柾目
夜もとっぷりと更けた頃、やっと勤めを終えて柾目は臥処に戻れた。
三十年に一度の大例祭の仕度に追われ、ここのところ休めるのは日を越えてからだ。
「疲れた……」
湯あみをして戻った臥処には、すでに寝息をたてた然が居る。
月明かりに照らされた顔は、高い鼻梁が影をつくっていて、半分見えない。
濃い灰色の睫毛が、月光を受けて銀色に煌めいている。
「気持ち良さそうに寝てるよねぇ」
私は睡眠時間が減る一方なんだけどーーーー
うふふ、と暗く笑う。
斎人ではない然が、規則正しく眠れるのは当然なのだ、ということはこの際忘れておこう。
顔をのぞきこみ、然の鼻をつまんだ。
「ッ……」
しばらくして、然の無い眉が苦しげに寄った。
眉間に縦皺がくっきり入る。
柾目は、摘まんでいた指を放す。
二、三度苦しげに喘いだが、然は目を覚まさなかった。
「暢気だねぇ。命を狙われても起きないなんて」
昔と大違い。
刻まれた皺を伸ばすように、眉間に人差し指をあてる。
斎夫なったばかりの然は、運命からなんとか逃れようと、全身全霊で柾目を、斎院を拒絶していた。
目ばかりがギラギラと光る、生意気な餓鬼。
柾目でも、簡単に押さえ込めてしまうほどの、やせっぽっちのチビだった。
それがどうだ。
今や臥処を、でんと占領するほどの大男だ。
「……ああ、もう」
身をこごめ、柾目は額を、然の胸につけた。
トッ、トッ、
規則正しく打つ脈が伝わってくる。
大の字に眠る然は、右側に寄っている。
左わきの下には、大きく空間がとってある。
「ばかな子」
苦しくて、柾目は奥歯を噛み締める。
バカな子。
あたりまえのように、柾目の場所をあけてくれる。
どれだけつっぱった態度を見せていても、柾目に居場所をくれる。
「5年だ、然」
お前を解放するよ。
「まさめ」
呼ばれて、はっと顔をあげる。
ねぼけまなこの然が、わずかに顔を起こし、こちらを見ていた。
「すまない。起こしてしまったね」
寝なさい。私も寝るから。
そう言うと、ぐっと手を引かれた。
「然っ」
抱き込まれ、顔を胸に押し付けられる。
いつの間に、こんなにみっちりとした胸板になったのだろうか。
まだ十七で、育ち盛りだ。これからもっと強靭な身体になる。
女たちが、抱き止めて欲しいと望むような、力強い男になる。
お前を解放してやりたい。こんなバカげたことから。
好いた女が居るのにと、うっすら涙ぐんだ子供を覚えている。
互いにのぞんだ事では無いけれど、共同体となったこの五年で、妙な情が沸いてしまった。
「……やすめよ」
掠れた然の声が心地よい。やさしくうなじをなでる指が温かく、気持ちいい。
然。お前の中に、私の居場所を空けないでくれ。
その窪みに身を横たえることを、当然だと錯覚したく無いのだ。
お前を、解放するよ。
ただ一つの命題のように、そればかりを繰り返し思った。