盾の入手方法
火口に向かいながらダンジョンの状況をサラムに報告させる。サラムが戦闘になった時にすぐに動けるように今度は自分の足で向かう。
サラムが俺に合わせて走っているのがとてもよく分かるがこれが今の俺の全力だ。転生した魔王の体は疲れを感じないが、速度まではレベルが上がらないとどうにもならないみたいだ。
「もうすぐそこまで来てますね。配置していた魔物が次々と無力化されてます」
「くっそ、どれだけ優秀な参謀がいたって俺より後に転生してこの速度では来れないだろ!」
死亡した事実を受け入れて、契約書の確認とサイン、転生後の状況把握に自己のプロデュース。真桜は契約書を確認して仮説を立てていたからこの速度でダンジョンへ向かえた。
新卒社会人になって短い期間で様々な理不尽というボスと戦い続けてきた真桜には、勇者が契約書も読まず即転生することまで想像できなかった。
真桜が魔物達に対して売り込んでいる間に、勇者は即決転生をしていた。愛理の無計画さは真桜と戦うことにおいては、なによりも最前の選択だった。
「先代勇者は魔王様討伐後も人間のために余生を使っていました。その間に何かしていたのかもしれませんね」
「勇者のやつ...契約書の情報を開示した...? 俺たち転生者の命綱なのに」
真桜は本当に頭がよく切れる。新入社からドブラック一直線だったのは彼が優秀だったからだろう。短期間でメキメキとスキルをみにつけていく彼は、転生したこの世界でも理解を示すのが早かった。
「契約書は保有者しか見えない。その情報をばらすなんて、好きにしてくださいって言ってるようなもんだ。魔王が装備を入手まではできることを知れば後継が酷い目にあうことくらい分かるだろ無能上司が...」
なんだか昔のことを思い出してむかっ腹がたつ。後先考えずに仕事を持ってきてそれを下の俺が尻拭い。それでも評価されるのはその上司で何度脳内で殴ったことか。
その勇者も報奨金と情報提供でさぞかしいい人生を歩んだのだろう。現在のパワーバランスを調和に認めさせる方法もそいつのアドバイスがあってこそなのだろうな。
「到底適わないレベルまで上げたら国で待機...戦力にならないから調和は乱れない...。魔王と勇者が転生すればあとはその他大勢に混じって三人が動く...。人がずる賢いのはどこの世界でも変わらないんだな」
「先程の話と先代勇者の話だけでよくぞそこまで...さすがです。魔王様のおっしゃる通り魔王様と勇者が転生するまであの三人は都市内で鍛錬を繰り返すのみでした。どんな鍛錬を繰り広げたかは分かりませんが、そこにも勇者が関わっているかと」
なるほど、早熟しやすい勇者を使って人間のギリギリのレベルまで引き上げるわけか。倒せなくても鍛えれば経験値が溜まるリアルなこの世界ならではのレベル上げだな。
魔王と勇者は上限を撤廃されているから勇者に三人が追いつくことは無い。徐々に99のカンストまで向かっていったのだろう。
オマケに魔物と戦わせていないから戦力としてのカウントにもならない。先代勇者は神の権能の情報まで流して何も隠す気がないのだろうか...。
「勇者になってはしゃぎすぎたんだろうな。勇者に転生したバカは可哀想だ」
先代から残された嫌がらせと、計画性のない馬鹿な今回の転生者をまとめて笑う。
サラムも皮肉と分かったのか後ろを軽いステップで着いてきながらクスッと声が漏れたのがわかる。
「だが人間側のやってる作戦は完璧だ。先に六つ集められて三人に守らせる気ならあとは装備可能レベルの100を目指すのみ...正直俺の経験値になる人間が居ない時点で取られたらほぼ詰みなんだよなぁ」
本来人間と魔物の戦争状態となり、お互いを狩ることで自身の経験値とする設定なのだろうが、こちらは大軍あちらは三人。どう間違っても俺のレベルで三人の誰かは相手にならないので実質俺のレベルはほとんど上がらないことになる。
反抗的な魔物がいればお灸を据える代わりに少し経験値になってもらうんだが、今のレベル1の俺では太刀打ちもできん。
「サラム、今レベルいくつだ」
「92ですけど...一応あの三人は99のカンストですよ」
だろうな...。明らかに格が違うもんな...。おそらく自己流で上げられる大きな目安が90なのだろう。カンスト値を99に設定しているところを見るに普通にやっていては到達しないラインと見た。
「90超えてから2上げるのにどれくらいかかった」
「勇者がいた頃は王国軍がいましたので数年程ですが、今の敵の状況では十年は欲しいところかと...奴らと少しずつやり合って生き延びながら回復の期間もとるので...」
予想通りというかなんというか、理不尽な設定を作らない調和の神の世界は読みやすい。おそらく90以降はひとつレベルが違えば世界が変わるのだろう。
ダンジョン攻略レベルが90以上なのもそういうことだろう。常人に到達できない領域、鍛え上げた勇者が伝説の装備を身につけられるライン。
「ひとまず俺の稽古相手はサラムかな...」
「大役喜んでお受け致しますよ!」
クール系の見た目なのに従順さが犬っぽさを醸し出してなんだか可愛く感じてくる。どんだけ魔王好きなんだ。
「でもまずはこの火山をどうにかしつつ盾を奪って奴らから逃げ切らなきゃな」
って、無理じゃね?
口に出してみると無理ゲーだ。まだ五時まで勤務して五時に出勤する方が簡単だ。
ブラックで鍛え上げたメンタルもさすがに弱音を吐いている。エナジードリンクが恋しい。
「ひとまず魔力によって取り出すのは不可能ですが、盾と亡骸を安置した場所へ向かいましょう」
「上からでも下からでもあの溢れ出る魔力をどうにかしなきゃならないのか」
「しかし上からよりは遥かに近づきやすいです。少しの炎龍の魔力でしたら私がこの身に代えても盾を取り出せるかも知れませんし」
サラムは本当に魔王のために頑張りたいのだろう。とても助かるし盾を取り出すのにそれ以上の方法はないのかもしれないが。
「ダメだ」
「この身は魔王様のためにあります」
「なら尚更だ、今サラムを失うとしたらその時は敗北確定だよ。勇者のやり方がこんな方法の時点で俺の戦力は無いに等しいんだ。いくら死ななくてもひとりじゃ出し抜けない」
俺の勝利条件は盾をとってサラムを失わずに三人から逃げ切ること。今後のことを考えてもサラムは失う訳にはいかない。
勇者の勝利条件は最低でも盾を取ること、それは横取りでもなんでもOKだ。さらに、サラムをやれれば勝ちは確定だ。盾も取られてあとの五つも時期に揃うだろう。
「盾を取れてもあとの五つが取れなければ意味が無い。どれかひとつでも装備されれば魔物は理不尽に倒される。こちら側が人材不足なら辞めさせる訳には行かない」
「そのために今後も私が必要なのですね。フィーアとはいえ、私も階位持ちですし魔王様の稽古、護衛、案内の任に使おうと」
「俺のレベルも95は必要だろうし、他の階位が友好的とも限らない。かならずサラムが必要な場面が出てくる。サラムを失った時点で負けだって自覚しろ」
サラムには悪いが、現状頼れる魔物がサラムしかいないことも事実。竜族というハイスペックであり、第四階位のフィーアでダンジョン持ち。友好的な唯一の90代。サラムの使い所を間違えるだけで三人に太刀打ちできず蹂躙される。
どんな方法を考えても溶岩をどかし三人から逃げるすべが思いつかない。いっその事噴火でもさせてやりたいが集落が近いこの場所でそれはできない。
あの暖かい家庭の雰囲気を俺みたいな社畜が壊していいわけが無い。俺のスローライフの夢はそういった魔物たちの生活を守ることにもなるかもしれない。そんなことを思いながら盾と亡骸を安置した場所に向かって階段をかける。
どんどんと山の下へ潜り込んでいくにつれて熱源に近づくのがわかる。もしも始祖の炎龍が生きていたらこの不利な状況もどうにかなったのだろうか。
考えてもこの戦力差は覆らない。先代が用意した必勝法を打ち破るには、俺自身がそれを超える策を世界に合わせて考えなくてはならない。
「サラム、このまま二人で向かっても盾は取れないんだろ?」
「炎龍の亡骸のせいで近づけないでしょうね。やはりここは私が...」
「いや、それは無しだ。だが盾を外す以上竜族には移住してもらう必要がある」
「竜族はここでなくとも生きていけます。むしろ盾を失うことで勇者に怯える必要が無くなりますから」
あの暖かい場所を奪うのが心残りだった。だが俺が取らなくても勇者が取ってしまう。それならせめて俺が先に取って魔物たちに平穏を訪れさせるのも俺の仕事だろう。
「そう言って貰えると助かる。早速だがサラム、集落の反対がわにこの魔力を放出できるか?」
「火山自体はただの山ですのでできますよ」
「なら流してしまおう、勇者と会っても魔物は死ぬんだ。反対側に向かいながら正規ルートのヤツらを避難させろ」
ダンジョンに勤務しているモンスターもいるだろうと、サラムが破壊しながら声をかけるように指示を出す。
「魔力を流したら直ぐに離脱しろ。山を削る時点で時間もかかるだろう。勇者らと鉢合わせる可能性が高い」
「かしこまりました」
ぺこりと頭を下げると凄まじい脚力で階段を上る。竜族の現トップの実力は92レベルとはいえ相当だ。本気を目の前で初めて見て、竜族の恵まれている身体能力と魔力を肌で感じる。
狭い階段を駆け上がった風が吹き込み髪を揺らす。
「それにしてもここからどうするかね...」
サラムに指示を出したまでは仕方ないとは思うが、あと少し階段を下れば炎龍を封じている盾よりも内側に入るのだろう。
漏れ出た魔力ですら肌を焼く炎龍の亡骸はその存在感を増していく。
「ひとまずサラムがこの魔力を逃がすまではここで待機かな...」
どっこいしょと階段に腰をかける。魔王の体になって疲れ知らずとはいえここまで熱いと水が飲みたい。
水生成の魔法がないか俺はステータス画面を開いて時が来るまで眺めていた。




