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実感

 転移した初日こそ穏やかな時間が流れたものの、すぐには帰れない事情が出来たとかで教授は魔族の学者と調査にかかりきり。()()()()()()()()豪華・・()個室・・に通された俺は、鏡の強制イベントを経てから異世界について色々学ばされる日々を過ごす事になって、はたと気付いたときには10日が過ぎていた。


 いつも通り運ばれてきた朝食を詰め込みつつ逃げたくても逃げられない現実と葛藤かっとうしていたら、初日ぶりに教授が入ってきた。


「おはよう。こちらについての勉強は進んだかい?」


「…………ご機嫌ですね。友人の息子を売り飛ばして食べるご飯は美味しかったですか?」


 そのせいで俺は酷い辱しめを受けたというのに、教授は好きな研究が出来てていいですね。


 教授は眼鏡をくいっと上げる動作をした。


 無いんだけどね、眼鏡。


「因果応報という四字熟語を覚えているかな?」


「教授からは『因果を絶つため報復にも応じてトコトン叩きのめす』と教わりましたが世間的には学校で習った内容が正しい、という事も含めて理解しています」


 おおかた「勝って因果を絶ったマリア王女が正しい」と丸め込むつもりだろうけど、そうは行くか。


「正しく育ってて何よりだね。勝手に扉を穿たれたマリア殿下は被害者だよ。逆上して殴りかかった君が悪い」


「…………あれ?」


 なにこの正論。ぐうの音も出ないんだけど。


 いや。まて。


 扉を付けたのは俺じゃないし、そもそも何の説明も無く転移に巻き込まれただけでなく珍妙な体にまでされた俺って1番の被害者だよな。これは法に訴えれば勝てるだろ。


 ああ、まだ帰れないんだっけ。この国ではどうなのかな。あとで目の前の人以外の誰かに聞いてみよう。


「実はマリア殿下がね、そろそろ勉強に嫌気がさしてるだろうし城下町見物でもどうかと提案してくれたから呼びに来たんだけど」


「あ、行きたいです。是非」


 俺は食べかけの朝食もそのままに椅子から立ち上がった。


 なんせ窓の無い部屋で10日も過ごしてきたんだ。外に出られるなら、それだけでありがたい。


 ……つか豪華なだけで実は牢屋だろ、ここ。


「ただねぇ。師に嫌味をぶつけるほどストレスを溜め込んでいるのなら、解消の運動に付き合うのもやぶさかではない訳だ」


 俺は椅子に座った。ごはんは残しちゃダメだよね。


「とんでもない。異世界に来て学ぶ喜びに目覚めました。今日の授業が楽しみです。ああ、ご飯が美味しい」


「訓練場が幾つかあるそうだから借りるとしよう。屋内の、1番狭い所を」


 う~む。聞く耳持たずかー。この強引な流れはよくないぞお。


 ここは新たに手に入れたカードを切るとしよう。かなり屈辱だけど。


 俺は今着ている、ぶかぶかの服を指した。これは一般兵士の制服だけど、とにかくサイズが合わない。


「教授。師範、実は俺に合う服が無いそうです。今もこの通りパフォーマンスが低下しているので、お気持ちはありがたいのですが、せっかくの稽古が無駄になってしまいます」


 実は最適化干渉が骨格にも影響を及ぼしていて、悔しいけれど俺の体は、限り無く女性体に近かった。それはそれはもう、マリア王女が真面目な顔でメイド服を勧めてくれやがったくらいに。


「うん、魔族は男性女性の体つきがハッキリ別れているからね。当然、服もそうなる」


「そういう事です」


「そういう事だよ」


「………………は?」


 師範の笑顔には何かが含まれていて。なんと言うか、嫌な予感しかしねぇ。


「女性用でもスポーティなパンツルックくらい当たり前にあるし、外に出る予行演習だと思えばいいさ」


 午前中は、屈辱的な服装で鍛練を行う事になった。





 午後になってマリア王女の執務室を訪れた俺は、改めて着込んだぶかぶかの兵士服に空気を入れたみたいに膨れていた。


「くっくっく、それで予定が遅れたと? アキラはアホの子だったようじゃの。因果応報と言われたなら『それはお前だ』と返せば済んだであろ?」


 その返しがあったかーー……


「……否定はしません」


 自分でもアホだと思う。


 それに親父も教授に遊ばれてたりするしなぁ。親父アホの子という意味でも否定出来ない。


「というか、何で日本の四字熟語とか知ってるんですか。渡りのオーブが言葉の問題を解決したと言っても、それは俺らに作用するだけですよね?」


「ふむ、まだ聞いておらぬか。昔の話だがの、妾は日本に留学していたのじゃ」


「は?」


「こちらの慣習じゃよ。王公貴族から選ばれた者だけが様々な国に行っておってな、今も妾の従姉妹が日本におる。なんなら後でハルから聞くがよい。あやつ、かなりの情報を持っておるぞ。さて、時間も無いことだしの――ミレア、あ奴等を呼べ」


 ハルって教授の事か? 情報交換もしてるみたいだし、10日の間に随分親しくなったようで。


 畏まりましたの返事と共に扉を開けるミレアさん。  


 入ってきたのは4人の女性だった。全員お揃いのパンツルック。落ち着いた色調が白い肌によく合っている。


 なんか地球の私服と変わらないんだよな。違うのは、堂々と剣をいている――この世界じゃどうなんだろ。吊るしていると表した方がいいのかな? まあ携行でいっか。でも。ということは。


「護衛も兼ねた案内役として冒険者を手配しておいたからの。この者らと楽しんで来るがよい」


 もしやと思っていたら、やはり冒険者。


 俺は少しだけワクワクしながら、王女の厚意に甘えさせて貰った。






 城内は大人の事情で面倒だからと通るのをやめ、直接城壁の外に出ることとなった。


 俺の前に1人、隣に1人、後ろに2人。さりげない距離で護衛してくれている。これは普段と同じフォーメーションなのだそうな。で、中衛の位置に俺を置いたと。……全員、俺より頭1つ高いのが気になるけど、うちの遺伝子が仕事をしてくれないので、こればかりは仕方がない。


 前にいるブラウン系のポニテがリアさん。とても寡黙で落ち着いていて、職人みたいな雰囲気を感じる人。前衛なのにリアとはこれ如何に。


 隣のオレンジ系ボブショートがサラさん。まだ敷地内だというのに時折腕を引っぱりつつ爆弾を押し付けて来る意図は何なのか。


 俺の左後ろ、青っぽいグレイのベリーショートがネムさん。めっちゃ元気で徹夜とかいくらでも行けそうなのにネムさん。胸部装甲は希少価値のステータス。


 そして俺の背後にいるアッシュグレイの髪を胸に垂らした人がイブさん。ウに濁点じゃないんだね。こちらはなんとマリア王女の妹だ。つまりイブ王女。そしてこのパーティ『白き瞳』のリーダーでもある。


 パーティ名の由来を訊ねたらなんでも白色は正しさの象徴だそうで、決して行く道を違えないという誓いだと真顔で説明された。俺は感心すべきか突っ込むべきかと困惑したよ。だって魔族って赤い瞳しかいないんだもん。


 そんな事を考えているうちに王宮と王城を囲む城壁を抜け、心地よい風に包まれた。


「で、アキラちゃんは何が見たいのかな?」


 サラさんが爆弾を押し付けてくる。


 ちゃん付けに物申したいけれど、それどころじゃなかった。


「……驚嘆すべき光景が広がっていて思い浮かびません」


 ここが周囲より高い場所にあるからなんだろうけど、風の存在すら忘れるほどの、圧倒的景観。


 地平線まで見渡す限りの街――いや、この規模だと都市か。


 でも。


 教会らしき建物が3ヶ所、5階くらいの建物も3ヶ所。この配置には意味があるのかもしれない。そして、ずっと遠くに防壁らしい高い壁。それらより高い建造物が、無い。


 広い道路と狭い路地が整然と並び、そこを行き交う人々は遠目にも活発とわかる。


 整然としているのに雑然。雑多なのに無駄が無い。都市がまるで1つの生き物のようで。


 その生命力に満ちた光景に、俺は言葉を失っていた。


「アキラ君がポカーンとしてるところ、めっちゃそそるわー。なんか今なら行ける気がする! あうっ! あいたー! リーダー拳骨は酷い!」


 なんか後ろで凄い音がしたんだけど。「ゴッ」じゃなくて促音そくおんの無い「ゴ」という音が。


「この子は客人だと言ったでしょうが。アキラ君、丁度いい時間だから少しここで待ちましょう」


「丁度いい?」


 俺は振り向いてイブさんを見た。


「うんうん、そうしなよ!  そりゃーもー壮観だからさ! おねーぶばっ」


 イブさんの裏拳がネムさんの顔面に。いやあ、キレーに入ったなー。おおう……肌が白いから鼻血の目立つこと。


「アキラ殿。鐘が鳴ったら始まります」


 俺はまた振り向く。


 先導していたリアさんが戻って俺の横に来た。あ、もしかして視界を開けてくれたのか。


 遠くで鐘が鳴る。


「あ、ほら、アキラちゃん!」


 サラさんが指差した先では


「…………え、なに? は? 馬車が?」


 都市のいたるところから、公園の鳩が一斉に飛び立つようなビジュアルで、無数の馬車が空中に向かって走り出していた。


 まるで道路があるかのように整然と連なり、様々な方角へと駆けて(?)行く様子に圧倒されていた俺は、何か呟いたのかもしれない。だけど、呟けなかったかもしれない。


 俺は今――異世界に来ているのだと、ようやく実感していた。 


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