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四章 ジャクソンの居場所9


「カエルム国の人口は二倍以上に膨れてるらしい。来るもの拒まずでやってるらしいが、急激に増えた人間の取り扱いでなかなかあちらも大変そうだ」


 それを言ったのは、サスからそのままカエルム国に残っていた魔術師だった。船に乗せる魔術師が欲しいということで一時、あちらで船を行き来させていたらしいが、物資を輸送してきた時にこちらの魔術師と交代して戻ってきた。


 アイザックは首を傾げる。


「こっちへの物資を打ち切られるかな?」

「今のところはそんなつもりはなさそうが、いずれはあるかもな」

「ま、だいぶこちらも自給の目処は立ってきたからな。別に構わないが、それを見越してこんなものを寄越してきたんなら、だいぶ焚き付けられてる気はするんだが」


 呆れたように言ったのはオーウェンで、彼は机に広げられた紙を見下ろす。


 王宮のあるクラウィスを中心に国全体を描いていると思われる大きな地図には、軍の駐屯地や現時点の兵士の規模が書かれていた。


 北軍はカエルム国が取り込んだらしいし、西軍はカエルムとの衝突で被害が出ただけでなく、カエルム国に流入する兵士が多くいるらしく、かなり規模を減らしている。南軍はもともとアルビオンをぐるりと取り囲むように布陣していたが、たびたびの魔術師達との衝突で、軍から逃げ出す兵士たちが多いと聞く。もう中央に向かう道を塞ぐ程度にしか残っておらず、アルビオンの南にある港からの物資の輸送や、南に位置する町や村と物資のやり取りをするのに弊害はない。オーウェンが言った自給自足の目処というのも、アルビオンだけでなくアルビオンから南の地域全体でということだろう。


「未だにヘンレッティ家はクラウィス内部に色々と密偵を飼ってるらしいからな。そうでなくても、西軍を撃退して他国との交易も開始したことで、カエルムは事実上も国と認められてる。それもあって末端だけでなく中央からあちらに流れる人間もいるらしいから、情報はいくらでも手に入るらしい」


 そう言った魔術師は、エイベルというヘンレッティ家の側近である魔術師から、色々と情報を授けられたと言っていた。彼が示した方の紙には、クラウィス内部の地図があり、宰相や総帥など主要な役職にある人物達の屋敷が記入されており、王宮の見取り図まである。


「その情報をご丁寧に俺らまで流してくれるのは、俺らに中央を攻撃させて、そのどさくさでカエルムの人口と領地を拡大しようってのが目的か?」

「どうかな。ウィンストンやレックスの話だと、あんまり拡大をさせるつもりはなさそうだったが。欲がでてもおかしくはないし、国王とは会ったことがないので何とも言えないな」

 

 アイザックはそう言ってから、オーウェンに向かって首を傾げる。


「何か気に食わないか? 相手の狙いが何であれ、俺らにとっては必要な情報だ。そして別にカエルムが領土を拡大しようと考えていたところで、俺らにとっては関係ないだろう。別に俺たちは国を乗っ取りたいわけじゃない。クラウィスにいるトップを処刑して、小さくとも俺たちが虐げられずに暮らせる場所を創れればいいはずだ」


 オーウェンは不機嫌そうな顔でさらに眉根を寄せた。


「その思想に文句はないが、俺にはいまいちカエルムが信用できてない。上手く使われてるだけって可能性もなくはないだろ。こっちがクラウィスを倒した後に、カエルムが乗り込んできて玉座にそいつらが座るなんてこともありうる」

「個人的にはそんなことはないと思ってるが、たしかに可能性はなくはない。もともとこっちもカエルムの独立を上手く使ってやろうと思っていたところはあるしな。だが、だからと言ってオーウェンも止まる気はないだろ」


 そんなことを言ったアイザックに、オーウェンは肩をすくめる。


「別に俺も気に食わないとは言ってないだろ。カエルムの狙いが俺らを嵌めることじゃなく中央の打倒なら、少なくともこの情報については信用できるってことだからな」


 そう言って机の上に広げた紙を叩くオーウェンを見て、今更だと非難されるとは思いながらもジャクソンは口を開いた。


「……今のままっていうのは何がダメなんだ? アルビオンにいる限り、国も軍も手を出せない。中央にでなくとも、南側の地域の人たちと一緒にうまくやっていければ平和に暮らしていけるだろう」


 今が平和に暮らせているのだ。アルビオンは泉を中心として自然も多い。精霊達も多くてジャクソン達にとってはとても居心地の良い場所であり、城壁もあり周囲が開けているから敵からも襲撃されない。


 わざわざ争いに首を突っ込む必要がどこにあるのかと思ったのだが、アイザックは真剣な顔をしてジャクソンを見て、オーウェンは鋭い視線を向けてくる。


「基本的には俺もジャクソンの考えに同感だよ。今後もアルビオンを離れるつもりはないし、ここを中心として周囲の地域のみんなとうまく平和にやっていきたい。だが、それはクラウィスを堕としてから後の話だな」


 オーウェンの言葉に、アイザックも頷いた。


「そうだな、そこは回避できない。過去に対するけじめという意味でも、未来に対して遺恨を残さないと言う意味でもだ」

「今後、いま以上に条件が整うことはねえよ。ヘレナとアイザックとエヴァンがいて、他にも使える魔術師はごろごろしてる。カエルムも目的は分からないにせよ協力的だし、そのカエルムの独立もあってかなり国の力は弱まってる。だが、いずれ国が力を取り戻せばまた魔術師を一掃しようなんて思いかねないからな」


 だから今のうちに叩くしかないということなのだろう。


 たしかに今後アイザックやオーウェン、エヴァンのような魔術師が出てくるかは分からないし、ヘレナと同じことができる魔術師が彼女以外にいるとは思えない。力を持っている今は平和に暮らせたとしても、いずれ魔術師の力が弱まれば、国が黙っているとは思えない。


「実際、国はこのまま黙ってはいないだろうと言っていたよ。何か手を打てないかと必死に話してるらしい」


 それもカエルムからの情報なのだろう。


「東軍と中央軍は無傷で残っているからな。あちらも数はまだある」

「何にせよ頭をつぶしてそれらを解体させるしかない。殺された魔術師やその家族たちのためにも、これから生まれる魔術師たちのためにもな」


 わかった、とジャクソンは頷く。


 感情はともかく言っていることはよくわかるし、それがアイザックやオーウェン達を含めた魔術師の総意であれば、ジャクソンなどに口を挟む余地などない。


 そう考えていると、部屋の隅の方で暇そうに座っていたエヴァンがジャクソンを見た。普段はアイザックやオーウェンに寄りつかない彼が、同じ場所にいるのは珍しい。クラウィスの攻略には確実に重要な人間だから、呼ばれたのだろうか。


「ヘレナの意向は?」

「ヘレナが争いを望んだことなんてないだろ」

「それはヘレナじゃなくジャクソンの意向じゃないのか?」

「え?」


 鋭く言われたエヴァンの言葉に、ジャクソンは目を瞬かせる。


「ヘレナが本当に何を望んでいるか、俺には分からないな。あんたになら分かると言いたいんだろうが、どうもジャクソンはアイザックとは違う意味でおめでたいからな。本当にわかってんのか?」


 ヒヤリとするような言葉に、僅かに苛立ちと焦燥が湧く。


 クーロから逃げる時にヘレナが魔術を使って他の皆を切り捨てたのだ、とエヴァンは言っていた。その時に、それに気づいていないのはおめでたいジャクソンだけだと言っていたのだ。たしかにジャクソンにヘレナが何を考えていたのか分からなかったのだし、ヘレナが何を望んでいるのかと言われると、やはり分からないと言うしかない。


 何を言い返せば良いのかと考えていると、アイザックが口を開いた。


「別に俺もジャクソンも、おめでたいなんてエヴァンに言われる筋合いはないと思うが、それでも確かに彼女はジャクソンの望む通りに動いてるように見えるよ」

「どういうことだ?」

「ヘレナが争いを望んでいないのではなく、ジャクソン自身が優しくて争いを望まないから、ヘレナもそう考えているんじゃないのか?」


 思いがけないアイザックの言葉に、ジャクソンは首を捻る。


「ヘレナは、精霊が争いを望んでいないといつも言ってるよ」

「ヘレナだって精霊と話せるわけじゃないんだろ。俺も精霊の目は使えるが、俺がこいつらから感じるのは怒りだけだぜ」


 近くにいた精霊を散らすようにして言ったエヴァンに、ジャクソンは驚いた。



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