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一章 にせもの王子たち1



「嫌な想像しかできないんですが」

 

 難しい顔で言ったウィンストンの言葉に、クリスも同意するようにぶんぶんと首を縦に振る。そんな二人を交互に見てから、レックスは困ったように笑った。


「そう言われても、僕にレジナルド殿下の命令を拒否する権限なんかないよ」

「一応は陛下に申し入れましょう。レックスだけで足りないなら、私の名前を足していい。危険があるというなら空にしとけばいいだけだ。レックスがそこにいることに、意味があるとはとても思えません」


 そうなんだけどね、とレックスは言ってから、彼は小さく首を傾げた。


 レックスはレジナルドと同様で、男らしいというよりも中性的な顔立ちをしている。だが、美しく妖艶なイメージのあるレジナルドとは違って、彼は透明感のある少年のようなイメージだ。外で見せる顔は大人びているのだが、屋敷の中では子供っぽさが残り、小首をかしげる仕草などは同年代のクリスから見てもとても可愛い。


「ウィンストンの考えていることも分かるけれど、まだ僕には生かしておく価値くらいはあると思ってるんだけど」


 可愛らしい口調だが、言っているのは可愛らしいからは程遠い内容だ。子供の頃から生きるも死ぬもレジナルドや国王陛下の命令次第——という状況に、いったい彼はどう感情の折り合いをつけているのだろう。


 この国で唯一となる直系の王子であり、現時点で唯一の王位継承権を持つレジナルド=オリファント王太子殿下は現在十七歳。一月後の誕生日に、成人の大儀を執り行い、改めて王太子である事が国内外に示されることになっている。


 そんな中、レックスが命じられたのは、レジナルドの成人の儀式を行うための準備として、彼の代わりに聖堂に籠るというものだった。儀式の前に、ひとりで丸一日聖堂に籠り心身を清める、という慣習は昔からあるものらしいが、王子が建物の中に一人になるなど危険でしかない。常々暗殺の危機に晒されているレジナルドが、それをレックスに押し付けるというのは当然のことのように思える。


 ——が、そもそもそれは近代では行われていない慣習らしいのだ。少なくとも現国王陛下も行なってはいないらしいから、暗殺や襲撃が怖いならばやらなければ良いだけの話だ。


 それをわざわざ復活させた理由は分からないが、本人がやらないということは、レジナルドの邪心を聖堂で清めるつもりはさらさらないのだろう。レジナルド王子が特別だという外に向けたアピールなのかもしれないが、それであればウィンストンの言うように中に入らず空にしておけばいいだけだ。いくらでも目のごまかしようはある。


 そんなことを考えていると、ウィンストンの言った『嫌な想像しかできない』になる。


「せっかくこれまで王子として顔を通しているわけだろう。これからも危険な場面はあるだろうし、僕は特に王宮の意には叛いていないつもりだ。ここにきてわざわざ始末する必要があるかな」


 そんなことを冷静に言ったレックスに、ウィンストンは眉根を寄せる。


「これまで王子として顔を通しているからこそ、ということは考えられますけれどね。成人後のレジナルドに必要なのは、公に晒せるちゃんとした偽物でなく、その場その場で使い捨てできる影武者なのかもしれません」


 使い捨て、という言葉にクリスは密かに眉を寄せる。


 ただそうした意味では、たしかにレックスは単なる使い捨ての替え玉ではない。彼は王家の血は引いていないにせよ、レジナルドの母方の親戚にはあたる。同じ年に生まれたこともあり、幼い頃から王子の盾となり身代わりとなるために育てられてきたのだ。


 これまで王子の住む城とされていたのは、レックスの住んでいるこの屋敷だった。居場所は公表されておらず、本物の王子と同様にレックスの動向も巧妙に隠されている。それもこれもすべては王宮の深くにいる本物の王子(レジナルド)を隠すためであり、レックスが厳重に守られていることも、なおかつ側にウィンストンのような重要人物が置かれていることも、唯一の王子であるレジナルドが無事に成長することを目的とした配置なのだ。


 そして、レックスはウィンストンの言うとおり『ちゃんとしたにせもの』だった。


 王子として王宮の指示に従った振る舞いができ、相手が他国の使者だろうが王族だろうが対応ができる。その上で危険な場所でも臆さないし、命令には背かずにどこへでも向かう。今後も絶対に王家の役に立つのだし、レックスの言葉ではないが、生かしておく価値はあるに決まっている。


 レックスもそう考えているのか、またしても首を傾げる。


「それならなおのこと、どこか意味のある機会に使い捨てすればいいと思うんだけど」

「ならば、ここが意味のある機会なのでは? 何かしら王子を狙う人物の目星がついているとして、それを炙り出す気なのかもしれません」

「なるほど、それはあるかもね」

 

 そう言って納得したように頷いたレックスに、クリスとウィンストンは同時にため息をついた。それを見て、レックスは少しだけ笑う。


「僕も死にたいわけではないよ。考えたところで結局は出向かざるをえないなら、まだ僕に利用価値はあると信じておいた方が健全だと思わない?」


 そんなことを言われて、クリスはどきりとする。


 彼はいつもレジナルドたちの命令に抗わず、静かに受け入れている。それは自身の安全に頓着していない行為にも見えていたのだが、そんなはずはなかったのだろう。どこまで彼の台詞が本気かは分からないが、命令の裏に隠されたレジナルド達の企てに怯えるより、素直に彼らの命令を受けて周囲に守られていると信じた方が、精神的には救われるに違いない。


 ウィンストンもしばらく黙った後、頭を下げる。


「失礼しました。さすがに配慮が足りない言葉でしたね」

「いや、真剣に考えてくれてありがとう。ウィンストンが僕のことを心配してくれるのは嬉しいよ」


 にっこりと本当に嬉しそうに笑ったレックスを見て、ウィンストンは少しだけ考えるようにしていたが、やがて口を開く。


「なんにせよ回避できないかはやってみましょう。それが無理なら護衛の方法を考えねば」

「聖堂の内部や周辺の地理なら、少しは詳しいです。私でお役に立てることがあれば」


 口を挟んだクリスに、ウィンストンとレックスは同時にクリスを見る。


 彼らは性格も見た目も全くタイプは違うのだが、一緒に過ごしている時間が長いせいか、ふとした瞬間に同じような顔をする時がある。まるで兄と弟のように見えた二人に、なんとなく微笑ましくなった。


「そうか、今さらだがクリスの家はロイズだったな」


 ウィンストンの言葉にクリスは頷く。


 クリスティアナ=ロイズというのがクリスの氏名であり、ロイズというのは代々聖職者として国の歴史に根付いてきた家だ。当然ながら父も、レジナルド殿下の成人式に司祭の一人として参加するはずだと思っている。


「小さな頃から聖堂には出入りしていますし、子供の頃はよくひとりで遊んでいました」

「なるほど。土地勘があるのは助かるし、いざとなればロイズの名は使えるかもしれないな」

「ロイズの名を使うとは?」


 それを聞いたのは、クリスではなくレックスだった。レックスの真剣な視線を受けて、ウィンストンは軽く肩をすくめる。


「事前に聖堂に入る口実にも、何か神殿経由で情報を手に入れるにも、クリスが動ける可能性はあります」

「クリスにそんなことをしてもらう必要はない」

「いざとなればですよ。現時点で具体的に何かを考えているわけではありません」

「いざとなればというのは、僕が聖堂にはいらずに済めば、ということだろう。僕はほとんどそんなことは無いと思っているんだが、ウィンストンは違うのか?」

「まあ、違いはしませんが」


 ウィンストンはレックスではなく、クリスに視線を向けてきた。


「クリスは頼めばやってくれるだろう」

「もちろんです」


 クリスは考えるまでもなく強く頷いた。ロイズ家とは何かと折り合いが悪いのだし、レックスもそれが分かっていて止めてくれているのだと思うのだが、それでもクリスにやれることなら何でもやるつもりではいる。頼まれなくとも、実家に戻って聖堂に関する資料がないか探そうと思っていたくらいだ。


「だそうです。レックスが何を心配されているのか分かりませんが、クリスがこの程度の協力を惜しむとは思えませんよ。彼女はわざわざ剣を取ってまでここにいるのですから」


 そんなウィンストンの言葉に、レックスは眉根を寄せて難しい顔をする。あまり感情を表に出さない彼がそんな顔を見せるのは珍しく、クリスは心が痛んだ。


 そもそもレックスはクリスがここにいることをどう思っているのか、クリスには分からなかった。護衛としてここに残ると言った時にも、かなり反対されたのだ。優しい彼は、自身の近くで誰かが危険な目に遭うことにいつも心を痛めている。クリスのことも心配してくれてはいるのだろうが、それでも少しは頼ってくれれば良い。そう思っていたのだが、今のところレックスがクリスを頼る必要があるようにも見えないし、そもそもクリスが頼り甲斐のある人間だとはとても思えなかった。


「レックスの身の安全が一番ですし、我々護衛にとってはレックスの安全が自身の安全でもありますから。事前に打てる手があるのなら、なんでも検討しておくべきです」


 クリスの言葉に、レックスは否とも応ともつかぬ顔をする。そんなレックスを見て、ウィンストンは言葉を重ねた。


「実際、その通りですよ。クリスを危険な目に合わせたくないのなら、なおさら危険は排除しておくべきだ」


 そんなことをウィンストンにまで言われてしまい、クリスは複雑な気持ちになる。


 女性でありロイズ家の一員ではあるのだが、一応は剣も弓もそれなりに扱えるのだし、ちゃんと軍属の学校を出てもいる。小さな頃からレックスの側にいたとはいえ、今の正式な所属は軍属なのだ。配属先が近衛となりレックスの警護にあたっているのが現状で、本来、クリスが守られる必要などどこにもない。


「分かった」


 納得したような顔には見えなかったが、レックスはそれだけを言って黙ってしまった。そんなレックスを見て、ウィンストンは少しだけ困ったような顔をしたようにも見えたが、特に何も言わずに手元の作業に戻った。


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