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四章 アランの居場所3


「アイザックだ。よろしく、レックス」


 いかにも快活といった様子で言ったのは、アランよりも若い男だった。エイベルからサスの魔術師達のリーダーだと紹介されたが、下手をするとレックスと同年代にも見える。サスにいる何百人という魔術師たちを従えるリーダーにしてはあまりに若すぎる気がするし、雰囲気も明るく軽く、威厳のあるリーダーという感じにも見えない。


 短い金髪と明るい碧眼。小麦色に焼けた肌がいかにも健康的で、今まで見た魔術師たちとは雰囲気が違う。軍人として追いかけている時は、当然だが彼らは怯えてたし、セリーナも強くはあったが明るい雰囲気からはほど遠かった。青白くて華奢で悲壮感や覚悟を感じさせる——というのが魔術師たちに対するアランの勝手なイメージで、目の前の彼はそれとはあまりにかけ離れている。


「お会いできて光栄です、アイザックさん。レックスです。先日は大変お世話になりました」


 丁寧に礼をしたレックスに、何故かアイザックは楽しそうに声を出して笑った。


「あれを世話なんて言われると皮肉にしか聞こえないんだが、彼は信用して大丈夫なのか? エイベル」

「レックスのことは信頼していますよ。彼の性格なら、別に皮肉を言ってるわけじゃないと思いますけど」

「そうなのか。それはそれで怖いな」


 アイザックはそう言ってから、レックスに向かって手を出した。


「先日は手荒な真似をしてすまなかったな。ウィンストンからは怪我をさせるなとしか言われなかったから、とりあえず拘束して転がさせておいたんだが」

「見張りの方々には良くしていただきましたよ。エイベルさんに迎えにきていただくまでも、特に不便なことはありませんでしたしね」


 握手に応じたレックスが無邪気に笑ったので、アイザックは面白そうな顔をした。


 アイザック達がレックスを襲撃して拐って、ウィンストン達に引き渡したということなのだろう。本物でないとはいえ王子としてのレックスには護衛が山ほど付いていたはずだし、レックスも襲撃された時にはここに連れてこられるなど想像もしていなかったと言っていた。そこから連れ出したのなら決して穏便にとはいかなかったはずで、それを「世話になった」などと言われると確かに皮肉かとは言いたくなる。


「そういえば、見張りの方も全く手がかからないと言ってたな。王子のにせものか何かは知らないが、ウィンストンと違って偉そうでないのはいいことだ」

「そう言うアイザックは、先ほどから随分と偉そうに見えてますよ」


 冷静にそう言ったのはエイベルで、そんな言葉にアイザックは眉を上げる。


「そうか? そんなつもりはないんだが」

「私は、そんなつもりはないと知ってますけどね」


 エイベルはそう言って視線をレックスに向けたから、アイザックは少しだけ考えるようにする。側にいるアランから見てもとても偉そうには見えていたが、本人には本当に自覚はなかったらしい。素直に頭を下げた。


「気を悪くしたのならすまないな。別に偉そうにするつもりはないが、俺はできれば相手と対等に話をしたい。それが王族や貴族だろうと老人や子供だろうとな。レックスもその丁寧な口調が地というわけでないのなら、もう少し砕けてもらえると助かるんだが」


 そう言ったアイザックは、相手がウィンストンでも同じような話し方をしているのだろうか。


 それを想像するとなんとも肝が冷える気持ちがするが、意外とウィンストンは気にしないのかもしれない。そもそもレックスには何の地位も身分もなかったはずで、それでも彼は表面上はレックスを主として頭を下げていたのだ。


「地と言うわけではないから、それならお言葉に甘えようかな。誰であっても対等に話をしてもらえるというのは、僕にとっては本当にありがたいことだし」


 レックスはそう言ってにっこりと笑う。


「アイザックはサスのリーダーで、魔術師としても一番の実力があるってエイベルさんから聞いてるからね。アイザックからすると、僕は何の力もないただの人間だし、こちらの兵士たちからしてもね。僕はヘンレッティ家に所縁があると言うわけでも、何かの地位や身分があるというわけでもないから」

「よく分からないな。そんな人間がどうしてウィンストンの代わりにそこに立ってる?」


 アイザックは首を傾げる。


 彼の疑問はもっともで、今日はレックスはウィンストンの代わりに魔術師たちに会っているのだと、エイベルに紹介されていた。ウィンストンもすぐ側にいるのだから、本来なら本人が出ればいいところを、敢えてレックスだけを行かせたのはどういう狙いがあるのだろう。単にウィンストンがアイザックと話をしたくなかっただけかもしれないが、魔術師との連携というのは今回の作戦の肝であるところだ。頻繁に軍を訪れて兵士たちを鼓舞するようなマメな男が、そんなところに手を抜くとは思えない。


「僕の血筋や身分などを気にするような相手じゃないっていうのは、ウィンストンから聞いてたしね。僕はただウィンストンに仕える人間で、なるべく犠牲が少ない形でこの国の独立がなれば良いと思ってる。できれば兵士たちも魔術師たちも、なんなら相手の軍の兵士たちにもね。そのために何ができるかを考えるために、ウィンストンにお願いしてここに立たせてもらってるんだ」


 そんなレックスの言葉に、アランは密かに安堵する。向かってくるのは敵ではなく同じ国の兵士だった人間たちだ。国に矢を向けたとしても、それでもなるべく犠牲を出さずにというのはとても共感できる。


 だが、アイザックは眉を寄せてから、腕を組んだ。


「わりと無茶なこと言ってないか? レックスは安全圏で見物してるだけだろうが、現場にいる俺たちからすると、剣を持って向かってくる敵の安全まで考えろと言われても困る」


 正面から言い返した彼の言葉は、それはそれで兵士としては非常に共感できる言葉で、アランはどきりとした。命令する人間は常に安全圏から無茶を言うのだし、相手に親や子供がいるだろうと分かっていても、自分や同僚の生死がかかっていれば手加減をする余裕などない。


「それはそうだよね。だからこそ、なるべくなら双方がぶつかる戦闘自体を減らしたい。もしくは出来るだけ力の差を見せつけて、相手に引かせるかだね」

「どうやって? 聞いたところ、自衛軍と北軍の規模と実力は国軍に勝るものじゃない。これまでさんざん虐げてきた魔術師が、そんなに万能だと思ってるのか?」

「それを言われると返せる言葉はないのだけど……」


 レックスはそういうと本当に口を噤んだ。


 そもそもアラン達のような兵士からして、本来は魔術師であるアイザック達の前に出せる顔などないのだ。北軍がどれほど動いていたかは知らないが、カエルム地方の自衛軍とは違って魔術師を追う立場だったことは事実だ。名前だけが自衛軍にラベリングされたところで、中身は元北軍の兵士たちが大半で、魔術師たちからすると本当は胸中が穏やかでなくてもおかしくない。


 しばらく居心地の悪い無言が続いたが、やがてアイザックは軽く肩をすくめた。


「そういえば、ここの軍は戦闘もせずにぶんどったんだったな。何度もそんな魔法が使えれば、それは楽かもな」

「呆れてる? ごめんね、僕にそんな力もないのに偉そうなこと言って」


 レックスはそう言って本当に申し訳なさそうな顔をしたが、戦闘もせずに北軍を獲ったのは彼なのだ。彼に力がないわけはないし、何度も使えはしないだろうが実績はある。単なる綺麗事を言っているわけではないのだ、と訴えたいところではあったが、こんなところでアランが口を挟むわけにもいかない。


「謝ってもらう必要はない。派手に力を見せて相手から引かせるってのは、こちらとしても望むところだ。なにせこっちは個々の力はあっても、数が足らないからな。まともにぶつかるつもりはない」


 アイザックはそう言ってから、軽く頭を振った。


「嫌な言い方をして悪かったな。レックスの考えは理解できる。俺たちは自分たちを守るために戦うだけだ。相手を踏みつけたいわけでも、怨恨を晴らしたいわけでもないからな」

「こちらこそ、アイザック達の力を利用しようと考えていると受け取られたのならごめんなさい。こちらの兵士たちの規模はたしかに国軍には及ばないけど、それでも場面的には正面からぶつかれる程度の数はある。アイザック達とうまく協力することができれば、相乗効果がかなりあると思っているから」 


 レックスは真剣な顔でアイザックに訴える。


「僕はアイザックと違って、これから起きる戦いの場では何の役にも立てないけど、それでもできる限りのことはしたいと思ってる。なるべくアイザック達が力を発揮できるような環境を準備したいし、こちらの兵士たちにも動きやすい環境を与えたい。何ができるかは分からないから、まずはお互いのことを知るところかなと思ってるんだけど」

「魔術師のことが知りたいのなら、魔術でもぶっ放してやろうか」

「それもぜひ。魔術のことも、魔術師のことも、アイザック達のことも知りたいな」


 面白そうに言われたアイザックの言葉にも、レックスは真剣に頷いた。彼が頻繁に兵士たちのところを訪れているのも、同じような理由なのだろう。


 アイザックはやはりそれを楽しげに見やってから、何故かエイベルを見る。


「エイベルの言うとおり、こちらの方がウィンストンより遥かに話がしやすいし信用できそうだ」

「そんな内密な話を堂々と披露しないでもらえます?」 

「どうせ何を言ってもクビにはならないんだろう。ウィンストンは俺たちのことをせいぜい利用してやろうと考えてるだろうから、繋ぎになるエイベルを手放すわけがない」

「そんなに悪い方でもないですけどね。偉そうなのは否定しませんけど、この件もなんならレックスに任せるそうです」

「まじか。それはそれで、今度はレックスが胡散臭く見えてくるんだが」

「よほどウィンストンさまが信用できないんですね」

 

 苦笑するように言ったエイベルに、レックスも笑った。


「ウィンストンはこの国のトップだからね。彼がこの国のことを一番に考えるのは当然だし、それはアイザックも同じでしょう? アイザックは魔術師達のことを一番に考えるはずだから、両者が協力しようと思うとエイベルや僕みたいな繋ぎが必要になるんだと思うよ」

「エイベルは分からないでもないが、レックスの立場はウィンストン側だろう」

「もちろん一番はそちらだけど、魔術師にも大切な人がいるし、相手の兵士や国民たちのこともできれば知らないふりはしたくない。できる限りは頑張るよ」


 あくまで真顔でいうレックスに、今度はアイザックが可笑しそうに笑った。


「そういうことなら全力で頑張ってもらいたいな。今後ともよろしく、レックス」



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