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一章 にせもの王子たち2



 移動する馬車の中で、レックスの足元になぜか白い羽を持つ可愛らしい妖精がいた。ふわふわと風に飛ばされながら移動する風の民(シルヴェストル)は見たことがあったが、馬車に乗って移動する精霊なんて初めて見る。風の民(シルヴェストル)であれば壁もすり抜けてしまうから、馬車が動いても幌をすり抜けるだけだと思っていたのだが。


 クリスが思わず眺めてしまっていると、ウィンストンに名前を呼ばれて慌てて顔を上げる。


「はい」


 何かを問われていたのだろうか。返事だけをすると、ウィンストンには呆れるような顔をされた。代わりにレックスが心配そうな声を出す。


「大丈夫? 馬車に酔ってしまったかな」

「はい……いえ、大丈夫です。何のお話しでしたでしょうか」

「聖堂の地下は本来、何をするための場所なんだ?」


 そう言ったウィンストンは、いま向かっている聖堂の設計図を広げていた。それは事前に手に入れていたもので、屋敷でクリスも確認している。明日、レックスはその地下に篭って何やら神に祈りを捧げることになっているのだ。


「瞑想室と呼ばれていましたが、集会などを行ったり、司祭から信者に教えをといたりする場だったように記憶しています」

「集会は頻繁に行われているのか?」

「私が子供のころには定期的に行われていましたね。最近は訪れていないので、今も同じ頻度で行われているかはわかりませんが」

「なぜ集会をわざわざ窓もない地下でやるんだ?」


 ウィンストンにそんなことを聞かれて、クリスは苦笑した。人々の祈りを捧げて神に仕えるとされる聖職者たちだが、貴族たちの中には拝金主義だとか神の権威を借りているだけだとか毛嫌いする人々も多い。ウィンストンなどは全く信心深そうには見えないから、聖職者や神殿に群がる人々の心理は理解できないだろうし、怪しげな集会だと思われても仕方がない。


「聖堂は普段から一般に開放されていますからね。人の出入りがない広い場所を選んでいたのではないでしょうか。特にいかがわしいことをやってたわけではないと思っていますけれど」


 そうは答えたが、クリス自身もあまり彼らに良い印象を持ってはいない。


 人々の訴えはそれぞれに切実で、神に縋りたくなる気持ちは分かる。ただ、本来ならただ祈りを捧げれば良いだけのところを、なぜわざわざ高いお布施を払って聖職者に遜る必要があるのだろう。クリスの父も、神殿における地位が高いというだけで自らが神のように振る舞っているのだし、聖職者たちも信者たちに自らに対する尊敬を強いるのだ。


「クリスはロイズ司祭に連れられて聖堂に?」


 レックスに聞かれて、クリスは頷く。


「はい。兄や妹たちと一緒に。あまり好きな場所ではなかったですが……」


 なんとなく聖堂を思い出しているうちに、思わずそんなことが口から出てしまい、クリスは慌てて言葉を足した。


「父は私たちに構う時間などなかったですしね」


 そんなクリスの言葉を特に疑問には感じなかったようで、特に二人は何も言ってこなかった。


 父はクリスのことを疎ましく思っていたし、後妻の子供たちである妹たちからは嫌われていた。同じ母から生まれた兄だけはクリスのことを気にかけてくれていたが、父に逆える人間ではなく、表立って庇ってくれることもなかったのだ。そんなメンバーで定期的に連れ出されて楽しいわけもないのだが、それ以上に、あの聖堂にはいつも恐ろしい火の民(ザラマンデル)がいた。


 今見えているような可愛らしい風の民(シルヴェストル)とは、明らかに雰囲気が違った。近寄るだけで熱を感じるほどの精霊で、別にクリスたちに害を加えるわけでもないのだが、それでも恐ろしかったのを覚えている。そもそも火の民(ザラマンデル)自体が攻撃的なイメージで、なんとなくクリスは苦手にしているのだ。


「事前に現地で調査させた限りでは、地下に隠し部屋や隠し通路のような細工はなさそうですね。天井に小さな通気口はありますが、人が通れるようなサイズでもない」


 聖堂については設計図や周辺の地図をもとに色々と話をしたのだが、ウィンストンは結局、クリスに特に何かを頼んできたということはなかった。その必要がなかったのか、それともレックスの意を尊重したのかは分からないが、なんにせよウィンストンであればいくらでも人を動かせるから、直接調査させたということだろう。


「聖堂の裏には外につながる小さな通路があったと思いますが、それは?」

「それはクリスの話を聞いて確認させて、見つけている。錆びついてはいたが、設計図に載っていない出入り口だな」


 彼はそう言って聖堂の設計図を指でなぞる。


「それからここの天井部分に空間はありそうですが、入り口は見つけられなかったようです。誰かが潜むにせよ、高さはあるから上るには何か道具が必要でしょう。一週間前から見張らせていますので、そこに誰かが出入りしていないことの確証にはなるはずです」

「内に細工がないことが確認できるのなら、あとは外からの襲撃かな」


 レックスの言葉に、ウィンストンは頷いた。


「明日は聖堂の周りには多くの警備が置かれる予定になっています。それとは別に私の家の人間も三十名ほど配置するよう手配していますので、滅多なことは起こらないと思いますが」


 王宮から派遣される兵士たちに加えて、わざわざウィンストンの家の兵士を多く呼ぶというのも、それだけウィンストンが王宮を信用していないということなのだろう。クリスもそれを聞いて安心してしまうのだから、やはりレジナルドたちを信用してはいない。


「念の為に、今日のうちに地下からの脱出経路と合流場所だけは確認しておきましょう」


 分かった、と言ったレックスは、景色を見るかのように視線を外に向ける。だが、安全のために中が見えないようになっており、見えるのは分厚い布でおおわれた幌だけだ。外の様子を伺うこともできない。


 そもそも移動中が一番狙われやすく危険ということもあり、レックスはひと足さきに屋敷を出ていた。今頃は屋敷にレックスの身代わりが立てられており、明日はその人物が王子として運ばれる予定になっているのだ。レジナルドの替え玉(レックス)の替え玉という状況だが、さほど珍しいことでもなく、これまでもレックスの替え玉は何人も存在していた。そのために命を落とした子供もいるのだ。


 そこまで警護が厳しいというのはやはり、レジナルドがこの国の唯一の王子であり、王位継承権を持つ人物が現時点で彼しかいないためだろう。それは長年の王族同士での権力争いの結果であり、これまで王位継承権を持つ多くの王子が暗殺されてきているという黒い歴史がある。


 国王陛下の兄である前王や弟殿下はすでに亡く、彼らの子供たちも何らかの処分を受けていたり、幼い頃に何者かに暗殺されていたりしている。現国王陛下の子供たち——レジナルドの兄にあたるものたちも悉く謎の死を遂げているのだし、腹違いの弟については、懐妊が分かると同時に母体と共に殺されているらしい。


 そんな血なまぐさすぎる王家において、レジナルドが無事に成人の儀式を迎えられるのは、やはり彼の存在が厳重に隠されてきたからだ。


 王族に近い人間であれば当然、レックスは偽物の王子だと分かっている。だが、本物の王子は滅多に外に出てこないうえに、レックス以外にも替え玉が立てられることがある。なんならレックスの偽物が出てくることすらあり、下手に手を出せないのだ。偽物に手を出して尻尾を掴まれるのは勘弁だと言ったところか。


 とはいえレックスを本物だと信じている人間もいるし、偽物を殺すことで現国王陛下やレジナルドたちに何らかのダメージを与えられるかもしれないと考える人間もおり、レックスの周りは常に襲撃の危険に満ちている。これまで命を狙われたことは、両手の指ではとても足りないのだ。


 そんな中、精神的に病むわけでも逃げるわけでも腐るわけでもなく、レックスは健気ににせものを演じている。


「殿下の儀式が終わったら、ウィンストンは領地に戻るのか?」


 ふと、レックスが口を開いた。


 成人の儀式が終われば、レジナルドは正式に王太子として居城を持つことになっている。しばらくは名目だけなのだと聞いているし、レックスもしばらくは今の屋敷に住み続けると聞いているのだが、いずれは姿を隠す必要が出てくるだろう。ウィンストンは王子の側近としてレックスの側にいるのだから、当然、そばにいる必要はどこにもなくなる。


 本当であればレジナルドに仕えるのだろうが、レジナルドが側にウィンストンを置きたがるとも思えないし、ウィンストンにもその気があるとは思えない。


 ウィンストンは視線を上げると、さほど表情も変えずに言った。


「いずれは戻るでしょうね。しばらくは様子を見ようかとも思っていますが」


 そうか、と言ったレックスは、他には何も言わなかった。五年も一緒にいたのだ。それよりは付き合いが浅いクリスでもウィンストンと離れるのは寂しいのだが、レックスがそれを言うことはないだろう。


 何も言わずに黙ったレックスの代わりに、クリスが首を傾げる。


「様子を見るとは?」

「王宮が今後、レックスをどう扱うつもりなのかと、ヘンレッティをどう扱おうと考えているのかをね」


 そう言って少しだけ眇められた瞳は鋭い。武断的とか好戦的だとかいうよりは、柔和で優しげな外見をしているのだが、それでもどこかレジナルド達と同様に王者の風格がある。実際、王宮から遠い領地に帰れば彼が王子のようなものだろう。常に泰然としているのだし、内面には確固としたぶれない自分を持っている。


 そもそも王宮がウィンストンをレックスの側につけたのは、地方で絶対的な力を持つ貴族であるヘンレッティ家に対する嫌がらせのようなものらしい。ヘンレッティ家の嫡男を偽の王子に跪かせ、あわよくば偽の王子と一緒に暗殺されれば良いと言ったところではないか、と語っていたのはウィンストン本人だった。


 弱小の貴族であれば、偽物だろうと危険があろうと王家につながる人物になら喜んで仕えるかもしれないが、名のある貴族が子弟をそんなものに仕えさせたいわけもない。だからと言って本物のレジナルドの周辺に、三流の貴族ばかりが近づくわけがないから、ちゃんとした側近を置いておかねばすぐに偽物だとばれてしまうだろう。


 そのため、国王陛下は唯一の王太子を守るための重要な密命だとして、十五になったばかりのヘンレッティ家の嫡男にレックスに仕えることを命じたのだと聞く。ウィンストンなら偽王子の飾りとして余りあるほどだし、ヘンレッティ家に対しては陛下に対する忠誠を試すことができる。断れば、国王の命令に叛く家として目をつけられていただろうし、何かしらの制裁を課す口実になってもおかしくはないのだ。


 それをヘンレッティが素直に受けたのは、制裁を恐れたからか、何か別の意図があったのか。


 なんにせよウィンストンは、レジナルド達がきっと拍子抜けしただろうほどに従順にレックスに仕えているように見える。何か狙いがあるのではとクリスも最初はかなり警戒していたのだが、本人は『本物に仕えろと命じられるより千倍良い』などと軽く言うので、政治や権力などにさほど興味がないだけかもしれない、とすら思っていた。


 ——のだが、先ほどの言葉を聞く限りでは、そうではないのだろう。彼が瞳に宿す力は、レジナルドなどとは種類は違うにせよ、とても強いのだ。


 偽の王子に跪きたくないなどという下手な矜持は見えないが、だからと言ってヘンレッティ家の嫡男であるという矜持がないようには見えない。彼が何を思ってレックスに仕えていたのかは分からないが、なんにせよ彼は役目さえ終えればレックスの元を去っていくだろう。


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