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恐ろし屋  作者: 九重 まぶた
8/19

二人と共に屋敷へ

 話終えたことに少しほっとした。ちゃぶ台に置かれている湯飲みを手にとり一口飲んだ。熱いお茶がじんわりと体を温めてくれる。

 

 人に話したことで少しだけ気分が楽になったのか、肩の力が抜けているのが分かる。

 

 その話は、暗い陰鬱な響き持ち、聞いた人間の顔に嫌悪を張り付かせるには充分なものだろう。この話を本当であると受け止める人間がいればの話だけど。

 湯のみをテーブルに置くと、広海は視線を二人に向けた。

 

 青年の顔には思案気な様子がある。隣に座る女性も人差し指を口元に添え何かを考えるように俯いている。二人は話が終わったことに気づくと、顔をあげた。


「ふーむ。いやあ、おいらは結構ビビッたねぇ。そんないきなり出てこられたらこっちだって心臓が止まっちまうなぁ」


 ねんぶつは沈黙と無縁なのかすぐにその顔には笑顔が戻る。

 ほけきょうは静かにその場で正座をし、頭を下げた。

 広海は急な行動に驚いていると、ほけきょうは言った。


「まずは、この貴重なお話を聞かせてくれたことに感謝します」


 その謝意に広海も慌てて頭を下げようとしたところ、それを遮るようにほけきょうは顔を上げ言葉を繋いでいく。


「そして、このお話を聞かせていただいて気づいたことを少しばかり……まずは、庭師の方が屋敷で怪異に遭遇したことがないという話、そして、不動産屋の屋敷の歴史の話、これらはまずは除外させていただきます。理由は、事実かどうか判別しにくいというところですね。それを除外させていただいて、気づいたことを。

一に、怪異は広海さんが屋敷に引越ししてきた日から起こったこと。

二に、怪異は夜に起こるということ。

三に、怪異は屋敷に出ること。

四に、怪異のその姿は毎夜違うということ。ですね。もちろん、広海さんのお話が事実であればの話ですけど。そして、その事実をふまえたうえでの現在の状況です。広海さんは見たところ今現在は無事である。ということ」


 ほけきょうはきっぱりと告げる。

 広海は彼女のいわんとしていることが今一理解できなかった。


「つまり――、どういうことでしょうか?」


「今の段階では、分かるのはそれだけということですね」


 ほけきょうは淡々と告げた。


「これからも無事である可能性は」


「これだけの流れだけではそれはわかりません。もしかしたら、これからも無事であるかもしれませんし、逆に無事ではすまないかもしれません」


 女に指摘され、広海は考えこんだ。


「では、どうすればいいと思いますか?」


 女は瞼をひらく。その眼球が妙に爛々と光っている。


「広海さんがよろしければ、屋敷を拝見させていただいてもよろしいですか?」


 ほけきょうは広海の問いには答えずそう提案をした。

 その眼があまりにも爛々と輝いているので広海は少したじろいだが、自分にはどうすることもできない事実と、見てもらえるのならばお願いしたい。

 広海は頭を縦に振る。


「お願いできますか?」


 女は口角を吊り上げる。


「では、あなたのお宅に伺いましょうぅ」

 

       ※※※


「ほえ~、いい家だねぇ、こいつぁー、おでぇれたぁ。師匠の古くさい家と一緒だ」


 ねんぶつは、興味津々と褒めているのか皮肉っているのか分からない言葉で室内を見渡した。

 ほけきょうは玄関の前で佇み、室内を見渡している。

 その視線は油断のないもので、小さな綻びさえ見逃さないといった顔をしている。


 彼女はなんと霊を感じることができるということを、道すがら青年が教えてくれた。

 ほけきょうが家を見たいと言ったとき、広海はそれでどうなるのだろうと疑問を浮かべたのも事実だった。青年はそんな私に、忘れていたというように手を打ち教えてくれたのだ。


 彼女には変な力があり、霊の存在を感じることができるのだと。

 広海は素直にそれを受けいれることができた。あれだけおどろおどろしい人間に霊感の一つや二つあってもなんら不思議ではないと、いやむしろあって然るべきだとさえ思った。

 それだけ彼女に対する印象が強烈だった。


 ただ、そんな彼女が、なぜ落語という分野を仕事にしているのかが、今一判然としなかった。搾りカスのような知識によれば、落語って少なくとも、落語というくらいだから笑い話を話す人たちのことじゃなかったかと、疑問が浮かんだのだ。


 ねんぶつはカラカラと笑う。


「確かに、落語っていやぁ、まずお客を笑わせるくだらねえ噺が主だ。でもそれだけじゃあねえ。その中には泣ける人情噺があったり、身の毛もよだつ怪談だってある。落語って一口にいっても色々あるんだなぁ。それに噺家それぞれ得意とするジャンルや演目ってぇのがある」


 腕を後ろ頭で組んだねんぶつはこちらに、にっと笑みを向ける。


「じゃ、じゃあ、ほけきょうさんは怪談を主に話す、落語家さん?」


 広海はそれならばとすっと腑に落ちる。後ろから憑いてくる彼女を見れば、その雰囲気は、怪談というジャンルにぴったり所か、がっちりと嵌って放さない感がある。

 いや、むしろこれ以上に嵌るジャンルなどないだろう。

 ねんぶつはそんな広海を見て苦笑する。


「それが、姐さん、怪談が専門ってわけじゃぁねえんだ。いや、むしろ滑稽噺を好んでいるな」


 苦笑混じりに言った。


「へ?」


 広海は今度こそ困惑を浮かべた。いったい何を言っているのか意味が分からない。

 ほけきょうさんが、滑稽噺? 広海は頭の中で想像しようとすると、どうしたって、怪談しか浮かばない。


 ねんぶつはそんな広海の心中を見透かしたように「くくく」っと笑った。


「??」


「まあ、色々あるってぇことですよ。この浮世にゃぁ」


 いまだ腑に落ちないが、ねんぶつはそれで話はおしまいとばかりに腕を組んで口を閉じた。ただ、その顔にはにやにやと笑みを浮かべたまま。


「……み、さん。広海さん?」


 隙間風のような声とともに左肩にふっと重みが加わる。背筋がぞわりと逆立ち、反射的に仰け反った。

 ふり返れば、そこには陽炎のような笑みを浮かべたほけきょうがこちらを覗き込んでいた。


「……ほ、ほけきょうさん?」


「?? 何度もお呼びしたんですけど。一向に気づく気配がなかったもので。私は、もしや三途の川でも渡ってしまったのかも? と思い……。なんちゃって。くくくくく」


 女は着物の袖で口元を隠し、何が面白いのかしきりにこちらを見て、笑みを浮かべている。

 え? 何これ? 冗談? 冗談にしては、恐いわ。

 反応に困っていると、ほけきょうは少ししゅんとした。そして口をひらいた。


「広海さん。お化けが出たのはどの辺りですか?」


「あ、はいこちらです」


 ほけきょう達をまずは茶の間に案内した。

 お茶の間から台所、勝手口、勝手口の外と、ほけきょうは何かを探すように草木の物陰も這いつくばるように入念に覗き込んでいる。

 いったい何を探しているのだろうと広海が思うと、隣に佇むねんぶつが口をひらいた。


「あれは『噺の種』を探してんのさ」

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