鉄板の魔力は平等にですわ!
「ありがとうございました〜」
西長堀駅から徒歩5分、カドヤ食堂本店の扉を出ると満足気に笑を浮かべる。
赤地にシンプルな中華そばの文字が書かれた看板を振り返りエリカお嬢様がドヤ顔で蘭ちゃんに問いかける。
「どうでした、ここの冷やし中華は?」
「す〜っごく美味しかったですお姉様!」
「そう、良かった。今度来た時は本しゃもそばをご馳走しますわ」
すっかり懐いた従姉妹の言葉に満足気に頷くエリカに戸田は呆れ顔だ、なぜ大阪の案内で最初が町中華やねんと心の中でツッコミを入れる。まぁ、猛暑日が続くなか、冷やし中華は美味しかったが。
この界隈ではちょっと場違い感があるピッカピカの黒塗りメルセデスに乗り込む。
「セバス、次は難波に向かってちょうだい」
「はい、お嬢様」
ニコニコと車のギアを入れるセバスさん。この炎天下待機状態だったとは思えない笑顔、う~ん、セバスさんはお嬢様の我儘に甘過ぎなんじゃないかと思いつつ、私も助手席でシートベルトを閉める。
クルクルリ、フワッ
「そして難波と言えばなんばグランド花月ですわ」
花月の前で両手とスカートの裾を広げながら笑顔で振り返るエリカ、蘭ちゃんはパチパチと拍手してるが、戸田としては今日は大阪万博かUSJに連れってたろと思って居たので若干苦い顔だ。
ガヤガヤ
「オール阪神巨人、最高でしたね!さすが50年も漫才一筋でやってるだけの事はあります!」
花月を出ると入る時とは逆に戸田が興奮していた、今日はオール阪神巨人の漫才コンビ50周年記念祭だったのだ、所詮は大阪の女だけにやっぱりお笑いには勝てない、大阪万博がなんぼのもんじゃい。
蘭も面白かったのか戸田の言葉に嬉しそうにはしゃいでいる。
「それにしてもお姉様、楽屋に顔パスなんて凄いです、巨人さんや芸人さん達と握手してもらえました!感激です」
「ふふ、花月は西園寺で席を常に確保してますから当然ですわ」
「そう言いながら、お嬢様は普段は恐れ多いとか言って楽屋には行かないじゃないですか」
「き、今日は蘭さんが居たから特別ですわ」
照れたお嬢様が耳を赤くしながら横を向く、あら可愛い。
お嬢様は舞台からも目立つその容姿で舞台の芸人さんには有名なのだ、そのうえ西園寺家では毎年多額の寄付をなんばグランド花月にしている、名前を出して楽屋に行けば絶対に喜ばれるのに勿体無い。
さて次はどこにと思えばすぐ近くだった。
「笑って小腹が空いた時はここ、洋食の重亭ですわ!」
本当にお嬢様こう言う小さめサイズの店好きだなぁ、もっとこうお嬢様らしくホテルの三つ星レストランとか…うん、ないな、お嬢様だし。
レンガ調の壁を見ながら白い暖簾をくぐる。
「今日は軽めに1.5倍ハンバークステーキ(270g)にしますわ、蘭さんここはオムライスもとても美味しいですの、チキンライスじゃなくて牛肉デミ…、おっとそれは食べてからのお楽しみですわ」
「じゃあ、私オムライスにします」
「戸田には言ってませんわ」
「はは、郁姉ぇとお姉様は本当に仲が良いですね、羨ましいです。でも私はお姉様と一緒のハンバーグ(180g)にします」
「ふふ、戸田は私の大事なツッコミの出来る相方ですからね」
「漫才師じゃあるまいし、相方なんて言い方はやめてくださいよ、例えるなら美人秘書でしょうが、美人秘書」
「「………ちょっと何言ってるかワカラナイ (ですわ)」」
オーダーを告げると、厨房から「はぁぁーい」と元気よく返事が帰ってくる。
パクッ
「ん~~~~~~~、肉汁が溢れてたまりませんわ!」
「このハンバーグステーキ、本当に美味しいです!」
「へぇ、チキンライスじゃなくてデミグラスと牛肉なんですね」
重亭のハンバーグを堪能した後はもはやお嬢様の縄張りと言ってよい新世界、通天閣に登って3人でビリケンさんを拝む、花の女子高生3人がビリケンに向かって手を合わせ頭を下げる、なんじゃこの絵面。
でも、お嬢様はここいらでは有名人らしく、歩いていると老若男女色々な人に話しかけられて結構恥ずかしい。
私がいない所でお嬢様は一体何してんだ?
誰だよ人力車の翔ちゃんって。
「ごめんね蘭ちゃん、お嬢様のせいで、落ち着かないでしょ」
「ううん、私凄く楽しいよ、なんか大阪に来たーって感じがする」
「そぉ?」
蘭ちゃんが笑顔なら良しとしましょう。
私の実家に戻るの車内、オレンジ色の夕日が眩しい。蘭ちゃんが嬉しそうにお嬢様に話しかける。
「お姉様、天狗で食べた串カツアスパラ、梅田駅のミックスジュース、どれもこれも美味しかったです!」
うん、蘭ちゃんって意外と食べるんだと今日初めて知りました。
「ふふ、それは良かったですわ。でも今日は大阪のソウルフード、たこ焼きとお好み焼きを食べていませんのよ」
あ、そう言えば食べてない、ついでにホルモン屋にも行ってないな。
「それは残念です、でも次に大阪に来た時まで楽しみに取っておきます」
「ふふ、今度は私が蘭さんがお住まいの東京に行きますから、その次ですわね」
「「えっ?」」
お嬢様が姿勢を正して一つ咳払いをする、どう言う事?
「蘭さんのお住まいの佃島と言えば隅田川河口を埋め立てた土地に、大阪の摂津国佃村から移り住んだ漁師さんが佃煮を広めたのですわ、だから住吉神社もあるんですわ」
「あぁ、住吉さん大阪にもありますもんね」
「そうは言っても最初は塩味だったものが千葉から入ってきた醤油のおかげで今の味になったようですわ」
お嬢様がごくりと唾を飲み込む。
「田中屋さんのマグロの佃煮、丸久のハゼの佃煮、とてもとてもご飯が進みますわ」
「えっ、あれ佃島の奴だったんですか」
マグロの佃煮は私も食べさせてもらったが確かに美味しかった、蘭ちゃんも地元だけに食べたことがあるのか頷いている。
「でも今は佃と言えば月島もんじゃですわ!私恥ずかしながらまだもんじゃを食べた事がございませんの、あぁ!噂に聞くもち明太子チーズもんじゃ、とても美味しそうな響きですわ」
「家の近くのもんじゃ太郎、美味しいですよ」
ジュルリ
お嬢様よだれ、よだれ。
「まぁ、もんじゃは今度蘭さんに案内してもらうとして、お好み焼きはもんじゃを食べた後で最高の物をご紹介しますわ」
なるほど、もんじゃ焼きのガイドをスカウトするつもりで今日はついて来たのか、そしてもんじゃを食べた後にそれを超えるお好み焼きを……お嬢様意外と負けず嫌いだな。海原雄山か、究極のもんじゃ焼きに対して至高のお好み焼きとか言い出しかねん。
でも私はもんじゃを食べた事あるけど、何だかんだ言ってもお好み焼き派だな。
新大阪1番ホーム、N700系のぞみ256号の前で東京に帰る蘭ちゃんを見送る。
「お姉様、東京に来る時は絶対に連絡くださいね、絶対ですよ」
「是非。蘭さん、これお土産ですのまだ温かいから帰りの車内で食べてね、とても美味しいんですわ」
お嬢様が蘭ちゃんに赤い箱が詰まったビニール袋を渡す。
「うわぁ、お嬢様それ551、そんなん新幹線で食べたら匂いで飯テロになりますよ」
「いっぱいあるから大丈夫ですわ」ニコリ
数の問題ちゃう。
「?、ありがとうございます!食べて帰ります」
ジリリリリリリ、パシューーッ
お嬢様と2人小さくなって行く新幹線を見送る。
結構慌ただしい1日だったなぁ、蘭ちゃんは満足してもらえたようで良かった、一応お嬢様にはお礼を言っておくかと横を見る。
「さて、新大阪駅、折角ですからヤマモトのねぎ焼きでも食べて帰りますか」
「私は食べませんよ」
「あら、奢りますわよ」
そう言う問題ちゃう。
「くそぉ〜、すじねぎ焼きめぇ!匂いで誘惑するな、ジュウジュウうるさいねん」
「店員さ〜ん、玉子のトッピングお願いしますわ〜♪」