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五章 王国の終焉1


「おはよう」


 耳元で優しい声がして、クリスは薄く目を開ける。


 目の前にあったのはクリスを見下ろすレックスの顔で、どきりと心臓が跳ねた。前より少しだけ短くなった黒髪と、真新しい寝着が見慣れず、なにより同じ寝台で目を覚ますということが未だに全く慣れずに、毎朝、どきどきしすぎて寿命が縮むような思いをしながら目を覚ます。


「おはようございます」


 クリスが応えると、彼はさらりとクリスの髪撫でてから、頬に優しくキスをしてくれる。それだけで顔が真っ赤になるのを感じたが、彼はにっこりと笑うと、何も言わずに寝台をおりた。


 レックスの背中を視線だけで追っていると、きらきらとした朝日が差し込む白のカーテンが寝起きの目に眩しくて、クリスは何度か瞬きをする。


 二人で寝られる大きな寝台に、二人で座れる大きなソファ。そして可愛らしい鏡台や小さなテーブルなど、部屋にあるものは全てレックスと一緒に選んだものだった。彼はさほどの時間もかけずに本当に、クリスと二人で住める家を準備してくれたのだ。


 クリスはもともとレックスと暮らせるのならどんな家でも良かったし、希望はと聞かれて思いついたのは、ウィンストンの家にあったようなバルコニーが欲しいということだけだった。レックスの希望もウィンストンの屋敷に近い場所に小さな家が欲しいというものだけで、ある意味で選び放題ではあったのだが、ウィンストンがせめて警備や警護のしやすさを考えた屋敷にしてくれと注文してきたので、今の家に決まっている。


 屋敷はもともと建っていたものだが、内装は手を入れて新しくしてもらっているし、配置された家具などは新しく選んだものばかりだ。


 そこに二人で暮らせるということが本当に信じられず、未だに夢を見ているのではないかと思うことがある。


 目を開けたら子供に戻っていて、実家の物置のような部屋で一人で目を覚ますのではないか、とか、レックスの居場所が分からないままレジナルド王太子の屋敷の廊下で壁を睨んでいるのではないか、なんて考えてしまって全身が冷たくなるのだ。


 だが、何日か前に実際にそんな夢を見て、死にそうな気分で目を覚ました朝にも、すぐそばにレックスが眠っていた。少しだけ身を寄せると、寝ぼけながらもすぐにぎゅっと体を抱きよせてくれて、これが夢でないことに泣きたくなるほどに感謝した。毎日、彼のそばで目を覚まして、彼のそばで眠れることが、何に変え難いほどに幸せだ。


「お休みなのに起こしちゃってごめんね。ウィンストンが話があるんだって。出られる?」


 クリスが顔を上げると、レックスは歩いてきて、寝台に何かを置いた。


 丁寧に置かれた服を見て、クリスは首を傾げる。先ほどまでレックスは真新しい棚から衣服を選んでいるようだったが、持ってきたのは自身の服でなくクリスの服だ。


「私も一緒にですか?」

「うん。アイザックたちの話みたいだから」


 そんな言葉にクリスは慌てて起き上がる。


 レックスはいつもウィンストンの側で働いていたし、クリスはウィンストンの側近であり同じ魔術師でもあるエイベルの手伝いをしている。自然とウィンストンのそばでは顔を合わせることも多いのだが、クリスはあくまで単なる雑用という立場だ。だが、一応はこの国では数少ない魔術師ではあり、それに関する話についてはウィンストンも積極的に耳に入れてくれる。


 クリスはレックスが持ってきてくれた服を手にしてから、じっとクリスを見ているレックスを見上げる。


「あの……私も着替えるのであちらを向いてもらってても良いですか?」


 いつもはレックスに先に着替えて部屋を出てもらってからクリスが着替えていたが、服を渡されたということは、クリスも急いで着替えた方が良いのだろう。


「クリスはいつも僕の着替えを見てるじゃない」

「それとこれとは話が違いません?」 

「そうかな。僕も一応、少しは恥ずかしいのだけど」


 そう言って笑ったレックスは、こちらに背を向けて歩いていった。彼が自身の服を選んで、別の方向を向いて着替えているうちに、クリスも慌てて服を着替える。


 新しい家では一つの部屋で過ごしたいと言ったレックスに、クリスはどきどきしながらも頷いた。二人で一つの部屋を使うということは、同じベッドで眠るということだとは分かっていたし、それについては一応の覚悟なり心構えなりがあったのだが、着替えなどを隠れてする場所がないというのは盲点だった。


 着替えながらもちらりとレックスの方を見ると、彼の背中が見えてどきりとした。


 いつも心臓に悪いと思いながらも、ついついレックスの着替えを覗き見てしまうのはクリスの下心なのか何なのか。彼の体にはこれまでに負ったいくつもの傷があって痛々しいのだが、それでも彼の姿は綺麗だし、男性らしい体の線にもどきりとしてしまう。


 クリスが急いで着替えを終えるのと、レックスが着替えを終えてこちらを振り返ってくるのはほとんど同時だった。


「早いね。さすが」

「まだ着替えてたらどうするんですか」

「そしたら僕が手伝ってあげるよ。おいで」


 促されるままに鏡台に腰を下ろすと、彼はクリスの髪を優しく櫛でといてくれてから、両耳に彼がプレゼントしてくれた飾りをつけてくれる。


「少し髪が伸びたね」

「その分、レックスが短くなりましたからね」

「たしかにちょうど足し引きしたくらいの長さかな」


 楽しそうに笑ったレックスは、髪が短くなったこともありぐっと男らしくなっている。対して少し髪が長くなったクリスは、ようやく女性に見えるようになったと言うところか。


 未だに全く自分がレックスに釣り合う気はしないのだが、それでもレックスはクリスと一緒にいると本当に幸せそうに見えて、クリスはそれだけで胸がいっぱいになる。


 そして髪型も、これまでは常にレジナルド王太子の髪型に合わせて男性にしては長めの髪に揃えられていたが、もう合わせる必要がなくなったということだろう。彼は短い髪が気に入っているようだったし、彼が思いどおりに自由に選択できるということだけでも、クリスは本当に嬉しい。


「朝ごはんはウィンストンのところで一緒に食べよう。待ってると思うから」


 そうなのか、とクリスは頷く。


 昨日から決まっていたことであれば、昨日のうちに連絡が来ていただろうから、今朝、急にウィンストンのところから使者が来たと言うことなのか。


 わざわざウィンストンが休日に呼びつけるくらいだから、何かあったのだろう。ウィンストンの屋敷までは歩いてもさほど距離はないのだが、わざわざ家の前に馬車まで待機していた。使者がそのままクリス達の仕度を待っていたのかもしれない。


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