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四章 アランの居場所1


「見せ物になるのは嫌なんだけど」


 顔を顰めてそんなことを言ったロジャーに、アランは苦笑する。


 これまでさんざん気に入らない隊長たちを、観衆の前で叩き落としてきた彼が、目立つのが嫌いなわけはないはずだ。単に彼はこれを見下ろす人間が気に食わないだけで、アランも少しはその気持ちはわかる。


「ロジャーは見せ物になるだけいいだろ。俺は単なる咬ませ犬だ」

「なに、アラン。随分と負け犬の台詞が板についてきたね」

「俺に勝ち目があると思ってるか?」

「俺が負けるわけないじゃん」


 彼はそう言って騎馬のまま長い槍を肩に担いだ。


 ここは兵士たちの演習場で、アランはロジャーと一緒に騎馬での演習をさせられる予定になっている。


 隊長たちは軍に戻さない——とレックスは言っていたが、平の一隊員でも良ければ兵士として働いてもらっていいという通達が出たので、アランは軍に戻ってきていた。元の隊には戻されないだろうと思っていたから、自衛軍が中心の新しい隊に配属させられたことは予想通りだったが、そこにロジャーまで移動してきたのはレックスの配慮なのかなんなのか。


 また、予想通りではあったが、アラン以外に好き好んで何階級も降格して一兵士として隊に戻る隊長などおらず、北将軍から中隊長までは未だに監視下に置かれて放置されているらしい。それはそれで暇で辛そうではあるが、アランはアランで同じ隊員たちに変人を見るような目で見られてはいる。


 アランが建物の方を見ると、屋上にウィンストンやレックスたちの姿が見える。


 アランがこうして見上げるのは初めてだが、彼らはたまにこうして軍の視察などに来ているらしい。寄せ集めの兵士たちの士気を高めているのだろう。ウィンストン=ヘンレッティは先ほど全体に向けて訓示を行っていたし、レックスも現場の兵士たちに積極的に声をかけているようだった。彼らにとって今は何より軍事力が大事な時期だろうから、兵士たちの求心力を高めたいのだ。


 こちらが見上げていることに気づいたのか、レックスはアランに向かって手を振ってくれた。彼が王子としてそこに立っていれば絶対にやらない真似だろうが、今のレックスは兵士たちに対して親しみやすさを押し出しているらしいから、問題ないのだろう。


 アランが軽く手を振りかえすと、彼が嬉しそうに笑うのが見える。彼の場合はそうした演技もお手のものではないか、と思わないでもないが、あまり邪推はしないことにしていた。代わりに隣にいるウィンストンがそんなアランを冷たすぎる視線で見下ろしている気がして、そちらの方にも手を振ってやろうかと馬鹿なことを考える。


「弓があれば狙えるんだけどね」


 アランの視線の先を見て、ロジャーが呟く。


 彼が狙いたいのも別にレックスではないはずだ。ヘンレッティ公爵家は、ベインズ伯爵家など足元にも及ばない名家中の名家で、ロジャーはさほど年も変わらないそこの嫡男がなんとなく気に入らないらしい。戦えば勝てるのになどという意味不明なことを言っていたが、剣や槍で一対一の勝負ができるのなら、見習い兵士だって公爵や王様を倒せる可能性はある。


「だから俺たちは弓は持たされてないんだよ」

「なにそれ。信用されてなくない?」

「そんな物騒なこと呟く兵士を信用できるわけないだろ」


 中央軍に所属していたこともあり、軍の演習を偉い人が視察に来ることはままあった。そんな中で成績の良いアラン達の隊が演習を披露する機会は、他の隊と比べると多かっただろうと思っている。その時はアランは指揮をする立場だったのだが、今は本当にただの一隊員だ。


 独立した国のトップ——厳密に言えば父親に次いでナンバー2——であるウィンストン=ヘンレッティが視察に来ているとのことで、もともと自衛軍に所属していた隊長たちは張り切っているのだし、隊員の中での騎馬戦の披露というところでは、一番腕が立つとの理由でロジャーが選ばれている。その相手にアランが選ばれたのは、単に誰もやりたくなかったからだろう。わざわざ上の人間たちの前で、完膚なきまでに負けたくはない。


「私語は慎め!」


 中隊長や大隊長からそう睨まれて、アランは口を噤む。だが、神妙に頭を下げたアランに対して、ロジャーは軽く肩をすくめただけだ。


 アランの上官にあたる新しい中隊長は、全く悪い人間ではない。際立って有能そうには見えないが、もともと中隊長の位置にいたアランや、北軍の三部隊や四部隊で色々と有名だったロジャーの扱いに気を遣っているのが分かり、なにやら申し訳ない気分になる。軍隊では序列が絶対という建前ではあり、本来は気にする必要はないのだが、実情は違うということだ。これまでも階級の低いロジャーが大きな顔を出来ていたのだから、しがらみは大いにあるのだろう。


「出番だぞ。アラン=クリフォード、ロジャー=ベインズ」

「はーい」


 全く緊張感のない返事をしたロジャーは、騎馬のまま軽やかに出ていく。


 中背であるし、筋骨隆々というわけでもない。整えられた髪型も女性に好かれそうな甘い顔立ちも、全く強そうには見えず、軍服を着ていてもどこかの貴族の子弟が戯れで軍属しているようにしか見えないのだが、これで鬼のように強いのはどういうことだろう。


 一方でアランなどは軍服を脱いでいても軍人にしか見えないと言われるほどで、見た目にはロジャーの上官に相応しいのだろうが、実力では彼に及ばない。最初の頃は不真面目な後輩に負けるのが悔しく、それなりに努力もしたつもりなのだが、もはや単独で彼に勝つことは諦めている。戦場でロジャーのような敵にあったら、ロジャーをぶつければ良いだけだ、という悟りの境地にいるほどだ。


「アランとはこないだやったばっかりだから、つまんないけど。ま、変な相手とやるよりは怪我させる心配がなくていいかな」


 私語は慎めと言われたばかりだが、ロジャーは気にもしていないのだろう。別にウィンストン達のところまで会話の内容は聞こえていないだろうが、対峙するように距離をとっているので、普通に話すと大声になる。


「たまには俺の顔を立ててくれてもいいと思うが」

「だってアランはもう上官じゃないし」

「上官を立ててるところを見たこともないけどな」

「こんなところで見せ物になってあげてるだけで、そこそこ立ててるつもりなんだけどね」


 それはそうかもしれない、とは思う。さほどやる気でもなさそうなロジャーが、それでもおとなしくこんな演目に付き合っているところから、それなりに新しい隊長たちに気は使っているのだろう。アランがウィンストンに協力するなら協力する——と彼はウィンストン本人に語ったらしいが、実際、アランが完全にこちら側につくと言ったことでロジャーは協力する姿勢を見せている。ここで新しい隊長にさほど逆らわないのもそのためだろう。


「はじめ!」


 全く緊張感のないロジャーとアランが位置につくなり、すぐさま開始の合図がなされた。普通はもう少し間を開ける気がするが、さっさとやってくれということか。


 言い返そうと思っていた言葉を飲み込んで、アランはロジャーと向き合う。


 この間、懲罰室に入れられるためにロジャーと私闘をした時にはアランから仕掛けたので、今回は彼の動きを待った。どうせどちらから仕掛けても同じで、見せ物にするためには多少は打ち合う必要がある。先日は手元にあった剣を使ったが、今回は一騎打ちのための槍が準備されているので、それなりに派手に振り回せるだろう。どちらかと言えばロジャーは剣の方が得意らしいが、槍だろうと勝てた試しはない。


 待っていると彼の方から馬で突っ込んできた。


 アランは馬上で槍を構えてそれに合わせる。馬をわずかに動かして、突いてきた槍を流した。彼はこちらが馬首を返す頃にはすでにこちらに向き直っている。そもそも剣や槍が達人級なのに、馬を自分の足のように動かすから手に負えない。


 今度はアランの方からかかって、ロジャーに槍を叩きつけた。単純な力比べであれば身長の分、アランが有利だし、長い槍を振り回すのもこちらが有利なはずではある。が、すぐに力を受け流され、さほどロジャーが困っている様子もない。何撃も続けざまに放つが、全て危なげなく受けられた。一対多でも難なく相手にするロジャーは、視野が広く、何よりかなり目がいい。反応速度がピカイチで、彼からするとアランの動きは遅すぎるくらいなのだろう。


 何手か打って、槍の持ち手の位置をずらして攻撃するなど緩急をつけるも、どれもかわされる。


 隙を見てすぐに攻守を逆転された。今度はロジャーが振り回す高速の槍を相手に、アランがなんとか槍を合わせる。やたらと大ぶりなのは派手さを狙っているのか、もしくはすぐに勝負をつけまいとしているのか——などと考えていると、いきなり思いもよらない場所から槍の柄が出てきて慌てて避ける。器用にも槍をくるりと回転させて持ち手の部分で攻撃してきたロジャーは、そのまま回転させて続けざまに打ってきた。


 なんとか槍で受けるが、思った以上に重い攻撃に体勢を崩される。バランスを崩して全身がヒヤリと冷たくなり、背中の筋が痛んだ。そこにロジャーがさらに追い討ちをかけようとするのが見えて、咄嗟に足だけで馬を走らせて、アランはそこになんとかしがみついた。戦場ならすぐに追ってくるだろうが、ここで背後から狙うような真似はしないだろう。


 距離をとってから振り返ると、ロジャーは呆れたような顔でこちらを見ていた。


「そのまま落ちたら、いい感じに終わってたのに」

「もう遊びは終わりか?」

「そろそろ十分でしょ」


 彼はそう言ってから、無造作に槍を回した。すっと視線だけを鋭くしたロジャーに、アランは槍の先を向ける。


「負けてもいいが、馬から落とされるのは嫌だな」

「そっちの方が派手でよくない?」

「怪我をしないように派手に落ちるのは難しいんだよ」

「ふうん? アランはその辺、上手に見えるけどね。俺は馬から落ちたことなんてないから分からないな」


 さらっとそんなことを言われて苦笑する。


 ロジャーが突進してくるのに合わせて、今度はアランの方も馬を駆った。槍が交差して、先ほどと同様にぶつけ合いになる。剣ほどの速度や扱いやすさがないだけに、容易に勝負はつかないが、それでもアランが押されていることは間違いない。呼吸すらままならないような緊迫した打ち合いに、息が苦しくなる。


 思わず息を吐いた瞬間。


 それを見計らったかのようにアランの手から槍が叩き落とされた。


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