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四章 アランの居場所7


 西軍が完全に撤退を決めたのは、戦闘の開始から丸一日が経った朝だった。


 その決断はどう考えても半日以上、遅すぎたとアランは思っている。


 日が暮れる前にはそれぞれ野営地に戻って夜を明かすのだが、魔術師にとっては夜こそが本領発揮できる時間であるらしい。大勢の兵士同士をぶつけ合う戦闘では夜に戦うことは難しいが、少数精鋭で動いて精霊達の動きで地形が分かるという魔術師達にとっては、相手の野営地を闇討ちするのは容易い。


 灯りもつけずに少人数で近づいて、野営のテントを強風で薙ぎ倒すなり火をつけるなりしてから、闇夜に紛れて逃げる。アランやロジャーはアイザック達の護衛としてそれに付き合ったから、その恐ろしさとその迅速さを目の当たりにしていた。魔術師達は見張りの目を逃れて近づいて、少し離れた場所から魔術を叫べば良いだけなのだ。それで面白いように天幕が剥ぎ飛んだし、馬達は逃げ出して、テントには次々と火がついた。


 ようやく休息についたところを叩き起こされて、知らない土地で逃げ道さえ分からないのだ。それでも恐怖から暗闇の中を逃げ出した兵士たちも多かったし、逃げずになんとかそのまま止まった兵士たちも、消火作業に追われたり、続く攻撃に備えたりと一睡も出来ずに朝を迎えたはずだ。


 そのまま突撃を命じなかっただけ、まだ相手のトップは正気かもしれないが、野営を襲われたことで自身の身の安全も考えたのかもしれない。移動のできない夜を怯えながら何とか越すと、日が昇るなりそそくさと撤退していった。


 こちらの軍のトップは追撃を命じはしなかったので、アランは退いていく兵士たちを高台から見下ろしていた。追撃を恐れてか、逃げるように全速力で逃げていくから、怪我人や逃走した兵士の回収はもう諦めているのだろう。来る時の半分ほども残っていないように見えるし、代わりに置いて行かれて途方に暮れる兵士たちの姿も見える。


「早起きだな」


 背後から声をかけてきたのはアイザックだった。彼はアランの見ている方角の景色を確認してから、大きなあくびをした。日はだいぶ高くなっており、早起きというほど朝は早くないはずだが、そう言いたくなる気持ちはわかる。


「眠れたか?」

「寝た。流石に昨日は疲れたからな」


 あれほどの魔術を連発していたアイザックだが、あくび混じりに短い金髪をかいている姿は、まるで子供のようだと思ってしまう。


 昼間はずっと魔術を盛大に披露して、夜は夜で闇討ちに出ているのだ。アランからすると先ほど戻ってきたばかりの気はするが、それでも眠るだけの時間はあったのだろう。


「アランは寝てないのか?」

「目が冴えて寝れなかったな」

「意外と繊細だな。ま、別に一日くらい寝なくても死にはしないか」


 軽く肩をすくめたアイザックに、アランは笑う。


 あれだけの魔術を使ってあれだけ万能でありながら、彼が全く普通の人間であるというところが、本当に驚くべきことだとアランは思っていた。自分が彼であれば、もう少し偉そうにしたり、力を悪用しようとしたり、人々を従わせたりしそうな気もするが、全くそんな気配はない。


 それを考えると、王族貴族も軍の将校達も、単に生まれが偉いというだけで、何故あれほど偉そうにふんぞり返っているのだろう。アイザックは常に仲間達のことを思いやっているし、相手に対しても必要以上に攻撃することはない。そして朝から夜中まで自らが率先して働く、働き者だ。


「西軍の怪我人の収容や、逃走した兵士達の確保は北軍の兵士たちが動いてる。アイザックはもう少し寝ててもいいんじゃないか」

「そうだろう。俺もそう思ってたんだが、さっき仲間に起こされた。じきにウィンストンとレックスがここに来るらしい」

「ここに? 相変わらず腰が軽いな」


 アランは眉を上げる。


 中央であれば隊の方が帰還して報告に向かうことが多いが、上が勝利した陣を見舞うこともあり得ない話ではない。ウィンストン達は勝利の興奮が冷めないうちに、自ら戦場に足を運ぼうというのだろう。それにしたって昨日の今日だし、西軍の残兵もいる。こんなところに来て身の安全は大丈夫かと言いたいところだが、相手は完全に戦意を喪失しているはずだ。危険はないと踏んだのか、多少の危険をおしてでも顔を出す意義の方を重く見たのか。


「もともと近くにはいたらしいからな。戦況が気になってたんだろ」

「カエルム国にとってはこれが事実上、独立をかけた戦いだからな。レックス達が力を入れるのはわかるよ。これだけ手痛く国軍を撃退すれば、すぐに再戦ってことはないだろう」


 それに中央に集結している魔術師達のことを考えると、国軍はこれ以上、こちらに兵力を割く余力はないはずだ。僅か数名の魔術師達にこれほど翻弄されたのだ。サスから向かった数百名が合流し、千名規模となった魔術師達がなにをしようとしているのか。外から見ているアランでも、考えるだけで恐ろしい。


「アランはもともと北軍の兵士だろう。国に戻る気はなかったのか?」


 なにを思ったか、そんなことを言われてどきりとした。魔術師であれば当然、国軍に対して思うところがあってもおかしくないし、そうでなくとも、これからの攻略対象として見ているはずだ。


「戻って今度はアイザック達を相手にしろって?」

「それは嫌だな。アランが敵にいるのはかなり厳しそうだ。手の内もバレてるしな」

「バレてても手も足も出ないよ」

「そうか? 俺らの魔術を見てる時、いつもどうすれば攻略できるかって考えてるだろ」


 そう言って面白そうな視線を向けられて、アランは苦笑する。


 たしかに自分が敵だったらどう動くか、というのは一番に考えることではある。それを考えたうえで、西軍にも当たりはしたが、さんざん考えてもアイザックほどの魔術師に固まられると有効な方策は浮かばない。確実なのは兵士たちを犠牲にしての特攻だろうし、正攻法で当たるなら、魔術の及ばない範囲で逃げ場がないほどの軍人で囲んで、孤立させたうえでの兵糧攻めだ。しかしそれでもアイザック一人なら、空を飛んで逃げられる可能性すらある。


「考えたはしたが、アイザックは別格だよ。あとはアルビオンにヘレナもいるとすれば、手も足も出ないな」

「ヘレナを知っているのか?」


 アランの言葉に、アイザックは少しだけ首を傾げる。会ったことがあると言ったら、驚いたような顔をされた。


「俺は実物を拝んだことはないが、ヘレナはアルビオンにいるはずだ。あちらの占拠に協力してもらっている。おかげでほとんど被害も出さずに獲れてるらしいぞ」

「アイザックから見ても、ヘレナは特別なのか?」

「俺とはぜんぜん種類が違うが、別格だな。話を聞くだけでも、俺らとは次元が違う」

「そうなのか?」


 アイザックの力を目の当たりにしているだけに、それとはさらに別格というヘレナが信じられなかったが、たしかに彼女にはまるで人ではないような不思議な力があった。アイザックが精霊を従えて魔術を使っているのだとすれば、彼女は精霊の方から色々と教えてくれるのだと言っていたのだ。


「会ったこともないが、俺たちにとってヘレナの存在はデカいな。別にアテにしていたわけでも、成長を待っていたつもりもないが、ここにきて急にピースが揃った感がある」


 アイザックの言葉が理解できずに首を捻ると、彼は腕を組んで続けた。


「自分で言うのもなんだが、俺ほどの魔術師はなかなか出ない。魔術はほぼ生まれつきの才能で決まるからな。サスに俺がいて、アルブにはオーウェンやエヴァンという頭ひとつ抜けた魔術師達がいる。カエルムには魔術師とヘンレッティ家を繋いだエイベルがいて——そしてヘレナだ。俺もだが、他もどれも若いな」


 だから今なのだ、ということなのか。


 国が魔術師の粛清に動き出したのは五年以上も前で、彼らはこれまでじっと息を潜めているように見えていた。ヘレナやアイザックも五年以上も前なら、まだほんの子供だったはずで、いくら魔術師としての力があってもリーダーとしては不足していただろう。確実に魔術師達の力が揃うのを待って、さらにカエルム国の独立のタイミングとも合わせたのだということなら、本当に周到に計画を練っていたのだ。


 薄寒くなるような感覚に、アランは思わずこれまで彼に聞けなかったことを聞いてみた。


「アイザック達は、クラウィスを倒してどうするつもりなんだ?」


 重い話のつもりだったが、彼は考えるそぶりもなく、特に気負った様子もない。


「俺たちの国を作る。隠れなくても怯えなくても暮らせる国だ」

「俺たちのように、魔術師でない人間は?」

「もともと法ができる前は、皆に混じって一緒に暮らしてたんだろう。迫害されたり蔑視されるような土地もあったようだが、そうでない場所も多かったと聞いてる。そう出来るといいと思っているが、それが当たり前に受け入れられるかどうかは分からないな」


 魔術師達が魔術で国に牙を向いたとして、あの圧倒的な魔術を目の当たりにした国民達が、仲良く暮らそうとはならないということだろうか。もしくは人々に理由もなく処刑されてきた魔術師たちが、もはやそれを許さないということか。


 どちらにせよアイザックの望みは、自身が王になることでも人々を従えたいというものでもなく、ただ怯えなくても暮らせるようにしたいという、人として最低限のものだ。


「俺が生まれたサスは、もともと周りが魔術師やその家族ばかりだったからな。魔術を使えない人間の知り合いも少ないし、見ている世界の違いというのがあまりピンとは来てない。みんなアランやレックスみたいなのばかりだったら、きっと仲良く暮らせると思うけどな」


 そう言ったアイザックの真剣な瞳を見ていると、なんとなくレックスと向き合っている時のような気持ちになった。顔も雰囲気も全く違うが、アランからするとどちらも眩しいほどにまっすぐで、自分で決めた道を歩いていけるだけの強さも持ち合わせている。


「アイザックなら誰とでも仲良くなれるんじゃないか」


 実際に全員と仲良くなれるはずはないが、それでも誰とでも対等に話をしたいと語っていたアイザックであれば、ある程度はお互いを知ることはできるはずだ。


 アイザックはアランの言葉に明るく笑った。


「そうだといいな」



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