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四章 ジャクソンの居場所7


「クェンティン、こんなところにいたのか」


 木々の茂る薄暗い地面に、壁に寄りかかって座っている姿を見つけて、ジャクソンは安堵の息を吐いた。ぐるりとアルビオンを一周する壁は、ジャクソンの身長よりも高く、そこに座り込んでいると余計にクェンティンは小さく見える。


 ヘレナが献身的に診ていることもあり、だいぶ顔色は良くなったが、がりがりに痩せているのは変わらないし、右腕は全く動いていない。かなり傷が膿んでいて、切断した方がいいだろうと誰かが言うほどだったが、ヘレナが首を横に振ったのでかろうじて繋がっているのだ。


 ほとんど口も開かずに寝台に伏しているらしいし、ジャクソンが訪ねると目も口も開けてくれない。体調が戻るまではとなるべく近づかないようにしていたが、彼が部屋からいなくなったと聞いて慌てて探していた。広い町ではあるが、クェンティンは弱っているしほとんど寝たきりの状態だった。土地鑑もないはずで、さほど遠くには行っていないだろうと思っていたが、見つけたのは町の端だ。


「勝手に外を出歩くなって?」 


 久しぶりに聞いた声は、この間よりはだいぶマシになっていた。


 だが暗い瞳で見上げてくるクェンティンを見て、もしかしたら彼はここを出ようと考えたのだろうか、と思った。片腕が使えない彼ではこの壁は登れないだろう。外敵から町を守ってくれるこの壁が、彼にとっては牢獄の高い壁に見えた可能性はある。


「そんなことは言ってない。たまには外の空気を吸った方がいいとは思うけど、急にいなくなったってみんな心配してたよ」

「それはありがたいことだな」


 そう言ったクェンティンは、皮肉気に口元を歪めた。


 クェンティンはジャクソンたちの暮らす家の近くにある診療所で寝かされていた。寝台は空いているし、他に療養中の患者もいないからというのが理由ではあったが、昼間はヘレナがいるし、夜は見張りが置かれている。ジャクソンを裏切って、クーロの魔術師たちの情報を軍に流したと言ったクェンティンを、監視もなく町に放つわけにはいかなかったのだろう。


「体調は大丈夫なのか?」

「ああ」

「それは良かった」

「ああ」


 クェンティンはそう頷いてから、座り込んだままジャクソンを見上げる。


「俺をどうするつもりかは知らないが、ジャクソンに本当に俺を助けるつもりがあるなら、このまま町の外に放りだしてほしいな」

「……ここにいる誰かが、クェンティンのことを処刑するとでも思っているか?」


 もしクーロで殺された魔術師たちの縁者がいれば、もしかしたらクェンティンを処刑しろというかもしれない。だが、いまここにいるのはジャクソン達だけで、彼のことをあくまで家族だと考えている人間だけだ。


「それはそれであり得る話だろうし、それなら余計に逃げ出したいな。こんな姿でも一応は命を拾ったんだ。拾った命は惜しい」

「何か事情があるのなら、話せばみんなに分かってもらえるよ。魔術師たちは隠れずに暮らせるようになりつつあるんだ。クェンティンもここで一緒に暮らせばいい」


 そんなジャクソンの言葉を、クェンティンは鼻で笑うようにした。


「事情になんか、なんの意味があるよ。俺が他人同士の命を天秤にかけて、ジャクソンに死んでもらおうと思ったことは変わらないし、クーロにいた魔術師全員の命を売ったことも変わらない。なんでジャクソンが生きてるのかはさっぱり分からないが、俺としては復讐か嫌がらせのために化けて出られているとしか思えないよ」


 ジャクソンが彼の立場でもそう思うのかもしれない。自分が助けられなかった子供たちが目の前に現れたとして、ジャクソンとしては泣いて詫びることしかできないし、詫びたところで赦されるとは思えない。


 そう考えてから、ジャクソンは彼の言葉が気になって首を傾げる。


「俺と、誰の命を天秤にかけたって?」


 この間は自分が死にたくないからジャクソンを裏切ったのだと言っていたが、いまは他人同士の命を秤にかけたといった。


 クェンティンはじっとジャクソンの顔を見上げていたが、やがてさらに視線を上げて暗く茂る木の枝葉を見上げた。彼の口から出たのは全く違う言葉だった。


「ギルとゴードンとカールは国から派遣されてクーロに潜入してた間諜だ。知ってたか?」

「ギルとゴードンが魔術師だと偽ってクーロに紛れてたことは知ってる。捕らえたのはクーロが襲撃される直前で、目的も何も話さなかったから素性は知らなかったが」


 カールについては初耳だが、彼もギルやゴードンと同じでクーロの内と外を行き来していたし、彼ら以上に外にいる時間の方が長かった。人柄を知っているというほどではない。


「彼らが間諜だとどうやって気付いた?」

「ヘレナが彼らに精霊が見えていないようだと言ったからな」

「なるほど。最初からそうやって魔術師はふるいにかけるべきだったんだろうな。魔術師の中にも敵がいる可能性もあるから、万全ではないだろうが」


 これまで口を閉ざしていたにも関わらず、彼はすらすらと言葉を続けた。そういえば、彼はそもそも寡黙な人間ではなかった、とジャクソンは思いだす。子供の頃はよく話をしていたし、みんなの中心にいた。


「彼らはダレルとヘレナを見張ってた。で、俺を仲間に引き込みたかったらしい。俺は魔術師たちにもそこそこ顔は広かったからな。クーロの襲撃の準備は進んでたらしいが、クーロ以外の魔術師たちの情報も色々探らせたかったんだろ」


 ジャクソンは彼の言葉に驚く。


 クェンティンがジャクソンを裏切った後、ギルやゴードンが魔術を使えないと分かり、それからすぐにクーロが襲撃された。もしかしたらクェンティンが何かしらの情報を伝えて、それでギルやゴードンが潜伏していたのではないかとも考えていたのだが、実際は逆だったのだろう。クーロの内部にいればクェンティンの情報はすぐに手に入る。


「ジャクソンを軍に引き渡せっていう指示の狙いは俺にもよく分からないな。ダレルやヘレナと一番近かったからか、単に俺に親しい人間を裏切らせて戻れなくさせたかったのか。なんにせよ俺はあいつらの指示に従ってあんたを売ってから、姿をくらませた。いつの間にか魔術師たちの間で裏切り者として俺の顔と名前が売られてたんで、俺が消えた腹いせにギル達が手を回したんだろうと思ってたんだが……あんたが生きて戻ってたんだな」


 クェンティンの言葉に、後ろめたい気持ちになる。ジャクソンが生きて戻ってクェンティンが裏切ったのだと伝えたことで、彼の名前が伝わったのは間違いない。


 ギル達はそもそもクェンティンを仲間に引き入れたかったのだから、彼がジャクソンを裏切ったことは秘密にしておきたかったはずだ。実際、単にジャクソンが姿を消しただけなら、クェンティンが疑われることもなかっただろう。


 ジャクソンが何かを言う前に、彼は言葉を続ける。


「以後は動きづらいし金も住処もないんで、手っ取り早く徴兵に乗って軍に所属してみたが、そこでカーティスの顔を見つけて心臓が止まるかと思ったよ。クーロにいた連中は全員死んだと思ってたしな。気づけば、何をとち狂ったのか魔術をぶっ放して逃げてた」

「……なんでわざわざ軍なんだ? 下手をすると魔術師たちの元に派遣される可能性もある」

「どんだけ魔術師達を捕らえて売る気なんだって?」


 乾いた笑みのようなものを顔に貼り付けたクェンティンに、ジャクソンは首を横に振る。


「いや。万が一にもそれが顔を知られた魔術師だったら、困るのはクェンティンの方だろう」


 もしかしたらカーティス達を助けたように、魔術師達と遭遇したら助けたかったのだろうかとも思ったが、それはそれでリスクしかない。


「俺の顔なんかどこにでもあるものだ。魔術師に指を刺されたところで、苦し紛れに言ってるだけだって言い返せるよ」

「魔術を使いさえしなきゃ、そうだったかもな」

「そうだな。それで今度は自分が魔術師として追われて死ぬとこだったんだ。最後にオチまでつけて、我ながら滑稽だな」


 彼はそう言うと、本当に可笑しそうに笑った。


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