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四章 ジャクソンの居場所8


「話を聞いて満足したか? 意味や収穫があったとは思えないがな」


 クェンティンはそう言うと、天を仰いでいた頭を下げてジャクソンを見た。ひらひらと軽く左手を振ったのは、さっさとどこかに行けという仕草か。だが、ジャクソンは首を横に振った。


「そこまで話して、俺の問いに答えなかったのはわざとか? クェンティンが助けたかったのは誰なんだ」


 仲間に引き込みたいギル達に対して、仲間になんかなりたくなかったから彼は逃げたのだろう。だが、それでもジャクソンを売らなければならなかったのなら、彼はその誰かを守りたかったのだとしか思えない。


「ジャクソンの知らないやつだよ」

「助けられたのか?」

「さあ。あんたもこうして生きてるし、そもそも俺はギル達の指図に従わずに逃げたからな。殺されてる可能性もなくはない」


 そんなことを言ったクェンティンに、ジャクソンは息を飲む。それを見てクェンティンは口元を歪めた。


「たぶん無事だとは思ってるがな。俺が消えた以上、人質としての価値はない。確かめる気もないが」

「それなら、最初から姿を消せば良かっただけじゃないのか?」


 ジャクソンを軍に売ると言うところまでは指示に従っているのだ。責めたつもりはないが、彼はわずかに声のトーンを落とした。


「……ジャクソンと会うところまでは見張られてたからな。ひとまずは承諾したふりをしなきゃ、その場で人質を盾に取られる可能性はあった。従わなきゃ、魔術師を匿った魔術師の仲間として彼女たちが軍に売られるってことになってたからな。馬鹿馬鹿しいとは思ったが、実際、ギル達の言葉で俺に近かった魔術師が処刑されてる。俺が姿を消したと気付かれるまでに、もう近くにはいないだろうと思わせるだけの月日が欲しかったんだ」


 そう言って彼は壁に頭をつける。


 実際に処刑された魔術師がいて、それで自分に近しい人間を魔術師を匿ったとして摘発すると言われれば、選択肢はなかっただろう。あの頃はちょうど魔術師を差し出せば報奨金がでるなんて時期で、魔術師だろうがそうでなかろうがたくさんの人間が処刑されていた。


 ギル達が国や軍から派遣されているのであれば、そんなことは簡単にやれるだろうし、クェンティンの言葉でも相手は少なくとも三人はいた。全員を欺くことは難しかったはずだ。


「……そんなリスクを冒してもギル達に力を貸さなかったのは、魔術師達を守りたかったからか?」

「人質を取られてる以上は、言いなりになり続けるしかないからだよ。で、最終的には俺が始末されて終わりだろ。そこまで見えてて真面目に乗ってやれるかよ」


 彼はそう言ったが、彼であればもっと上手くやれたのではないだろうか。それに、それだけ大切な人だったならそこを離れるというのも辛い決断だったはずだ。


 それを考えて、ジャクソンは改めてクェンティンが背にしている高い壁を見る。


「ここを出て、その人に会いに行こうとおもったのか?」

「そんなつもりはない。もう関わるつもりはないよ」

「大切な人だったのに?」

「俺が世話になっていた家の人間だよ。恩は山ほどあるが、ろくに何も返せなかったな。姿を消したことがせめてもの恩返しだ。いずれ立派な男とでも結婚できるだろ」

「……恋人だったのか」


 ジャクソンの言葉に、肯定も否定もせずに彼は可笑しそうに笑う。


 魔術師と関わったとして摘発されるのは「彼女たち」と言ったから、人質は一人ではないのだろうが、その中の一人がクェンティンの恋人だったのかもしれない。


「俺が一度は殺したあんたを前にして言うことじゃないが、いったいどうすりゃ良かったんだろうな。何かを間違ったから、こんな姿でこんな所に転がってるんだろうが、どっかに正解があったのかは分からないよ」


 それは淡々と語られてはいたが、彼の悲痛な叫びだ。


 ぎゅっと胸を掴まれるような痛みに、ジャクソンも思わず返す言葉を見失う。他人であれ自分であれ、命を天秤にかけざるを得ない時点で正解などあるはずがないのだし、クェンティンが何かを間違ったのだとも到底思えない。


 仮にジャクソンやクーロにいた魔術師達を助けて彼女を犠牲にしても、軍に追われていたカーティス達を見捨てて自分の命を守ったとしても、どちらにせよそれが正解のはずも間違いのはずもない。きっと彼は同じ痛みを負ったはずだ。


 ジャクソンはしばし固まったのち、なんとか口を開いた。

 

「今の話に、クェンティンがクーロを売ったって要素がどこにもないのだけど」


 彼は瞳だけを動かしてこちらを見る。


「クーロの襲撃については知ってたからな。知らせようと思えば知らせられたし、本当はジャクソンにそれを伝えて帰すべきだったんだけどな」


 ジャクソンはクェンティンの姿勢に合わせるように、その場に座り込んだ。


「だからクーロの魔術師達が死んだのもクェンティンのせいだって? そんな馬鹿な話はないよ。そもそも俺がクーロに戻った時点で、その可能性は想像できてた。そこで本当ならそこを離れるべきだったし、最悪でもギル達を捕らえた時点ですぐにでも行動すべきだった。それをしなかったのは俺たちの怠慢だよ。まとめて動かすのが難しいのは当たり前の話で、本当なら散り散りになってでも離れるべきだったのに」


 今でも軍に追われて逃げている時の焦燥や恐怖を思い出せる。血を流して倒れていた人々の姿や、置き去りにしたセリーナの姿などが浮かぶと、いまだに血の気が引くような感覚に襲われるのだ。


 あの時こうしておけば良かったのに、とさんざん後悔するから、きっとジャクソンはクェンティンと違って沢山のことを間違えてきたのだろう。それでも何とかこうして生きているのは、きっとヘレナやセリーナなど周りが助けてくれたからだ。


「クーロから逃れて生き残ったのはここにいる四人だけで、ほとんどヘレナとカーティスのおかげだよ。セリーナについては、死にかけてる彼女を山の中に置きざりにして逃げてきたくらいだからな。だからクーロにいたたくさんの魔術師を助けられなかったのも、クェンティンのせいじゃなくて俺のせいだと思ってる。——それが俺の自意識過剰だって言うなら、そのままその台詞をクェンティンに返すからな」


 ジャクソンがそう言ってクェンティンをまっすぐに見据えると、彼は少しだけ眉根を寄せる。


「俺はヘレナやセリーナに助けられて生きてるし、兵士たちに捕まりそうになってたカーティス達はクェンティンに助けられた。クェンティンが守りたかった彼女達もたぶん無事だと思ってるんだろ? それなら今のところは正解だったってことじゃないのか。そんな姿でってところは何とも言えないけど、クェンティンもヘレナに助けられて、今のところはなんとか生きてる」


 力なく座り込む、痩せ細ったクェンティンを見ながらジャクソンは言った。


 食料が調達できなかったのか、発見した時の彼は命の危険があるほどに痩せていたし、片腕は傷口が腫れて膨れ上がっていた。アルビオンに移してからも熱もしばらくは続いていたらしいし、熱が下がってからも食欲はないようで、いまだにがりがりに痩せたままだ。それでこんなところまで動いてきたのだから、もしかしたら動けなくなって座っていたのかもしれない。


「全部結果論だな。あんたが死んでて、ヘレナやセリーナが死んでた可能性も大いにあるし、俺の恩人が死んでる可能性もある。それでもおんなじことが言えるかよ?」

「その時はその時に考えればいい。少なくとも今の俺はクェンティンが生きててくれて嬉しいし、カーティスを助けてくれたことに感謝してる。クェンティンも俺が生きてて嬉しいなら素直にそう言えばいい」


 ジャクソンの言葉に、クェンティンは乾いた声で笑った。


 子供の頃からダレルの元で一緒に育てられたクェンティンのことを、ジャクソンは本物の家族だと思っていたのだし、弟でも親友でもあったと思っていた。彼にとってジャクソンがそこまでの存在かどうかは分からないが、少なくとも秤に乗せてみるだけの重さはあったということだ。


「あんたの言葉は半分も頭に入ってこなかったが、そこだけは認める」


 彼はそう言ってから、泣きそうな顔で笑った。


「ジャクソンが生きててくれて嬉しいよ」



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