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四章 ジャクソンの居場所3


「どこにいた?」

「町の中みたい。なんていう町かは分からないけど、前にカーティスを探しに行った方角」

「弱ってるって?」

「怪我して動けないの。兵士たちからも逃げてるみたい。家の中に隠れているけど……このままじゃ死んじゃうか、外に出て捕まっちゃうか、どっちかだと思う」


 青い顔をして言ったヘレナの言葉に、ジャクソンは腹の中が冷たくなるような感じがする。


 カーティスの言葉が正しければ、彼はカーティス達を逃すために囮になって逃げたらしい。その中で怪我をして動けなくなり、兵士たちから逃れて隠れているということだろうか。だが、それにしてもカーティスがアルビオンに着いてからかなり日数は経っている。まだ付近にいるというのは、ずっと潜伏していたということだろうか。


「クェンティンはヘレナの精霊に気づいたのか?」

「ええ。驚いてるみたいだったから」

「周囲には誰もいないのか? それがヘレナを呼び出す罠ということは?」


 そんなことを言ってしまったのは、ジャクソンが一度彼に裏切られたからだが、ジャクソンの言葉にヘレナは傷ついたような顔をした。ジャクソンがクェンティンを信じていないことに傷ついたのか、それとも彼女を信じないことに傷ついたのか。


 ジャクソンは首を横に振る。


「クェンティンが仕組んでるって言ってるわけじゃない。万が一にもクェンティンがこちらと繋がってるとバレてるなら、誰かがクェンティンを囮にしてるって可能性もあるだろう」


 クーロの内情は知られていた可能性が高い。それであれば、ヘレナの重要性も認識されているかもしれないし、クェンティンが彼女と関係があることも分かっているはずだ。


「周りには誰もいないように見えた」

「クェンティンの様子は?」

「腕を怪我してるみたい。ひどい怪我でほとんど動いてないし、もしかしたらそこが膿んで熱が続いているのかも。食料や水も家の中のもので凌いでたみたいだけど、もうあまり残ってないみたい」


 だからこのままだと死んでしまうか、食料を求めて外に出て捕まるか、と言ったのだろう。ジャクソンは今すぐにでも助けに行きたい衝動にかられるが、そこにヘレナを連れて行くことはかなり危険な気もするし、だからと言って彼女を連れて行かないとクェンティンの場所も分からない。地理も詳しくないし、移動でもされたら終わりだ。


 ヘレナを連れて行くなら、アイザックやオーウェンに許可を得るべきだろうが、アイザックはともかくオーウェンはクェンティンを信用はしていないだろう。魔術師を裏切った魔術師を助ける必要があるのか、と言われそうな気はするし、それこそ罠かもしれないと思えば、そんな危険を冒すことを許してもらえるかは分からない。


「ここから距離は?」

「分からないけど……このあいだ、カーティスを見つけた場所よりはもっと遠そう」

「そんなところまでよく探れたな」


 あまり遠くまで精霊で探ることはできないはずだし、距離が離れると制御ができなくなると言っている。


 ヘレナはゆっくりと首を横に振る。そして昔からヘレナと一緒にいる風の民(シルヴェストル)を指に乗せた。


「精霊を使って探ったわけではないの。この子がふらっといなくなって、戻ってきたと思ったらそれを見せてくれた。クェンティンがこの子を呼んだのかもしれない」

「呼んだ?」

「探してってお願いしても困ってるみたいだったけど、急に消えたから。前にジャクソンがいなくなった時にも、この子がこんなふうに居場所を教えてくれたの。もしかしたら、精霊が同調するような何かがあったのかも。単に私のためにずっと探してくれただけかもしれないけど」


 何を言っているのかジャクソンにはピンと来なかったが、とにかくジャクソンを助けにきた時にも同じように精霊が導いてくれたのだと言うことだろう。


 クェンティンに捕えられて軍に引き渡された時は、ずっと目を隠されていてヘレナの精霊を見ることなどできなかった。ジャクソンがヘレナの精霊を呼んだと言われても困るが、ヘレナのことを考えていたのは確かだし、誰かに助けを求めていたのも確かだ。


「よくは分からないが、その風の民(シルヴェストル)がクェンティンを見つけてきて、状況をヘレナに教えてくれてるってことか?」

「ええ。だから今の状況を探ることはできないけど、場所はこの子が案内してくれると思う。……少なくとも、ジャクソンの時はそうだった」


 ヘレナはそれを少し自信がなさそうに言った。


 ヘレナはいつも精霊たちに囲まれているし、精霊たちに色々と教えてもらえると言っているが、それでいて意思の疎通がはかれているわけではないらしい。


 ジャクソン達も精霊を使役して魔術を使っても、彼らの意思や言葉は分からない。いやいや従っているのか、喜んで手を貸してくれているのか、そもそもそんな感情がないのかも分からないのだ。ヘレナについては精霊と同調することで精霊の目や感情を通して世界を見ることはできるし、たまに精霊たちの方から彼らの見た景色を伝えてくることがあるらしいが、それでもなにを考えているのか分からないことは多いと言う。


 ヘレナの精霊はなぜクェンティンを探したのかは分からない。ヘレナがそれだけ彼を気にかけていたということなのか、もしくはクェンティンが助けを求めていたのか。なんにせよ、ジャクソンは腹を決める。


「軍の様子は?」

「相変わらず囲まれてはいるけど動きはないわ」

「それなら突っ切ろう。ヘレナが一緒に行くと言うこと以外は、通常の物資の輸送と同じだ」


 ジャクソンの言葉に、ヘレナは安堵したような顔をした。もしかしたらジャクソンが反対すると思っていたのかもしれない。


「もしもアイザックに反対されたら、彼の動きを止められるか?」

「不意打ちなら大丈夫だと思う」

「その時は頼むよ」


 ジャクソンはそう言ってから、ヘレナと一緒に部屋に戻る。ドアを開けると、案の定、不機嫌そうな顔をしたエヴァンに睨みつけられた。


「密談は済んだのか?」

「ああ。クェンティンを助けに行きたい。ヘレナと出るから、エヴァンは付き合ってくれ」

「クェンティン?」


 急に出た名前に驚いたのかエヴァンは眉を上げたし、セリーナやカーティスは身を乗り出してきた。


「どこにいるの?」

「カルサの方角の町だ。怪我をして身動きが取れないらしい。兵士たちにも追われているようだから、近くに敵がいる可能性はある」

「ヘレナが見つけたの?」

「この子が教えてくれたの」


 そう言って精霊を指差したヘレナに、セリーナは立ち上がった。そして、掴めないはずの精霊を掴むようにして「えらい」と褒める。


「もちろん私も行くわよ」

「もちろん」


 セリーナは何も言わなくてもついてくると思っていたから、完全にアテにはしている。エヴァンはクェンティンとさほど交流はないはずだが、ヘレナが外に出るのであれば嬉々として付いてくるだろうと思っていた。


 だがエヴァンはそんなセリーナを見上げてから、ジャクソンを睨むように見上げた。


「自分を売った男を助けに行く気か?」

「ああ。アイザック、クェンティンは俺たちの家族なんだ。アルビオンを出て助けに行く許可をもらえると助かる」


 ジャクソンはそう言って、アイザックに深く頭を下げる。話についていけないのだろう、ぽかんとした顔をしていたアイザックだが、すぐに首を傾げた。


「クェンティンというのは、魔術師を軍に売ったと言われてた男だったか?」

「ああ。売られた魔術師は俺で、彼は俺の弟みたいなものだよ。そしてここに来る途中でカーティス達を助けてくれた。彼が怪我をして兵士に追われているのも、たぶんそのせいだと思う」

「ふうん。色々と複雑だな」


 アイザックはそう言ってさらに首を捻る。


「今すぐに出るのか? できればもう少し作戦なり対応なりを練りたいところだが」

「すぐにでる。時間を開けて、万が一があったなんてことになりたくない」

「なるほど。大切な家族なのは分かったが、それだけに冷静な判断ができているとは思えないな」


 あぐらを描いたまま冷静に言ったアイザックに、ジャクソンは色々な意味でどきりとする。たしかに冷静な判断ができているとは思えず、ジャクソンの行動で色々な人間を危険に晒すのだと言われると、そのとおりだとしか言えない。そして寛容に見えるアイザックにも反対されるのであれば、きっとオーウェンなどは取り合ってもくれないはずだ。


 だが、だからと言ってクェンティンを見捨てるという選択肢は今のジャクソンにはない。なんとかエヴァンだけでも説得して彼についてきてもらえれば、ヘレナやセリーナとジャクソンの四人だけでも、正面突破できないことはないのだ。


 そう考えているとカーティスも腰をかけていた寝台から立ち上がった。


「俺も行くよ。クェンティンに助けられたのは俺らだし、馬にもなんとか乗れるようになったからね」

「馬は俺が乗せてやるよ。そうすれば何かあった時にもカーティスは魔術に専念できるだろ」

「それは助かるな。ありがとう、ウォルター」


 そんなことを少年二人が言い合っているのを聞くと、彼らに付き合わせてしまって良いのかという後ろめたさはある。が、カーティスがかなり頼りになることは確かだ。ジャクソン達と同様にヘレナの精霊を使えるカーティスは、ヘレナがそばにいるのであれば、アイザックともやりあえる才能がある。


「とりあえずヘレナの精霊とカーティスとセリーナがいればなんとかなるか。俺も暇つぶしくらいにはなる」


 そう言ってエヴァンも立ち上がって部屋を出ようとしたところを、アイザックが声を出した。


「おい、早まるな。別に俺も仲間を助けることに、反対してるつもりはない。どうしても見捨てないといけない場合はあるが、今回はそうでもないだろうからな」


 アイザックはそう言ってから、立ち上がる。


「どうせ出るならたくさん連れてこう。軍に対する威嚇にもなるし、相手からすると目的が分からず不気味だろうからな。ついでに付近の視察もできて、町で調達もできる」

「……それは仲間を集める時間がかかるんじゃないか」

「ここから出口近くの厩舎向かいながら声をかければいいだけだよ。サスの仲間なら飛び出てくる」


 アイザックはそう言って、一番に部屋を出て行った。



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