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五章 王国の終焉2


 ウィンストンの屋敷に着くと、食堂に案内された。つい先日までクリスもここで一緒に暮らしていたのだが、それでも外からやってくると久しぶりだと言う気がした。


「休みの日に朝っぱらからすまないな」

「いえ、食事にお招きいただきありがとうございます」


 中にいたのはウィンストンとエイベルだけで、案内されたのはレックスとクリスだけだ。この顔ぶれであれば、レックスはその場の雰囲気などで敬語を使ったり使わなかったりしているようだが、ウィンストンの方はさすがに敬語を使うことが減ってきた。


「このあと、会ってもらいたい人間がいるからな。その前に食べながらでも少しだけ話をさせてくれ」


 ウィンストンはそう言ってから、エイベルを見た。エイベルはいつになく真剣な顔をして、クリスたちに頭を下げる。


「本当に急にお呼びだてしてしまい申し訳ありません」

「ううん。僕たちは大丈夫だよ。何かあった?」

「昨日、こちらについた輸送船に、百名ほどの魔術師が乗りこんできておりまして」

「魔術師って、アルビオンから?」


 レックスはゆっくりと首を傾げて聞いただけだったが、百名ほどの魔術師とはただごとではない。前にアイザックたちがカエルムの兵士たちと一緒に戦った時にも、二十名ほどしかいなかったのだ。


「ええ。ほとんどは港に停泊した船に待機していますが、数名は私に会いにきています」

「アイザック達ではないの?」

「アイザックはいませんね。ドウェインは来ていましたが、今来ているあちらの代表はオーウェンというアルブのリーダーらしいですよ」


 ドウェインというのはアイザック達と一緒に戦っていた魔術師で、その後、アイザック達がアルビオンに向かってもしばらくカエルムの船の運行に力を貸してくれていたはずだ。


「僕たちにも会ってもらいたい人物というのが、そのオーウェンという魔術師?」


 レックスがウィンストンに聞くと、彼は頷いた。


「エイベルから会ってくれと頭を下げられたからな。どうせならレックスやクリスも同席させた方が、二度手間じゃないだろう」

「彼らの目的は?」

「ここに来た魔術師百名でこちら側から南下して、アルビオン側から北上する魔術師と共にクラウィスを挟みたいそうです」


 エイベルの言葉にクリスは驚いたが、ウィンストンは眉根を寄せた。


「最低がそれだと言っていなかったか? あわよくばカエルムの兵士を一緒に突撃させろと、魔術師の代表は要求してるんだろう」


 そんなウィンストンの言葉にクリスはどきりとする。魔術師達がカエルム国の内部を素通りしてクラウィスに向かって南下するのと、カエルムの兵士たちを伴って攻撃を仕掛けるのでは全く意味が変わる。


 だが、今度はエイベルの方が嫌そうに顔を顰めた。


「ウィンストン様にはかなり丁寧にお伝えしたつもりなので、そんなに端折った情報をレックスやクリスに伝えないでもらえます?」

「その丁寧な話に夜中まで付き合わされて私は眠いんだ」

「日に日に言動が王族らしくなってきますね。眠いからといって罪もない臣下を処刑しないでくださいよ」

「心配はいらない。エイベルを処刑したければ、もっとまともな罪状がいくらでもあるからな」

「相変わらず仲良しだね」


 ウィンストンとエイベルの話に口を出したのはレックスで、仲良しと言われた二人は同時に口を噤んだ。


「相手の最低の要求というのが、魔術師百名を国内に通すことを認めてってことかな。できれば敵にもバレずに向かいたいはずだから、港からそのまま馬車か何かで国境まで輸送してほしい」


 レックスの言葉に、エイベルが頷いた。


「それはどちらも言われていますし、そこは協力できるところかなと私は勝手に思っていますよ」

「そうだよね。ウィンストン様も同意見でしょう?」


 レックスはそう言ってウィンストンに視線を向けるが、彼は何も答えずにただ肩をすくめた。


「あとは兵士を動かしてってことだけど、まずはカエルムの自衛軍を国境付近に展開させてもらえれば助かるし、あわよくば一緒に戦ってくれればもっと助かる、ってところかな」

「ご明察です。あちらとしても一緒に兵士を動かすのはある意味でリスクでしょうからね。まずは国境付近に展開して、中央に対して牽制して欲しいというのはあるようです。それを目眩しに魔術師達が移動することもできる」

「一緒に兵士を動かすのがリスクというのは?」

「アイザック達と協力して戦った時には、あくまでカエルム側の兵士が中心で、魔術師達は補助でしたからね。それが魔術師達が中心になって兵士たちが補助というのは、性質上、向きません。兵士を動かすならこちらが多数になるでしょうし、そうすれば彼らにとっては逆にこちらが裏切るかもしれないという思いは必ずある」

「たしかにそれに乗じてこちらが中央まで進出して、手柄を掻っ攫っちゃうって可能性はあるものね」

「あり得ないな」


 苦笑するように言ったウィンストンに、レックスは笑った。


「もちろん僕やエイベルはウィンストンや陛下のことを知っているから、存じ上げてますよ。でも普通はありえると思っちゃうもの」


 レックスはそう言ってから、首を傾げる。

 

「なんにせよ協力を求めてきているということは、当然、何かしらの見返りを準備してるってことだと思うのだけど」

「彼らの狙いは中央を倒すことです。倒した後には、東側の国土をばっさりこちらに譲ってくれるつもりらしいですよ」

「なるほど。東側は隣国との火種も抱えてるからね。ついでにこっちに押し付けたいって意図かな?」

「それはあるでしょうね。あとは我々との交渉の余地を残したのではないでしょうか。彼らに広大な国土を支配したいなんて狙いはないと思ってます。まずは国土を分割する意思だけ示しておいて、あとは陛下や殿下との交渉次第、といったところではないかと思っていますが」


 そんなことをすらすらと語ったエイベルに、ウィンストンが不機嫌そうな顔をして口を開いた。


「ここに来て一番、エイベルが信用できなくなってきてるんだが。政治にも絡んだことのないアイザック達にそんな入れ知恵ができるのは、お前だけじゃないのか?」

「今のタイミングで魔術師達がカエルムに押し寄せてきたのは、完全に寝耳に水でしたよ」

「入れ知恵は否定しないのか?」

「首を落とされないためにも、一応は否定しておきます」


 それは肯定ということなのか、やはり否定なのか、クリスなどにはよく分からない。ウィンストンも嫌そうな顔をしたので、彼には分かっているのか、それともやはり分からず苛立ったのか。


 エイベル=スペンサーはヘンレッティ家の側近という立場はありながらも、やはり同じ魔術師である仲間達のことは心配しているようで、アイザックやドウェインとも親身になって話をしているように見えていた。


 前にウィンストンが「お前はアルビオンに行かないのか」と聞いたところ、「ウィンストン様のそばを離れるつもりはありませんよ」と即答していた。だが、それは真にウィンストンに仕えているということなのか、それとも魔術師達のためにもここにいることを選んだということなのか、クリスには分からなかった。魔術師達にとってエイベルは、カエルム国との間を繋げるための、偉大な協力者であることは間違いない。



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