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四章 ジャクソンの居場所4


「町の外に出る。ついてきてくれ。A以上の魔術師に声をかけろ」


 早足で歩きながらそんな声をかけるアイザックに、本当に仲間達がすぐに集まってきた。


 サスではナンバー1から10までのリーダーと、その下にAとBにラベリングされた魔術師達がいるらしい。そもそも戦闘には出ない魔術師はBとも言わないらしいから、A以上というのは戦える魔術師たちの中でも強い方なのだろう。


 アルビオンの出口に着く頃には数十人が集まっていたし、アイザック自身もついてきてくれるらしい。かなり安堵した気分で馬に乗ろうとしていると、オーウェンが走ってくるのが見えてどきりとした。


「アイザック! 急にどういうことだ? 説明しろ」

「ヘレナが外に用事がある。ついでにちょっと周囲を見てくるよ」

「ふざけんなよ。何をするつもりかは知らないが、こっちに相談もなく勝手に魔術師たちを動かすな」

「オーウェンたちをないがしろにしてるつもりはないが、すまないな。理由は戻ってゆっくり説明させてくれ」


 そう言ってアイザックは頭を下げるが、オーウェンは厳しい表情を崩さない。サスとアルブはそれぞれ勢力があるが、争いが起こらないのはそれぞれのトップ同士が争わないからだ。だが、アイザックが勝手に魔術師たちを動かして街を出るなんて真似をすれば、その関係が変わってもおかしくない。


 ジャクソンは慌てて口を挟んだ。


「オーウェン、すまない。完全に俺とヘレナのわがままだよ。俺たちが無理やり外に出ようとしたから、アイザックが護衛をつけてくれているんだ」


 そんなジャクソンに、刺すようなオーウェンの視線が向けられる。


「この状況でヘレナとアイザックとエヴァンの三人を連れ出して、そちらで何かあったらどうするつもりだ?」

「……こちらにはヘレナがいる。急襲されることはないし、距離があれば魔術で対処できるよ」

「心配はいらない。万が一にも何も起こらないためにこのメンバーで出るんだ」

「通常の物資の輸送の護衛とやることは変わらねえだろ。こっちの心配より、残されるそっちが心細いって言ってんのか?」


 ジャクソンの言葉に、アイザックとエヴァンがそれぞれ言葉を足した。オーウェンはさらに表情を厳しくして、吐き捨てるように言う。


「くそ生意気なガキばっかりだな」

「ごめんなさい。私のわがままなの。今回だけは見逃してほしい」


 ジャクソンと同じ馬に乗ったヘレナがそう言って頭を下げると、オーウェンは盛大に舌打ちをした。


「戻ったら全員で説明しにこい」


 そう言ってくるりと背を向けたオーウェンに「ごめん」と声をかけてから馬を駆る。すぐに数十名の人間がそれについてきてくれた。


 目的地を知っているヘレナと、いつも物資の輸送で軍の包囲を突破しているエヴァンが先導して進んでいると、ヘレナが言った。


「まっすぐの方向に兵士たちがいる。三十人くらい」


 馬上でヘレナの小さな声は、一緒に乗っているジャクソンくらいにしか届かない。ジャクソンが大声でそれをエヴァンに伝えると、彼は頷いた。


「そんなものだろうな。クラウィスの方角でも港へ向かう方角でもないから、さほど警戒もしてないはずだ」

「だけど北側には兵士たちの陣が張られてる。わりと規模はありそう」

「行きはよくても帰りの増援はあるだろうな。目的地は想像できないだろうが、帰りは俺たちは当然アルビオンに向かうと考えるはずだ」


 エヴァンとヘレナたちの会話を近くで聞いていたアイザックは、馬を並べてきた。


「ヘレナ、そちらの陣の場所は? 多少、遠回りかもしれないがそっちを叩こう。奇襲をかければ天幕もろとも敵陣を吹っ飛ばせるし、帰りに待ち構えられるよりは良いはずだ」


 そんなアイザックの言葉に、ヘレナはジャクソンを見上げてきた。ジャクソンが頷きを返すと、彼女は指をさす。


「あっち。このまま行くと、その前にこの先にいる兵士たちに見つかると思うけど」

「三十人くらいならさっさと蹴散らせばいい」


 エヴァンの言葉にアイザックは簡単に頷いた。


「そうだな。一気に突っ切って、さっさと目的地に向かおう」


 そう言いあった二人は、兵士たちの姿を遠くに見つけるなり精霊の名前を叫んだ。


火の民(ザラマンデル)、燃やせ!」

「吹っ飛ばせ、風の民(シルヴェストル)


 アイザックが地面を這うような大きな炎を出現させると、それを追うようにエヴァンがヘレナの精霊を使って強風をぶつける。普通の魔術師ならまず届かない距離だが、赤い炎は風に乗って兵士たちにぶつかっていく。普段は全く気が合わなそうな二人だが、魔術の呼吸は合うらしい。


風の民(シルヴェストル)、疾れ!」


 馬で猛然と駆け寄りながら、カーティスも兵士たちが立っていられないほどの強風をぶつける。おかげで炎も散ったが、兵士たちは剣を構えたり弓矢をつがえるどころではない。続けざまにエヴァンが風の精霊の名前を呼ぶ。


「蹴散らせ」


 すでに十分に近づいており、エヴァンの魔術で呆気ないほどに簡単に人が吹っ飛んだ。


 そのまま駆け抜けたが、遠くまで飛んだ兵士たちはこちらを追ってくる気配もない。ジャクソンの隣に並んだセリーナはそれを見てこちらに声をかけてくる。


「ちょっと、私のやることが全くないんだけど!」


 アイザックとエヴァンがいれば他の魔術師は手を出せないし、ヘレナの精霊を使えるカーティスもわりと無敵だ。セリーナの言葉にジャクソンは苦笑する。


「俺もだ」

「ジャクソンはもともとヘレナの言葉を大声で伝えるだけの役割でしょ」

「そうなのか?」


 別にいいけど、とジャクソンは腕の中でちょこんと馬に跨るヘレナを見下ろす。


 オーウェンもジャクソンのことをヘレナの通訳と言ったし、エヴァンに言わせれば単なる風よけだ。ヘレナからするとなんならただの椅子のような気もするが、なんにせよヘレナの役に立てるなら何よりではある。


 やることがないと言うセリーナの言葉を受けてか、ヘレナは彼女に視線を向けて言う。


「北の陣営はこのまままっすぐ。百人単位ではいそうだし、張られてる天幕も多いから、人手を分けたいなら二手に別れてもいいと思う。このまままっすぐ行く人と、右手に迂回する人」

「了解。ならアイザックたちに迂回してもらいましょう」


 そう言ってセリーナは先頭を走るアイザックとエヴァンたちの元へと向かう。まっすぐエヴァンとセリーナとカーティスが突っ込んで、アイザックたちサスの魔術師が迂回してそちらから攻撃するということだろう。


 アイザックはすぐに振り返ると、こちらに手を振ってから右手に進路を変えた。隊を割ると言っても、あたりは何もない荒野だ。お互いの位置は見えるだろうし、相手からしても挟撃されていることがすぐわかるだろう。


 しばらくアイザック達の位置も確認しながら進んでいると、すぐに多くの天幕が出てきた。もともと軍の駐屯地なのか、それともアルビオンを睨んで展開しているのかは分からないが、たしかにそれなりに大きな規模に見える。


 あちらの見張りが気づいたようで、遠くから大きな警戒音が聞こえてきた。


「狙いやすい的だらけだな」


 大きな天幕を見て言っているのだろう。エヴァンの言葉に「本当にね」とセリーナが頷いた。普通の建物を魔術で吹っ飛ばすのは難しいが、簡易な天幕なら簡単に燃やせるし吹き飛ばせる。あちらの軍人達を攻撃するのはジャクソンは未だに躊躇してしまうし、ヘレナも同様だろうが、ここでは狙いはどちらかと言えば陣そのものだ。


「止まれ!」


 見張り達が慌てた様子で弓矢を番える。何本かは飛来したが、すぐに強風に押し返された。


「吹っ飛ばせ、風の民(シルヴェストル)

風の民(シルヴェストル)、蹴散らして」

火の民(ザラマンデル)、焼き尽くせ」


 馬で接近しながら、三人は魔術を敵陣にぶつける。ヘレナが連れている精霊は水の民(ウンディーネ)風の民(シルヴェストル)しかいないが、周囲には幸い火の民(ザラマンデル)土の民(グノーム)も見える。火の民(ザラマンデル)を使ったのは、もともとそれが得意なエヴァンだろう。


 右手に展開したアイザック達も同様に敵陣への攻撃を始めたようだった。あちらは土の民(グノーム)も使っているようで、大きな炎と大きな砂嵐が陣を飲み込むように進んでいる。


 兵士たちが百人以上はいるとヘレナは言ったし、実際、天幕は奥までずらりと張られている。多くの兵士たちはそこにいるだろうが、遠くから撃たれる魔術になす術もないようだった。たまに弓矢で反撃しようとする兵士はいても、絶えず打ちつける強風でここまで届かない。


「たしかにこれだけ火力が集まれば恐ろしいな」


 先日、オーウェンが呟いていた言葉を思い出す。ジャクソンとしては手を出す余地もないのだし、その必要もない。せいぜい相手の動きを見て、こちらを出し抜こうとしている兵士がいないかを警戒するくらいだが、それはきっとヘレナの方がもっと大掛かりにやっているだろう。


「そうね。これだけ固まらないと、好きな場所にも行けないし、会いたい人にも会いに行けない」


 そんなことを言ったヘレナは、何を考えているのだろう。


 ジャクソンの方は、これだけの魔術師が揃っていればクーロから全員を逃すことができたのに、なんて考えてしまって、胸が痛んだ。もしかしたら魔術師達がもっと早く行動していれば、ダレルや子供達も死なずに済んだのではないだろうか。そしてクェンティンも家族のままでいられたのではないか——と。


 そんなことを考えてしまってから、ジャクソンは頭に溜まる重たいものを振り払うように、強く頭を振った。



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