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四章 ジャクソンの居場所1


「派手にやってんな」


 見張り台の上からオーウェンが呆れたように呟いた。


 高いところから何が見えるのかは分からないが、下にいるジャクソンでも、派手にやっているのは遠くから聞こえてくる音でなんとなく分かる。ジャクソンがヘレナを見ると、彼女は視線を宙に向けたまま言った。


「ちょうどエヴァン達が合流したみたい」

「あれだけ火力が集まると恐ろしいな」


 自身も火力の塊のようなオーウェンが言う。


 ここに向かっているサスの魔術師達は、二十名ほどで国軍を圧倒した最精鋭だそうだし、彼らが着いたと聞いて迎えに行ったのはこちらの最火力であるエヴァンだ。南軍は常にアルビオンを取り囲むように配置しており、人の出入りを禁じているのだが、彼らが出て行けば止められるわけもない。港からの物資の輸送も、何度か軍が止めようとしたのだが、その度にエヴァン達が出て行って追い払っているのだ。


 オーウェンは高い場所から、魔術も使わず飛び降りた。魔術師としてずば抜けた才能のある彼だが、剣の達人でもあり、いつも何かしら体を鍛えている。長身で引き締まった体や厳しい表情は、まるで軍人のようだ。


「サスのリーダーはジャクソンより若いぞ。エヴァンと同じ年くらいかな」

「そうなのか?」

「実際に会ったことはないが、若くても傑物なのは間違いない。リンジー達も全員が口をそろえて、文句なしのリーダーだと言うからな」


 オーウェンが街の入り口へと向かったので、ジャクソンとヘレナも一緒について行った。


 アルビオンはジャクソンがこれまで見た中で最も大きな町だが、すでに千名ほどの魔術師が集まっており、もともとあった家は半分以上埋まっていた。サスの魔術師達はリンジー達がまとめていたし、アルブの魔術師達はオーウェン達がまとめている。周辺に散っていた魔術師達も大人しく従っているので、今のところ争いもなく全く混乱もない。


 物資は船で運ばれてくるし、周辺にある農地なども整備して食料を調達している。中央に大きな泉もあり水に困ることもなかった。軍も一度は正面から仕掛けてきたが、魔術師達はアルビオンに篭ったまま遠隔の魔術で撃退できている。ジャクソンからすると驚くほど上手く行っているのだし、驚くほど平和だ。

 

 このまま平穏な日々になってくれればと願っているが、サスのリーダー達が到着すれば、役者が揃ってしまう。アルビオンの占拠はあくまでクラウィスへの足掛かりだそうだから、彼らがつけば何かしら行動が開始されるのではないか、思っていた。


 わずかな緊張感を持って町の入り口に立っていると、馬に乗った人々がこちらにかけてくる。半分はエヴァンなど知っている顔だから、残り半分がサスからきた魔術師なのだろう。


「迎えは要らなかったな」


 馬から降りた人々にオーウェンが言うと、先頭にいた男性が進み出てきた。


「道が分からなかったから迎えは助かったよ。来たのがエヴァンじゃなきゃ、もっと助かったけどな」

「エヴァンがどうした」

「あいつの魔術を防ぐのにも、それなりに神経と力を使ったぞ」


 オーウェンの言葉に笑いながら答えたのは、ジャクソンよりも年下に見える男性だった。彼がサスのリーダーなのだろう。短い金髪と日に焼けた小麦色の肌がいかにも健康的だが、見た感じは普通の若者だ。オーウェンのように鍛えているわけでも、偉そうに見えるわけでもない。


「敵と仲間の見分けがつかないやつを寄越してすまないな。アイザックか?」

「ああ。そちらはオーウェンだろう。はじめましてだな。会えて嬉しい」


 初対面と言っていたが、オーウェンの特徴を銀髪で長身とでも聞いていれば一発でわかるはずだ。明るく手を出すアイザックに、オーウェンも握手に応じた。


「カエルムではかなり暴れたらしいな。おかげで軍がかなりビビってるよ。こちらにもほとんど手出しして来ない」

「あちらの国がかなり協力的だったからな。オーウェンこそ、ここを無傷で取ったのはさすがだな」

「こちらにはヘレナがいたからな」

「ヘレナがいるのは遠くからでも分かったよ。アルブのリーダーを前にしてすまないが、そちらにも挨拶していいか?」

「もちろん。誰がヘレナか紹介するまでもないだろ」

「ああ」


 そう言うと、アイザックはまっすぐにヘレナに向かって歩いてきた。ヘレナが十代半ばの少女だと知らなかったとしても、彼女の周りにいる精霊達を見れば確かにどれがヘレナかは一目瞭然だ。


「はじめまして、ヘレナ。アイザックだ」


 そう言って出された手を取って、ヘレナは「はじめまして」と小さく返す。アイザックはそんなヘレナをまじまじと見下ろしてから、にっこりと人好きのする笑顔を向けた。


「エヴァンからも話は聞いてたが、ものすごい精霊に囲まれてるな。別にアルビオンにいるから特別ってわけじゃないんだろう」

「ここで増えた子たちもいるけど」


 そう言ってヘレナが指に乗せた小さな風の民(シルヴェストル)は、直視できないほどに眩しく強い光を放っており、たしかにアルビオンに来て増えた精霊だった。もともと多くの精霊に囲まれていたが、精霊の聖地と呼ばれるアルビオンには強い精霊がうようよとしている。ここで生活しているうちに、気づけばヘレナに引き寄せられるようにしている聖霊が何体もいた。


 見ているうちに、目の前の空気が震えるようにして、肌にピリっとした静電気を感じる。


「少し手を出しただけで、反動がすごいな。意識を持っていかれそうになる」

「使えそうか?」


 面白そうにオーウェンが聞くと、アイザックは瞳を閉じた。強力な精霊を使役しようとすると、逆にこちらの意識を覗き込まれるような感覚を覚えることがある。瞳を閉じたのはそれを遮断しているのだろう。


「いまのとこは無理だな。——いきなり失礼な真似をしてすまないな」


 アイザックがヘレナの精霊を使おうとしたということだろう。人が支配している精霊を横から奪うのは失礼な真似とは言われるが、ヘレナの場合は別に彼女が支配している精霊というわけではない。別にヘレナも気にしないはずだ。丁寧に頭を下げたアイザックに、彼女はゆっくりと首を横に振る。


「俺がヘレナから精霊に頼んでもらっても無理だったよ」

「やれるかどうかの好奇心はあるが、わざわざヘレナの精霊をぶんどる必要はなさそうだな。さすが、精霊達の聖地というのはダテじゃない。ここを狙おうと言ったグレン達はさすがだな」

 

 そう言ってアイザックはアルビオンの町を見た。ぐるりと塀に囲まれていて、一歩外に出ると何もない荒野だ。だが、塀の中は水や緑に溢れているし、花や鳥たちが彩る明るい町中には、色とりどりの精霊達が舞っている。


「ああ。これだけ精霊と魔術師が揃えば、軍が攻めてくる分には撃退できる。おかげでエヴァンが魔術をぶっ放したくてウズウズしてるよ」

「相変わらずだが、エヴァンらしいな。彼は良くも悪くも純粋な子供だ。のびのびやらせればいい」


 父親のようなアイザックの言葉に、オーウェンは可笑しそうに笑った。思わずエヴァンがいた方を見るが、エヴァンは一人でとっくに町の中に入って行ってしまっていた。軍を相手にするために飛び出しては行ったが、別にアイザックを迎えるつもりはなかったのだろう。


「アイザックとエヴァンの仲が悪いって聞いてた理由が分かるな」

「そんなつもりはないんだが、何故かエヴァンからは嫌われてるみたいだな」

「そうだろうな」


 オーウェンはそう言って笑って、ジャクソンも内心でそれに同意した。


 エヴァンはたしかに子供っぽいところがあるが、それでも周囲を黙らせられるほどの力がある。それで自由にやってきたのだろうが、同じ年代で自分と同じだけの力のあるアイザックから、正面をきって子供だと言われてしまえば、エヴァンに立つ瀬はないはずだ。


 そんな話をしていると、アイザックが急に子供のように瞳を輝かせた。振り返ると、そこにはサスからの魔術師達を率いてきたグレンや、リンジー達がいる。

 

「久しぶりだな! みんな無事か?」

「こっちはな。残り五人は?」

「悪いが置いてきた。だが、問題ない。無事だよ」

「それは良かった。カエルムからも予定通り物資は届いてるよ」

「あちらのことは信用していい。千名程度に対する支援なら、カエルムにとっては痛くもないし、国の基盤も盤石だ。あちらが倒れることもない。今後も支援してもられるはずだ」

「だが、アイザックたちが引き上げれば、あちらに支援する義理はなくないか?」


 オーウェンの言葉に、アイザックは笑って首を振った。そのまま足を進めたので、オーウェンも町へ案内するように動く。


「だからドウェイン達を置いてきたんだ。カエルム国内は豊かで盤石ではあるが、立地上、海路を奪われると孤立するからな。船に乗せる魔術師が欲しいらしい」

「五人で千人分の食料を購えるってのは素晴らしいな」

「まあ、今後の期待も込めてだろうな。クラウィスを陥すってのは、あちらにとっても都合はいいらしい」


 カエルム地方が国から独立するという話と、新しく独立するカエルム国と協力するという話は、オーウェンやリンジー達から聞いていたが、だいぶうまくやっているらしい。貴族や新しい国の王族が協力してくれるというのは、ジャクソンからすると信じられない話だが、カエルム国の王家の側近にはお抱えの魔術師がいるという話だ。


「随分と信用されたもんだな」

「そうだろう。やはりあちらにエイベルがいるのはデカいな。それにウィンストン=ヘンレッティの近くには他にも魔術師がいたし、軍にもヘレナを知っているという兵士がいた。全体的に魔術師に対する理解はある」


 ヘレナのことは魔術師達の間では有名だが、兵士たちがそれを知っているとすれば、やはりクーロ内部の情報が漏れていたということなのだろう。


「物資の支援があるのはかなりありがたいな。それがないと、短期決戦に持っていくしかなかったからな」


 そんなオーウェンの言葉にジャクソンは内心でどきりとする。たしかに食料が調達できなければ、飢える前に行動をする必要があっただろう。


「ああ。別に急ぐ必要はない。内外の情報を十分に集めたいし、国がどう動くつもりかもみたいからな。自分達のタイミングでやらせてもらおう」


 アイザックはそういうと、曇りのない瞳を町の外へと向けた。



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