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恐ろし屋  作者: 九重 まぶた
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恐怖体験聞かせてください

喧騒が行き交う昼下がり。どこにむかうでもなく歩いた。

思わず飛び出して来てしまったけど本当にこれでよかったのか。


私は取り返しのつかないことをしているのではないだろうか? 


ただ、なんとなく納得ができなかった。なんだか、何かに文句をいいたくて、やるせない怒りが腹の底に噴きだまっていた。


 街をあてもなく歩き、人々でにぎわうアーケード街、店先では店員が、店頭にならべた春の新商品を売り込んでいる。


笑顔で客と日常会話なんか織り交ぜ、自分のとこの商品を進めている。

つい数日前は私も毎日、仕事をしていた。


 上司にいやみをいわれながら、毎日のノルマに追われる。精神的につらいものがあったのは確かだけど、今はなんだか自分が社会からはじき飛ばされていることを見せ付けられているような気がして、思わず唇を噛んだ。


 もう一度、人生を立て直したい。

 このまま、実家に戻れば、きっと母は優しく何も聞かずに私を迎えてくれるだろう。迷惑をかける私に母は優しく微笑んで抱きしめてくれる。


 溜息を吐いた。


 借金をなんとかしないと。今はやはり帰ることはできない。

 でも借金を返すためには、やはりあの屋敷ほど条件のいい物件は見つからないだろう。

 あの屋敷から出て行く踏ん切りがつかなかった。

 だからといって、あの屋敷に戻る気にもなれない。


 広海は、路頭に迷うように街をさ迷った。

 どこをどう歩き、どこの路地に入り込み、どう曲がったのか、記憶には残らず、ただ歩いた。途中、誰かにぶつかった気がした。広海はぼそりと「すいません」と誰にともなく、謝った。意識の外で、誰かが舌打ちするのが聞こえた。


 喧騒が背中を遠ざかっていく。

 どれだけ歩いていたのだろうか。はっと顔を上げると、そこは見知らぬ場所だった。


 周囲は住宅街のようで、一戸建てが多い。どこにでも見かける景色のために、一度入り込むといったい自分がどこにいるのかさっぱり位置がつかめない。


 本当に迷ってしまった。

 迷子の子供のように、たたらを踏んだ。

 ジャケットのポケットに手を突っ込み「えーと、携帯……」手にはなんの感触もなく、空っぽの手触りしかない。「――持って来てない」


 目を覚まして、その足で家を出てきたんだった。


「た、確か、こっちから歩いてきたような…………」


 おぼろげな記憶から探り、足を向ける。

 場所は確かに変わっているはずなのに、印象ではまったく変わっていない光景に、心は多少の焦りを覚える。


「とりあえず、大通りに出れば……、場所がわかるはず」


 なるべくまっすぐ歩く。ただ、行き止まりやT字路などで、いやおうなく、曲がる。曲がれば曲がるほど目的地から遠ざかっていくようで、心細さに胸が苦しくなっていく。

 遠くで人が話している声を聞きつけた。


「……!」


 まるで天上から垂れ下がる蜘蛛の糸をみつけたように走った。


「―――――――――あのっ、すいませ――――?」


 足は、ある家の前で止まった。

 

 家の前の塀に、一枚の張り紙。

 

 その張り紙に「あなたの恐怖体験聞かせてください。場合によっては、除霊も可」と、達筆な筆文字で、普段であれば視界にもいれない文句が書かれていた。


「除霊も、可能?」書かれた文字を、そのまま呟いた。


 その言葉が、すとんっとお腹の底のほうに落ちた。

 普段であれば間違っても、足を止めることなどしない。視界にはいったとしても眉を潜め、住んでいる住人の神経を疑い、めずらしいものを見かけたとその日の話題でちょっとだけ花を咲かせるくらいのものだ。


 諦めるの早いのかもしれない。

 普段はそんな扱いの、光景も、今の自分にはそれこそ天より垂れ下がる蜘蛛の糸のように思える。問題は、どれくらいの金額が掛かるのだろうか? 話だけでも聞いてもらえるのだろうか。その場合も、お金が発生するのだろうか? 詐欺という可能性もある。

 いや、詐欺の可能性のほうが高いだろう。


 広海は、その家の玄関の前で、通り過ぎては、舞い戻りを繰り返していた。

思い切って、チャイムを鳴らしてみようか? 

 でも、変な人がでてきたらどうしよう? いや、変な人が出てくることのほうが可能性としては大きい気がする。でも――。


「ふふ~ん、ふふん、ふふふん。おいらは世紀のルルルル~。口八丁、手八丁~。ああ、そこの娘さん? 家に御用ですかい?」


 それはよく通る声で、どこか調子のよい感じがした。

 突如自分に掛けられたその言葉に春の風が吹きぬけるとともに、多少驚きを滲ませつつ、振り向いた。


 桜の花びらが、唐草模様の着物に舞い落ちる。

 一点の曇りなくさめざめと晴れわたる空の下、風に吹かれる栗色の髪の毛がふわりと揺れる。上機嫌に鼻歌を口ずさむ青年が、コンビニ袋を肩に掛け、着物の裾を靡かせながら、からんころんと下駄を鳴らして歩いてくる。


「空にはお天道様が顔をだし、今日も平和だ、いい日だね。街はいつもどり騒々しくこいつぁ大変に盛況だ。いや、これは別嬪さん! もしかして、入門者かな? なわけないか」


 どこか芝居がかった口調にカラカラと青年は調子よく笑った。その人なつっこい青年の笑い顔に、一瞬だけ心が安らぐのを感じた。私よりは年下だろうか? 


「……それで、家に御用でぇ、いいんでやすよね?」


「…………っあ、は、あの、これなんですけど!」


 慌てて壁を指さす。もちろんそこには貼紙。

 青年はきょとんとその先に視線を、移す。


 しばらくそれを見つめると、今度はこちらに視線を移す。

 今度は顎をぽりぽりと掻き、思案顔。


「…………これっていうのは、この貼紙でやすよね? するってぇと娘さん、恐ぇ話を聞かせてくれるってことでやすか? はあぁ、まさかこんなもんでねぇ。あ、娘さん誤解しねえでほしいんですけど、決して馬鹿にしてるわけじゃぁないんだ。はぁ、分かんないもんだねぇ。普通はこんなの素通りするか、苦笑するか、それとも今日の話題に一花咲かせれるくらいだと、おいらは思ってたんだけど、いや、世の中、分からねぇから人生はおもしろい」


 青年は何事かひとしきり思案しては、こちらを見ては首を捻るなりを繰りかえす。度々漏れる青年の言葉に、少し引っ掛かる失礼な言葉が紛れていることに、なにをどう言えばいいのだろう、別の意味で、腹の底でふつふつと黒い感情が沸きあがる。


 もう一つ、可能性を忘れていた。

 それは、いたずらだ。

 

 広海は青年の口ぶりからそう察し、その場を通り過ぎようとする。


「あれ、どこいくんだい?」


「どこって、帰るんですけど」


「あんた、恐ぇ話をしてくれんだろ?」


 栗毛の青年は、急に態度の変わった広海にきょとんとした顔になる。


「面白半分に聞かれても、時間の無駄ですから。こんな、性質の悪いいたずらして、不愉快です」


 立ち去ろうとすると、青年が困った顔で行く手を遮る。

 手を合わせ、拝むように頭を垂れた。


「いや、すまねえ。おいらもちーっと口が過ぎた。この通り! なっ、許してくんな。決していたずらとかじゃねえんだ。どっちかと言うと、大真面目なんだ。このまま、あんたに帰られえると、おいらが後でひでぇ目に合わされらぁ」


 青年は懇願する。そのあまりの必死さに広海は思わず圧倒され足を止めてしまう。

 ひどい目に合わされる? 誰に? 


 広海はなんとなく察した。この青年はいわゆるこのお宅の霊能者の助手みたいなものなのだなと。

 青年がちらりと焦げ茶色の瞳でこちらを伺っている。その様子がおかしくて、ちょっと吹きだしそうになった。さっきまでの苛立ちはどこかに飛んでいってしまう。


 それに、青年のこの様子だと、貼紙の内容は一応は、確かなものみたいだ。

となんとなくそう思った。


「……じゃ、じゃあ、話だけでも聞いてもらおう、かな?」


「――本当かい?」


 青年が拾われた子犬のように瞳を輝かせた。

 心境的になんだか立場が逆転したようなやりとりにまた吹きだしそうになる。本音を言えば、誰でもいいから話を今すぐに聞いてほしかった。友人のいない広海とってはそれすら難しく、両親なんかには口が裂けても言えない。


 渡りに船とはこのことだと、広海は使い方があっているのか分からぬことわざを浮かべた。


「あの、料金は?」


「……料金?」


 広海を家のなかに案内しようと、腰を曲げ、手を中に向けていた青年が、思案し、思いだしたように、ぽんと手を打った。


「いや、話を聞かせてもらうのに、金なんかとらないぜ」


 と、にんまり笑う。


「でも、ここって、霊能者のお宅でしょう?」


 青年は広海の言葉に首を傾げまた思案する。

 首をもとに戻すと青年は口を開いた。


「いや、ここは噺家の先生の家だ」


 と、青年は言ったのだ。


「……噺家?」


「おいらは、ねんぶつ。噺家、見習いよぅ」


 青年は春風のように笑った。

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