然(ゼン)
「離れろ!! 放せよ!!」
男に抱き込まれて寝るなんて、ゾッとしない。
然は精一杯、抵抗した。
「まあまあ、いいじゃない。今日から夫婦なんだし」
しらっと、笑顔で両手を回してくる男に、然は全身で抗うが、両の手足を縛られているので、威力は半減だ。
「ふざっけんなっ!! 何で、男とケッコンしなくちゃなんねーんだよっ」
「そんなの、私がききたいよ」
男の、紅い唇がとがる。
「君があそこで刃を抜かなければ良かったんだよ。
だいたいね、君はいいよ。夫だもの。
私はどうなるの。妻だよ」
「知、る、かっ!! 放せぇぇぇぇぇ」
「あがっ」
ガクン、と自分の身ぶりで目が覚めた。
暗い。
一瞬ここがどこか解らなくて、然は左右に首をめぐらし、自分の腕の中に在る体温に気がついた。
「柾目……」
せわしなかった然の動きにも目を覚まさず、すぅすぅと寝息は健やかだ。
ほっとして然は、暗闇に浮かんで白くみえる柾目の髪をすいた。
太陽の下で見れば、甘く艶をはなつ美しい飴色だ。
「夜明け前か」
なんとはなしに、その細い髪の毛を弄ぶ。
目が冴えてしまった。
再び眠りの精が近づく気配も無い。
隙間なく、ぴたりと合わさる柾目の背と己の胸が熱い。
あまりにも静かに、くたりと眠っているので、息をしていないのではないかと心配になって、柾目の口元へ手をあてる。
柾目の顔半分を覆う自分の手に、然は違和感を覚える。
いつの間にこんなにデカくなっていたのだろう。
さっきまで見ていた夢は、斎院に来たばかりの、幼い自分だった。ガリガリで、力のない子供。
柾目が力強い大人の男に見えて、怖れていた。
「こんな、細くて、ちっちぇのになぁ」
今では柾目の背を抜いて、体の幅も厚みも、然の方がある。
「5年、たつぜ。柾目」
五年まてと、お前は言った。
五年の月日を経てば、このいまいましい関係を解消できると。
だが。その日を待ちわびていたはずの然の胸にあるのは、喪失感だ。
「俺は、要らねぇか」
然にかえるこたえはない。