四章 アランの居場所9
ウィンストンの表情を汲んだのか、アイザックは軽く肩をすくめた。
「馬鹿らしいな。万が一はその時に話そう。ついでではあるが、物資を支援してもらってる分は働いたつもりだ。さっさと船を返せとは言わないでくれよ」
「現状はこちらが欲しいものもついでに運んでもらってるから問題ない。風を操る魔術師を乗せてると船足が速くていいな」
「ちゃっかりしてんな」
そんなことを言ったアイザックに、ウィンストンは苦笑した。生意気な言葉にさらに嫌な顔をするかとも思ったが、意外にも冷ややかな表情ではない。彼らの働きを知っているからだろう。
「アイザック達がアルビオンに向かった後も、要請に応じてアルビオンへの物資の提供を続けるつもりはある。今後のこともあるし、輸送と護衛を魔術師に任せられるのも実は助かっているしな。軍船がこちらを狙ってきても、魔術師がいれば逃げきれる。本格的に船員として雇いたいくらいだ」
「海は相性がいいからな。陸上では機動力のある騎兵と相性が悪いが、船に乗れば敵はほぼいない。水も風も操れるし、相手の軍船の帆先に火でもつければすぐ燃やせる。俺たちが海賊でも海軍でも作れば、簡単に天下が取れるぞ」
「いずれ正式に依頼させてもらいたいものだな」
ウィンストンが感心したように言ったので、アイザックは慌てて首を横に振る。
「海軍で天下を取るは冗談だぞ。積極的に争いを生む気はないし兵器になる気もない。あくまで船の護衛として雇ってくれるというなら、いくらでも魔術師を出すが」
「別にこちらも本格的な海軍を構える気はないし、積極的に争いを生む気もない。軍の名称もあくまで『自衛軍』だからな。護衛で雇えるなら十分だな」
ウィンストンの言葉に、アイザックは満足気に頷いた。
魔術師として一流なだけでなく、真正面からウィンストンに言い返せるところが、アイザックが魔術師のリーダーたる所以なのだろう。表情は分かりやすいので、複芸ができるタイプではなさそうだが、それはそれで相手からすると信頼できる。
そして一見すると生意気なアイザックと対等に話をしているウィンストンも、やはり器はデカいということだ。新興国とはいえ一国の王子であるが、柔軟ではあるし、それでいて裁量もある。王と一緒になんでもぽんぽんと決めているようだし、抵抗勢力のようなものも見えない。もとが国ではなく一領地ということで、中央とは違って領内に権を争うような政敵はいないのだろう。
そんなことを考えながら眺めていると、急にウィンストンと目が合ってどきりとした。
「アラン=クリフォード」
名前を呼ばれて「はい」と彼に向き直る。
「中隊長や大隊長からも今回の功績は特別に報告されている。先の北軍三部隊の全武装解除も含めて、功績に見合う対価は与えたいと思うが、何か望みはあるか?」
そんなことを無表情に聞かれて、アランは反応に困った。
ロジャーがいれば「こわ」とでも言ってくれていただろうが、さすがに事実上の総大将を相手に、素面でそんな反応を返せるほどの度胸はない。
アランに望みなどないが、報酬云々よりそもそもこちらの返答を試されているだけではないか、という気もして恐ろしい。
「……身に余るお言葉をありがとうございます。今後も一軍人として、カエルム国にお仕えさせていただければ本望です」
本心から言ったのだが、想像通りにウィンストンからは不快げに眉を寄せられただけだった。アランはその場で頭を下げる。
「あとはロジャーの無断外出と今後の失言について詫びておきますので、そこに目を瞑っていただければ」
アランとロジャーを呼んだということは、同じような話をロジャーにもするつもりだったに違いない。そこでウィンストンを前にして彼が何を言うのかアランには想像もできないが、どうせロクなことは言うまい。
アランの言葉に、ウィンストンは呆れたような口調で言った。
「相変わらず、誠意も真意も見えない男だな」
真意はともかく誠意も見えないと言われると傷つくのだが、よく言われる言葉ではある。自分の中で誠実なつもりの顔で、アランは頭を下げて見せた。
「誠意を持ってお仕えさせていただいてるつもりですが、それを示せていないのなら申し訳ありません」
「レックスに対する誠意は見えるな。忠意を立てるのは、陛下ではなくレックスか?」
「ご不満ですか?」
普通であればご不満どころか、下手をすれば王家に従わないとして処罰される可能性もある回答だが、ウィンストンは「いや」とあっさり首を横に振った。
「そのために置いてるのがレックスだからな。こちらに不満があるのなら、側にいるレックスに向かって頭を下げてもらえばそれでいい」
そんなぶっちゃけた話をされると、アランはやはり反応に困る。
表からはヘンレッティ家に政敵はいないように見えるが、仮にも一国の王ともなれば、万人から受け入れられるはずはないし、一般市民からすると領主よりもさらに敷居が高くなっているはずだ。反感を持つ人間達の受け皿として、ウィンストンとは真反対のレックスを敢えて置いているのだとすれば、随分とウィンストンはレックスを信用しているのだろう、とアランは思った。王家とは別の人間に求心力を持たせるのなら、当然だがその人物が王家を裏切らないことが大前提だ。
「軍服を着ている以上は、誰に頭を下げるのであれ、王家の方々のために働きますよ」
「違うな。軍人は国のために働くべきだ」
適当に返した言葉に、ウィンストンから鋭い視線を向けられてどきりとした。
「国は王家のものではないからな。その軽そうな頭は上官にでも下げてもらって、まともな目と腕はせいぜい民のために使えばいい」
ウィンストンの言葉に、アランは思わず目を瞬かせる。
軍人の家に生まれて、軍にしかいたことのないアランが、権力の塊のような王家の人間にそんなことを諭されるとは思わなかった。
軍人が国のために戦うというのは当然分かっている事柄だが、現実としてこれまで王族や貴族の権力の道具にしかなっていなかったのだ。民のために何が出来た記憶もなく、アランにとって軍のためにというのは、軍の同僚を守るためということとほぼ同義だった。兵士が自身達が傷つかないために戦うというのは本末転倒な話で、余計に自分は何をしているのだろうという思いが積もっていた。
「……それで行くと、民が王家を倒せと言ったらクーデターですか?」
「民が王家を倒すならクーデターでなく革命だな。そんなことを堂々と私に言い返せる口があるのなら、まずは仲裁しに来い」
真顔で言われた真っ当な言葉に、アランは可笑しくなった。
剣を向けるより先に議論をしろというのは至極当然の話だが、かつての国であれば軍が民衆と一緒に戦うことなどなかっただろうし、軍が国に何かを意見したところで聞き入れられるわけはなかったはずだ。民が声を上げるなら、それを叩き潰すのが軍の仕事だといわれるのがオチだ。それを考えると、仲裁しに来いというのは随分と寛容な話で、軍人の話も国民の話も耳に入れるつもりはあるのだろう。
「仰るとおりですね。そのためにこうして軍に謁見を賜っているのでしょうから」
王族や貴族達に比べれば、軍人の方が国民達とは距離が近いはずだ。何かがあった時に国民を弾圧する役割ではなく、両者を仲裁できるような役割であるのは理想に違いない。
アランはウィンストンに対して改めて一礼する。
「レックスやウィンストン様とは違って、私自身は何の志もないただの兵士ですが、それでも家屋を壊して民を殺すよりは、堤を作って人々を助けたい。そんな当たり前のことが当たり前に出来るのであれば、ここで働けることは本当に、軍人としての本懐ですよ」




