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恐ろし屋  作者: 九重 まぶた
9/19

噺の種

「噺の種?」


「そう。噺っていうのは起承転結でできあがってる。または序破急とかな。ただどんな噺もまずは始まりがある。つまり『起』の部分さ。じゃあ、『起』が起きるためにはなにが必要か、それは『原因』だ。原因がなくちゃ、【噺】は起こりようがない。つまりは『種』がなければ【怪異】が起きるはずがないってことよ」


 ねんぶつは腕を組み、したり顔に満足そうに微笑む。


「つまり、怪異の原因を探しているってわけですか?」


 広海は分かるような分からないようなその説明を飲み込んだ。納得はしていないが、新たに疑問が湧いてでた。それって見れば分かるものなのだろうか? 

 そんな広海の表情を読み取ったように、ねんぶつは言葉を続けた。


「ああやって、姐さんは目で見て、手で触れ、耳を澄まし、匂いを感じ取ることでその『噺の種』を感じる。姐さんはそうすることでそれが分かるそうだ。そうして、その『噺の種』から想像する」


「想像?」


「ああ、おいらにも原理はよくわからねえが、そうすることで【噺】が見えてくるらしい。まあ、姐さん独自の感性みたいなものなんだろうなあ」


「はあ……何となく分かったような分からないような」


「説明されたが、おいらにもさっぱりだね。もちろん【怪異】によっては、実際に目に見える『噺の種』なんてのもある」


「目に見えるもの?」


「……ねんぶつ」


 陽炎のようにほけきょうが隣に立っていた。


「っおわ」「ひゃっ」


「ねんぶつ。私は姐弟子で、あなたは弟弟子。この事実が示している事柄はわかっているのかしら? 私は働いて、あなたはおしゃべり、ですか? 春のパン祭りの件、許したわけではありません」


「へ、へい。じゃあ広海ちゃんおいらもちょっくらさがしてくらぁ」


 そういうと、青年は逃げるように縁側に向かった。

 私はほけきょうさんと二人、取り残された。


「広海さん?」


「ひ、ひいっ」


「これは、あなたのですか?」


 食器棚のお皿を手にとっている。一枚一枚入念に、裏返してはまた表を見、別の皿を手に取る。


「いえ、違います。たぶん、以前住んでいた方の物かと」


 ほけきょうはお皿を手に取りまじまじと眺め回している。


「ふぅむ」


「あの、そのお皿が……なにか」


「九十九神というのをご存知ですか?」


「いえ、知りません」


「九十九神は、長年使い込まれた家財道具に魂が宿ることで動きだす現象をいいます」


 なるほどそれであんなにもお皿を入念に見ていたのか。


「それが『噺の種』ですか?」


 広海はねんぶつから聞いた話から、恐る恐るほけきょうに尋ねる。


「いえ、違うようですね。もし、九十九神、いえ、何かが宿っているのであれば分かりますから」


「いったいどんな風にわかるんですか?」


 広海は単純な興味で聞いてみた。


「息遣いというか、呼吸といいますか、そういったものを感じると言えばよいでしょうか」


 息遣い? 


 広海はお皿がはぁはぁと荒い息をだしているのを想像し、別の意味で背筋をぶるっとさせる。


「『噺の種』がなければ、事は起こりようがありません」


 広海はねんぶつに教えてもらった言葉を頭に浮かべる。


「つまり、その種を見つけて取り除けば、怪異は治まるということでしょうか?」


 広海は茶の間の座卓に手を触れたり、裏を覗き込んだりしているほけきょうに言葉を返した。


「かも、しれません」


 その答えに広海は肩を落とした。


「どちらにしても、まずは見つけ、この怪異の形を知ること。対策をしようにも、形が分からなけれ

ば落ちのつけようもない」


 ほけきょうは立ち上がり茶の間の天井、電灯を見わたすと部屋を出た。


「ふぅむ。他に【怪異】が現われたのは?」


「こっちです」


 廊下を進み、縁側へと抜ける。気づくと両腕で肩を抱きしめていた。

 ほけきょうはその間も天井を見上げ、土壁の感触を確かめるように手を添え、何かを読みとろうと手探りしている。


 つぎに向かったのは、あの女の生首が出た座敷部屋だった。

 ほけきょうは障子を開き、中を眺めている。広海がそっとほけきょうの顔を見ると、その瞳が部屋中を見るように右に左に忙しなく動いていた。

 やがて、ほけきょうは足を踏み入れると、畳のある一点を見つめた。


「こ、ここで、女の生首を見たんです」


 広海は部屋に入ることはできず、敷居の外で畳の一点を指さした。

 ほけきょうはその畳に、女の生首が出た場所をそっと指先で触れ、手で感触を確かめるように撫でている。


「ふぅむ」


「なにか、感じますか?」


 その背中に声をかける。


「いえ……なにも」


 ほけきょうは畳から視線を外すし部屋を見わたす。

 柱や壁、押入れ、床の間などを手で触れている。手で触れることで何か分かるのだろうか? なんか生温かい体温のようなものでも感じるのだろうか? そう想像してまた震える。


「あのう『噺の種』って、ねんぶつさんが目に見えるものあるっておっしゃってましたが、いったいどんなものなんですか?」


「ぬふ。例えば、【呪い】ですね」


 何となく予想にはあったが、その口から漏れでたその言葉は妙に生々しく感じさせた。背筋をゾクっとさせる。あの女の呪い。生首になって現われた女の眼はまだ忘れられそうにない。そういえば、昔は武士の屋敷だという話だ。何かヘマをした女中が怒り狂った主人にその場で切り捨てられたとか。

 ありそうな話で、思わずゾッとしてしまう。


「目に見えるって、どのようなものが?」


「例えば、髪の毛ですね。よく呪具として用いられるとても身近なもののため、多用されます。あとは藁人形、紙人形など他にも呪いには色々とありますが、目に見えるものの代表例はそれですね。ただ、この部屋にはそんなものはなさそうですね」


 その言葉にほっと胸を撫でおろす。さすがにそんなものが、屋敷から出てきたらそれこそ卒倒ものだ。

 部屋を出ると廊下に枕が放置されたままになっている。座敷は開け放たれ、今朝の状態が放置されていた。それを見とめると昨夜のことが蘇えってくるようで恐かった。

 思わず一歩後ずさる。


 ほけきょうが目のまえを横切ると枕を拾い上げ、パンパンと叩くと、こちらを見る。


「あ、はい。ありがとうございます」


 枕を受け取った。


「この障子ですか?」


「……はい」


 今度は建具を見渡している。


「ふぅむ」


「どうですか?」


「いたってどこにでもある普通の建具ですね」


 ほけきょうはそれ以上は何も言わず同じように座敷内を見わたしはじめた。

 部屋を見終わると「姐さん。特にめぼしいもんはみつからねえな」とねんぶつが縁側から顔をだした。


「庭を隅々見てみたが、祠の類やお地蔵さんがあるわけでもねぇ。天井裏から床下まで見て回ったが、どうもきなくせえ物は見当たらねえ。不自然なほどなんにも見あたらねぇな」


 そういう青年の姿は確かに埃を被り真っ白になっていたり、所々泥で汚れている。本当に屋敷中くまなく見たようだ。

 いったい、何者?


「ふーむ」


 それを聞くとほけきょうは考え込み、やがて口を開く。


「まったく見当たらない?」


「まったくだねぇ」


 二人は腕組みをし、唸る。


「つまり原因ないっていうことですか? ないってどういうことですか?」


 二人の様子に不安を覚えた。

 彼女達はこの屋敷にはお化けなんかいないと判断しようとしているのではないかと、そう思ったのだ。そうなれば、先ほど話した自分の体験談は性質の悪いいたずらと捉えられてしまうのではないかと心配になった。

 そんな広海の心境を見てとったのか、ほけきょうは腕組みを解き、口を開いた。


「もちろん、今の段階では見当たらないというだけで、どこかに種が隠れているのかもしれません」


 ほけきょうの凜とした声が通る。


「今の段階では、情報もすくないので断定できない。それに、あなたは怪異を体験しているにも関わらず、それでもここに留まろうとしている。ここから出ていくことができない何か理由がおありなんでしょう? そこで、私がここに泊まり、怪異を見極めることとしましょう。もう外も夕暮れ時、【怪異】がおとずれる時間ですし」


 ほけきょうはそう告げた。

 縁側から見える庭先を見た。確かに、夕暮れに染められた庭が目に入る。

もうこんなに時間が経っていたのか。

 ほけきょうの提案は、ありがたいものだった。


「泊まるって姐さん、師匠にはなんて言うんだい?」


 青年は少々困ったような表情で、すでに泊まる以外のことを考えていない姐弟子に不平をもらす。


「ねんぶつ。師匠のことは頼みましたよ。春のパン祭り」


 女はニヤと笑い、青年に視線を送る。

 青年はそれに肩を落とし、「へいへい」と、視線を遮るように手をヒラヒラと振る。


「わかりやしたよ」


「あの、いいんですか?」


「いいのです。師匠に小言をいわれることよりも、私はこっちのほうが大事ですから」


 ほけきょうのその言葉は何よりも頼もしいものだった。

 ねんぶつはほけきょうと何事か言葉をかわすと帰っていった。

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