表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/58

グランドという世界-02 次の街へ

 世の中には、殺しても死なないと評される人がいる。親父と諏訪山教授もその類いの変人だ。内蔵打ちはやり過ぎたんじゃないかと思ったけれど、本人が言ったように油断してたら瀕死直前な目に遭ってたのは俺なので、あれくらいはやって当然の返礼だよな。


 なんて事を考えるくらいには余裕が出来てきた。


 あれから4日。


 早朝の森の中。俺は大きな木の根っ子に腰掛けて、バッグをまさぐりながら湯が沸くのを待っている。簡易コンロ、でいいのかな。この世界の魔道具ってスゲー便利。


 教授が寄越したボディバッグは所謂いわゆるマジックバッグで、まあ色々な物が詰まっていた。


 あの日、真っ先に探したのは安全な逃走ルートのメモか地図で、ああいう段取りを整えていたんだからあるだろうと確信していた。


 で、手を突っ込んだら中身の情報が頭に浮かび、え、あれは? これは? と考えるたびに映像で返され、ふと、どれだけ入るのだろうと思ったら、一瞬だけ星が見えてからノイズが走り、冒険者ギルドの建物が表示されたという実にチート臭いアイテム。グランド謹製だろこれ。


 ただ、最初の3日間は移動のみに費やしていて全てを見た訳ではなかった。森が点在する平原の景色となった4日目の今日、ようやく王都圏を脱したと判断して、サバイバル生活の準備のため、改めてバッグを確認したのだけれど。


 食料が豊富なのは初日でわかっていた。サンドイッチや器に入ったスープ類に飲料水などと中々のバリエーションで入っている。時間停止もあるから、普通に食べて1週間、自然の恵みに頼りながら節約していけば1か月は余裕の量だ。


 薬が数種類。

 軟禁期間の授業では劇的に治るものではないと聞いていたけれど、この世界の常識が大きくズレているのであって、骨折が2晩程度で済むなら劇的を超えた奇跡だと思う。使わないにこしたことはないけど、あれば心に余裕が出来る。ありがとうございます、教授。あとホレ薬と書いてある瓶は何なのでしょう。2重の意味で怖くて処分もできません。


 そして、現金(通貨単位はドルエ、記号はd)。

 紙幣は万券80枚、千券10枚用意されていた。硬貨も全種類。銀貨20枚(2000d)、銀穴貨ぎんけつか10枚(500d)、銅貨20枚(200d)、銅穴貨どうけつか10枚(50d)、軽鉄貨けいてつか10枚(10d)。計2760d。授業中に金貨は無いのかと聞いたら、あるけど金貨1枚と万券10枚が等価だと言われた。それなら便利な紙幣を使うよな。さてさて約80万もの大金。レートは日本と同じに考えていいから、数ヶ月は無補給で行けるんじゃないだろうか。つか短時間でこんな額を用意出来たって事は……これ、たぶんマリア王女の計らいだ。決定権が無いと自虐的に言ってたし思う所はあったんだろうな。ありがたく使わせて頂きます。


 他には、と。おお! 着替えもある!

 服は調達しないとと思ってたから嬉しい配慮――いや、教授の事だ。あの人は無駄な事をしないから嬉しくない想像をしてしまう。

 ……………………。

 OK。全部は見ない。

 まあ、変装用のウイッグが幾つかあるのは流石だなと。濃いグリーン系を被っておこう。流石に着替えないとマズイんだけど、なにもかも女物しか無ぇ。予行演習って、こーゆー事だったんだな。さっきの感謝を返して下さい、教授。俺のは胸じゃなくて胸筋です。そして、小さかろうが付いてるんです。


 虚しい突っ込みを終えたらお湯が沸いたので、インスタントコーヒーを淹れる。ポットはそのままバッグに。


 地図の小冊子を取り出して魔力を供給。立体映像が現れる。地球儀のように手で回して、なんとなく、現在地と目的地を交互に眺めた。


 この映像はグランドの謎技術の1つで、映像なのに触る事が出来る。しかも展開した本人が許可しない限り誰も見る事が出来ない。これはギルドカードを所持というか体に融合させた者だけが利用出来る技術で、カードやステータスボードの仕様を基準に作られている。


 ステータスボードを表示して触れてみる。感触は魔力の塊と同じだから、厳密には映像ではないのだろう。でも他人は見れないし触れる事も出来ない。どうなってんだろうね。

 ステータスボードの表示位置は固定で、意識するか手でスライドさせれば移動も可能だけど、持ち主を起点とした一定の範囲を逸脱いつだつしないという仕様も謎だ。


 ギルドカードを呼び出して地面に置く。感触は他と全く同じ。こちらは自由に置くことが出来るからステータスボードの方が異常なのだと思う。面白いのは、適当に投擲とうてきすると、ブーメランの様に戻ってきたりする。置き去りにした場合はその場で消えるか、何故か目に向かって飛んで来て消える。初めてやられたときはビックリした。


 地図、というか地球儀――グランド儀に目を戻す。地球と良く似た構成の大地と海。全体で見ると6大陸だけど、ギリギリ地続きと言い張れる場所もあって、3つ、2つ、1つ分のそれぞれを1つとした3大陸とされている。このうち魔族の住んでいる大陸が、3と1。人族の住む大陸が2と1。

 魔族と人族の大きな違いは、内包する魔力量なのだと言う。その証明として挙げられるのが目の色で、人族にも先天的に赤い目をもつケースがあり、その全てが高い魔力を有する。


 だったら元を辿れば同じ種族と結論付けてもいい気がするんだけどなあ。


 しかし。


 はるか昔は単に人間でありそれ以外の区別は無かったのに、持つ者と持たざる者で軋轢あつれきが起きるのは世界が違っても変わらないようで、あるときから魔力の高い、赤目の人を魔族と呼んで迫害する動きが見られるようになった。

 それに腹を立てたミッドグランドの住人は、自ら魔人族と名乗るようになり、以来、魔人族か、通称の魔族を使っている。


 ミッドグランドとセントグランド。国の名前が似ているのも不仲と無関係ではないのかもしれない。それぞれに言い分はあるのだろうけど、さ。


「もしかして元祖と本家じゃね?」


 思わずこぼれた言葉に、はっとする。


 ……面倒な未来しか浮かばないので、この世界では口にしないでおこう。


 ああ、コーヒーが美味しい。





 俺は街道から少し離れた草原を移動していた。


 王都の周囲には衛星都市の様な行政区がある。北にヌオス、東にエスト、南にサーウ、西にウエス。俺が向かっているのはウエスだ。距離は50から60km。

 教授のメモでは「そこまで行けば普通の乗り物もある【らしい】。こちらは魔法魔術が発達しているため、根本から違う移動手段があるかもしれない」との事。

 わざわざ隅付すみつ括弧かっこで強調しているのは、裏付けが得られなかったのだと思う。


 んーーーーーー。


 いや、ぼんやり歩くのもなんだかな、ってんで紙飛行機を作って遊んでたんだよね。魔力で。


 あとはもうお察しだよ。大きくするしかないでしょう。


 んで、高く上がりすぎると危ないから地面効果翼機を作って、無駄を省いてったら空飛ぶ絨毯みたいなのが出来ちゃった。てへっ。


 使い捨ての翼腕で空気をかいてやれば揚力を維持できるし、魔力操作のトレーニングついでに距離を稼いじゃう代物。今ならなんと!…………。


 あーーーー何も浮かばねーーーー。


 独り旅って辛いなーーー。


 なんとなくステータスボードを立ち上げる。


 パーティーメッセージが溜まっていた。登録初日の練習で白き瞳さんに編入されたままなんだよね。


 申し訳ない気持ちでいっぱいだから、ずっと見てなかった。自分で決めて飛び出したのに見限られるのが怖いんだよ。情けない。


 だけど、それならそれで、1つの締めくくりとしないと、お互いに引き摺るだけだ。


 意を決して開いてみる。


 ………………。


 ああ、みんな優しいなぁ。心配してくれてるんだ。俺はあの日、覚悟を決めていながら黙ってた裏切り者なのに。


 ははっ、イブさん。捜してる、今なら説教だけで勘弁してあげるから帰って来なさい、て。うん、ごめんなさい。いつか。いつか纏めて怒られることにします。ごめんなさい。


 リアさん、なんかすげー長文なんだけど。心配かけるな、帰ってこい、て。いっぱい考えてくれたんですね。ありがとうございます。今ではないけど、かならず帰ります。


 ネムさん、すごく淡々とした言葉で、でも、心配する内容で、本気で捜してる、て。テキストは人柄が出るって言うし、あなたも白き瞳のメンバーなんですね。俺は大丈夫です。ちゃんと帰ります。


 サラさん。怒ってますか? 怒ってますね。うん、騙してごめんなさい。うん、覚悟してます。ちゃんと帰るので、その時は、いっぱい叱って下さい。



 それぞれに返信して、ボードを閉じた。


「ふう。……うしっ!」


 両手で、パン! と顔を張って、前を見据える。


 この分だと、今日は30kmくらいは稼げそうだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ