のロジャーも、驚いたような顔をしてオーウェンを追ったが、地面にあいた穴を見て首を傾げる。


「音の割にはぜんぜん変わってないけど」


 地面に多少のへこみはあるが、確かにさほど大きな穴でもない。クリスも首を傾げていたが、オーウェンはその地面を指差して笑った。


「そこに足を入れてみたらわかるぜ」

「そう言われると嫌だな。アラン、ちょっと入ってみてよ」

「お前、上官を何だと思ってる?」

「こないだまでヒラだったくせに、こんな時だけ上官ぶるのよくないと思うよ」


 そんなことを言い合っているロジャー達に笑って、オーウェンは何故か持っていた剣をそこに放った。


「ま、自分たちの護衛を埋めるわけにはいかないが」


 砂の地面に突き立ったそれは、するりとそのまま地面の中に消えた。


「すごいな、どうなってる?」

「ていうか自分の剣を投げ入れちゃってよかったの? 回収できる?」

「問題ない。ちょっと離れてろ」


 そう言ってオーウェンが「風の民(シルヴェストル)、舞え」と言った瞬間、地面から大量の砂が吹き上げた。それは先ほどとは比べ物にならないほどの量で、空高く舞い上がる。同時に勢いよく飛び出してきたのは彼が放った剣で、それは天高く舞い、計算されたかのように彼の手元に落ちた。


「おー」


 ぱちぱちと感動したように拍手をしたのはロジャーで、アランもそれに合わせて手を叩いたから、クリスもつられて拍手をする。


「なるほど、たしかに曲芸だ」

「何が曲芸だ。普通に穴を掘って中の砂を吹っ飛ばしただけだよ。こんなのアイザックにもやれる」

「そうなの?」

「労力の割には攻撃するには向かないからな。アイザックが見せなかったわけは分かる。どちらかといえばこいつの本来の使い方はこっちだ」


 そう言って、オーウェンは今度は小さな火の精霊を呼び、深くてくらい穴の中にゆっくりと火の玉を落とした。かなり深くまで落ちてから、それはすっと消える。


「すごいな。一発で水のある深さまで掘り当てたんだ」


 穴を覗き込んだレックスが、声を弾ませて言った。


「ま、掘り進める深さの指標くらいにはなるだろ。だいぶ疲れたんでもうやらないが、いずれ戦いが落ち着いたら手を貸すよ」

「ありがとう。本当にすごいな」


 レックスは興奮したようにオーウェンを見上げていたが、ふと、真顔になっていった。


「こんなことを聞いたら気分を害するかもしれないけど、聞いてもいい?」

「そんな前置きされると聞きたくはないが、兵士を借りてる分くらいは聞くぜ」


 オーウェンは細い目をさらに細めたが、さほど構えた様子もない。軽く頷いた。


「オーウェンやアイザックの魔術は本当に強大だ。他人に向ければ他人を思い通りに操ることができると思うんだけど、それでもまたここにオーウェンが穴を掘りにきてくれる?」


 レックスの言葉に、聞いているクリスがどきりとした。


 それはクラウィスにいる王家を倒して、自分たちの国を立ち上げようという魔術師に向けた言葉なのだろうか。もし本当に彼らが玉座に座れば、その中心人物であるアイザックやオーウェンは王侯貴族になり変わるということだ。その時に彼らは、人々に対して魔術を向けて働かせるのではなく、魔術を使って人々のために水を引くことができるのか、というのがきっとレックスの不安であり期待なのだろう。


 オーウェンはさほど考える様子もなく、軽く笑ってから言った。


「どうかな。別に穴を掘るのが趣味ってわけでもないからな。ひとつやふたつなら俺がやるが、たくさん必要なら仲間をたくさん連れてくるよ。その分の食料と寝る場所さえ準備しておいてもらえるならな」


 彼の言葉に、レックスは子供のようにぱっと表情を輝かせる。


「準備して待ってる。約束だよ」

「別にいいが、あんまりただで働かせてくれるなよ」

「うん。そんなつもりはないから大丈夫。こっちはいつか、オーウェンがひとつだけ掘りにきてくれたらそれでいいんだ」


 レックスはそう言ってから、視線を兵士たちのいない南側へと向ける。


「あちらでも水がなくて困っているところはたくさんあったから。いつかそこに仲間たちと向かってもらえたら本当に嬉しいな」



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