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四章 アランの居場所6


「ほんと壮観だね」


 アイザック達の魔術を前に逃げ惑う兵士たちを見ながら言ったロジャーの言葉に、アランは眉を寄せた。


 巨大な炎が地面を這うように進み、激しい砂嵐が襲って悲鳴が響いているさまは、さながら地獄絵図だ。アイザックは真正面から食らっても火傷もしないと言っていたが、外から見てもとてもそうは見えないし、中にいる兵士たちもそうは思っていないだろう。離れた場所では追い風に乗せて矢の雨が降っているし、恐怖と混乱からお互いにぶつかり合ってなだれが起きているような隊すら見られる。


「俺はあっちにいる自分を想像してしまって胃が痛い」

「なんでわざわざそんな嫌なことすんのさ」


 呆れたように言われたが、想像してしまったものは仕方ない。なんとなく腹を押さえると、本当に胃のあたりが痛んでいるような気さえする。


 実際、自分があちら側に立っていた可能性も大いにあるのだ。魔術師達は軍からの粛清に反発して、兵士たちに魔術を向けている。自分が魔術師達を捕らえていた頃には、もしも彼らが反抗してきても戦えるつもりだったが、圧倒的な魔術の力を目の当たりにすると、彼らを侮っていたのだと思わざるを得ない。何百の兵士を恐怖のどん底に叩き落としているのは、わずか十名ほどの魔術師なのだ。中でもアイザックの力は際立っていて、神がかっているようにすら見える。


 ヘレナは自分のことを特別だと言っていたが、アイザックも特別な一人に違いない。魔術師の世界は知らないが、あれほどの圧倒的な力があれば、頭を下げたくもなる。だから彼がリーダーなのだと、今さらながらに納得をした。


「正面には重武装した騎兵で、両側面には容赦なく炎を浴びせてくる魔術師だ。序盤から現場は混乱しきって士気も下がってる。俺が大将だったら全面撤退の一手なんだけどな」

「副将軍はアランのお父さんでしょ」

「撤退するくらいなら死にそうな男だな」


 副将軍が出てきているかは知らないが、ここにいるのが一部隊だとすれば、部隊長の兄は出てきているはずだ。どちらにせよ簡単に撤退はしまい。


「上が撤退しないなら、現場は戦うしかない。そろそろこっちも動くぞ」


 アランがあちらの大将なら撤退するが、アランがあちらの中隊長なら、上が撤退を選択してくれる儚い希望など持たない。代わりに狙いを魔術師に定めるはずだ。広範囲にぶちまけられる魔術は脅威ではあるが、致命傷にならないと割り切れば突っ込んでいける。魔術も最初は勢いが良くても消耗するし、連続で攻撃できるものでもない。そして近づけば剣を振る方が断然に速いのだ。なんとか間合いにまで飛び込めさえすれば、なんとでもなる。


「出るか? 迂回しようとしてる隊もある」


 アラン達に声をかけたのは中隊長で、わざわざこちらの意向を確認してくれるところが、気を遣ってくれているのだろう。なんにせよ前に出るタイプでもないので、アランとロジャーで先頭を行って、前方の隊員の指揮は、実質任せてもらえることになっていた。


「ええ。行きましょう」


 ロジャーに視線を向けると、彼は何も言わずに馬を駆った。


 猛然と駆けていくロジャー達が見えたのか、魔術の攻撃がいったんおさまった。魔術も精霊も無尽蔵というわけではなく、魔術師もデカい魔術を連発するとかなり疲れるらしい。とりあえず最初に魔術をぶちまけて相手を怯ませておいてから、今度は兵士たちをぶつける予定にしていた。しばらく休めば、また魔術で援護をしてくれる手筈になっている。


 手始めに、魔術師達を直接攻撃しようと迂回していた騎馬隊に突っ込んだ。ロジャーは周りを敵に囲まれることなど全く気にならない様子で、槍を振り正面の敵を蹴散らしながら道を開いていく。まっすぐに奥にいる隊長を目指して走るロジャーを横目で見ながら、アランは周辺の相手に対応する。


「隊長……!」


 歩兵隊と違って騎馬隊は精鋭であるはずだが、それでもあまりの勢いにすぐに隊が崩れる。ロジャーが指揮をとっていた中隊長を馬から叩き落とすと、さらにバラバラになった。


「まず一人だね。次に行くよ」


 背後を振り返ったロジャーに、「速いな」とアランは呟く。


 そもそもロジャーの狙いは隊長格だけだ。軍服でどれが中隊長かはすぐに分かるし、リーダーを落とせばあとは勝手に散ってくれることが多いから、残りの隊員には興味はないのだろう。大抵、一番奥に引っ込んでいるから攻略には時間がかかるのだが、ロジャーはあまりに早すぎる。


 次の相手の隊に行こうとしているロジャーに、アランは周囲を見回した。


「一、ニ、三、四小隊はついてきてくれ。残りはここで中隊長と一緒に残りの兵士の対応だ。間違ってもアイザック達のところには行かせるな」


 あまり隊を分けたくはないが、ロジャーの勢いを削ぎたくはないし、だからと言って隊長が馬から叩き落とされて右往左往している兵士を無視するわけにもいかない。アイザック達のそばにもいちおう護衛の隊はついているが念の為の配置で、魔術師達を狙おうとする敵兵を叩くのは、あくまでアラン達の隊の役割だ。


 そしてそこで魔術師を使わずに相手を圧倒したい、というのは一番の目的だから、ロジャーに派手に立ち回ってもらうのは望むところなのだ。


 魔術を使って相手を圧倒するだけでは、カエルムの兵士達は魔術の陰に隠れていると侮られるだけだが、地の兵力でも圧倒すれば相手の戦意を一気に削ぐことができる。相手は自衛軍の実力を知らないはずだから、初手からロジャーやその他の優秀な隊員をぶつければ、全体の力を過大評価してくれるはずだ。


「ロジャー、次は右手側の歩兵隊だ。中隊長は割と前にいる。その奥には大隊長が構えてるが、あまり深追いはするなよ」


 前に出ている隊長は、自分の腕に自信があることが多い。アランの示した先に、ロジャーはちらりと視線だけを向ける。


「それは俺の心配? 隊員達の心配?」


 頭から突っ込むロジャーも心配ではあるが、あまり深くに飛び込むと、彼の背後や側面を狙う敵に対応するアランや仲間達も危険になる。


「俺の心配だよ」

「アランね。了解」


 彼は軽く笑うと、馬を走らせる。


 ロジャーは全く疲れも見せないが、アランの後に続いた周囲の隊員達もさほど疲弊しているように見えないことに安堵した。これまでの隊では新兵や老兵などを庇いながら戦うことが多かったが、周りが腕の立つ隊員ばかりというのは、かなり心強い。


 そう考えていると、視界の端で弓を構えている兵士がいてアランは叫ぶ。

 

「弓兵がいる! 左手前方だ」


 もともと先手を取って弓を射かけてきたのは西軍だったが、先程まではこちらの魔術師達の強風で威力を殺していた。だが、魔術が止んだとみて攻撃を再開しているのだろう。


 矢が何本も飛来してヒヤリとするが、距離もありさほどの精度はない。近くにいた仲間が危なげなく槍で叩き落とすのを見ながら、相手を見回す。すると今度は大きな塊が空を舞うのが見えてアランは目を丸くした。


 投石機による攻撃だと思った瞬間、それは空中で粉砕した。


 ぱらぱらと小さな粉塵となって落ちてくるそれを見て、アランはぽかんとする。何が起きたのかさっぱり分からなかったが、思わず背後を見ると遠くで金髪が手を振っていた。


 表情も見えない距離であり、アイザックがどういう意味で手を振っているのか分からないが、彼の魔術で対応したということだろう。風の魔術を使ったところで押し返すのは難しそうな大石だったが、どうやってか粉砕させたらしい。


「なに今の」


 ロジャーも思わず足を止めていたようで、そんなことを呟いた。


「さあ。投石機と弓矢は気にするなってことじゃないか」

「それは素晴らしいな」


 いつの間にか弓兵達のいた場所には濃い霧のようなものがかかっていた。いつかアランもヘレナの魔術でそうした森の中にいたことがあったが、自分の足元くらいしか見えない視界で、身動きが取れなかったのだ。下手をしたら味方を射かねない状況で、弓矢を打てるはずもない。


「思う存分、突っ込める」


 あまり深追いはするなと言ったはずだが、聞くつもりはいないのだろう。駆け出したロジャーに苦笑して、アランも後に続く。


「後ろは頼むよ、アラン」

「はいはい」


 もしかしたら背後を気にせずに敵陣に突っ込むためだけに、彼は常にアランの側にいるではないだろうか、と。そんなことを考えてしまって、アランは嬉しいような悲しいような、そんな複雑な気持ちになった。


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