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勇者の初ダンジョン

「ねぇ、本当にこんなとこ登るの?」


 目の前には切り立つ火山、小学生の頃登った山など比較にならない傾斜とグラグラと熱された空気が登る前からやる気を削ぐ。


「勇者がいねぇと装備取れねぇからな」

「私達が各々取りに行ければ良いのですが、生憎勇者のみですのですみません、頑張ってくださいできるだけの援護はします」


 肩で神官を寝かせている武神とローブなのに汗の一つもあいていない賢者が声をかけてくる。

 私はただの女子高生だよ、日本の猛暑なんて比じゃないこんな場所で生きれるわけないじゃん。


「ただ歩いて着いてくるだけでいいんだ、動けなくなりゃ二人も運ぶのは面倒だが盾の所までは運んでやる」

「動けなくなるとかじゃなくて、登山路に明らかにモンスターいるんだけど...」


 ただ山を登るだけなら勇者の加護でなんとでもなっただろう。しかし、モンスターだけは別だ。初期装備に身を包み、ステータスを見る限りレベル1の私じゃここで生きていくには力不足だろう。

 ふわふわと浮いている爆弾のような目つきの悪い炎の玉、火を噴きながら飛んでいる小型の竜、ゴツゴツとした岩の体の隙間から熱されている核が見えるゴーレム。

 到底レベル1で踏み込んでいい領域ではないのは肌で感じる。


「ねぇ...無理だって。いくらあんたたちが強くたって流れ弾? 流れ魔法とかでも掠ったら死んじゃうって」


 半分涙目になりながら訴える。そんな訴えに効果はないと知りながらも声を出さずにはいられない。

 現実世界で保健室登校になった原因もこういった声を上げてしまうことだった。


「はぁ...少しくらい魔物に慣れさせてから連れてくるべきでしたかね...。私たちが捕獲すれば都市でも充分戦闘を経験させられたでしょうが」

「馬鹿言えよ、伝説装備をいち早く手に入れる方が優先だろ。女のレベル上げなんてその後に決まってる」


 アムレットがため息をつき頭を抑えながら弱気な言葉を吐くと、シュラハットがそれを否定する。アムレットもそんなつもりは毛頭ないのだろう、そんなことを言いながら彼は足をとめない。


「でもさすがに暑いからよ、そろそろ涼しくしてくれや。炎龍の亡骸でも結局は死体だ、今のお前の魔力にゃ適わねぇだろ」

「生前の炎龍でも有利属性なら勝てますよ」

「はっはぁ! 違ぇねぇや」

「さて、自分だけ涼んでいるのも悪いですし軽く涼を取りましょうか...」


 なんだかすごい話をしている気がする。前情報なしで無理やり連れてこられているのに、炎龍とか竜以上の魔力とかすごい単語が聞こえる。ファンタジー創作に詳しくない私ですらどれくらいの凄さかわかるくらいだ。


『凍てつけ、フリーズ』


 短い詠唱をしたと思ったらアムレットの杖が着いている場所から私たちの進路上に氷の通路ができる。両側をモンスターを巻き込んだ高い氷に覆われて火山にいるのが嘘のように体が冷える。


「すっご...なにこれ、さすが賢者の魔法ね...私も覚えられるのかしら...」


 寒すぎ。オシャレのために冬でも生脚を出している女子高生ですら氷の空間には負ける。ガタガタと自分の体を抱きしめながらアムレットについて行く。


「覚えられますよ。初級魔術ですから。ほら、詠唱が一文と魔法名だけだったでしょう」

「へ?」


 なるほどこの世界の魔法は詠唱節の個数と魔法名で発動するらしい。ファンタジーに来て魔法を使えないなど話にならないから、いい情報が聞けた。

 て、違う違うこれが初級魔術? 賢者とはいえいくらなんでもやりすぎでしょ。


「もうあんたが勇者やればいいじゃない」

「そうしたいのは山々なんですがね...伝説の装備が無ければトドメまで行けないんですよ、なんなら攻撃も無効化されてしまうとか」

「本当に伝説の装備がなければ死なないのね...。こんな世界の終わりみたいな人がいてもダメなんだ...」

「世界の終わりって僕の事ですか? まぁ軽く大陸を消せますけどそんな事しないですよ」


 軽く笑って手をヒラヒラさせながらそんな事を言うな。軽々しく言っていい言葉では無いだろうに。


「僕が自分で詠唱節を組んだ第十詠唱なら世界も行けるかもしれませんね。組むだけで使ったことはありませんが」

「俺だって一日ぐらいありゃ、走って壊しに行けるっての。全世界更地よ」

「勇者より優れてる自慢やめロ。お前らが暴れたら私が働かなきゃいけなくなるだロ」


 レベルの違う話を世間話のように他愛もなくこぼして行く。あぁお母さん、魔王より勇者パーティの方が怖かったよ...。

 渋々と賢者と武神の後ろを歩いていく。壁に埋まったモンスターはまだ生きている様で目がぎょろぎょろしてこわい。


「あ、そうです道中少しレベル上げしましょうか。せっかく通路を作ったんです魔物を呼び込めば一匹だけ戦えますね」

「それじゃ、死体になってもいいようにあれで縛るか。『縛りつけろ、ウィップ』」

「きゃっ!」


 武神のくせにしっかりと立派なロープを魔法で作りだす。脳筋じゃないのか...。

 ロープに体をくくられ無理やり引きずられていく。壁の一部をアムレットが溶かし、生き埋めにされていたモンスターを解き放つ。放たれたのはゴーレムで、到底今のこの剣でまともなダメージは出ないだろう。


「ちょっとこんなんじゃ戦えないわよ!」

「大丈夫です。僕らを狙う魔物はいないので、僕らを素通りした奴が貴方に襲いかかります」

「それで死んだら引き寄せてエルに治させる。死ななきゃ瀕死でも引きずって連れていく」

「寝てたらごめんネ」


 なんとも雑な訓練。何をすればいいかも剣の振り方すらも教わらずにどうやって戦えというのだ。シュラハットに引きずられながら前三人にビビって素通りしてきたゴーレムに近づけられる。


「ねぇ! ほんと無理だってば!」


 一度凍らされたゴーレムは怒っているようだ。犯人に晴らせない鬱憤を私にぶつけようとしているのが分かる。

 ゴーレムが体を引き絞りその巨体から容易に想像できる威力の拳を繰り出そうとしてくる。溶岩の熱と岩石でできたゴーレムのこぶしは隕石のようだった。


「やだ...、死にたくなっ」

(パチュン)


 上半身から肉が弾ける音が響き、私の命は簡単に弾け飛んだ。人生で二度目の死亡体験だ、現実世界に帰ったら死亡体験で本を書こう。馬鹿なりに自殺願望のある子達の読みやすい本が書けるだろう。


『汝に癒しの加護を、ヒーリング』


 パァと薄緑の粒子が愛梨の上半身があった場所へ降り注ぐ。みるみる弾け飛んだ上半身が修復されていく。


「っは! え、死んだんじゃないの、私」

「怪我したから治しタ」

「魔物に慣れるだけで後のレベル上げが楽ですから、いい経験ですよ」


 確かに私の体は弾けて死んだはずなのに元のように体がある。装備は弾け飛んだままなので自分の体を抱きしめて無事を確認する。


「勇者は死んでもリスポーンという魔法で都市で復活します。万が一なんて考えずとも大丈夫ですよ」

「いやそれ大事だけど、それよりも先ず死にたくないっていうか...」

「死んでないじゃないですか、ほら貴方はそこに生きている」


 なるほど、たしかに私は生きている。一度死んだ瞬間に、私の死体をケガ扱いして治したのだろう。つまり、私はただケガをして治されただけなんだ。


「万が一にも三人揃っていて貴方をリスポーンさせたなら深く謝罪させていただきますよ」

「その言葉忘れんじゃないわよ」


 アムレットは絶対の自信があるのか、謝る気なんて毛ほども無いくせに提案してくる。絶対頭擦り付けて謝らせてやる。...でも死にたくはないな。


「おいおいアムレット...謝るのはお前だけにしてくれよ、エルがやる気無くしたら簡単にリスポーンしちまう」

「私は働き者ダ、無駄に死ななければ治してやル」


 ロープを引きずるシュラハットが不満の声を漏らし、肩に干されているエルはどこか得意げにフンフンと鼻を鳴らしている。気だるげにしながらも死んだはずの私を治した力は本物だろう。

 しかし、こんなやる気のない体勢で私の事を治したと思うとなんだか背筋がヒヤリとする。神官としての力は相当なのだろうが、エルの雰囲気がヒーラーとしてはなんだか不安だった。


「もうこんな勇者嫌だな...」


 パーティーに雑に雑に扱われ、そのメンバーは勇者より強いときたもんだ。挙句の果てにはメンバーに殺されて生き返らせられる。どこの異世界にそんな勇者がいるのだろう。現実世界に並んでいる本棚のひとつくらいは私みたいな可哀想な勇者もいるのだろうか、早くありふれたチート能力を覚醒させて遊んで暮らしたい。


「私もチート欲しいー...」

「あるじゃないですか、契約書にも書いてあるでしょう。先代と変わらなければ勇者は三つの能力を持ちます」

「え、なになにあんたたちみたいに無双出来んの? 早く言ってよ!」


 毛ほども希望のなかった世界で初めて目が輝く。チート能力さえあれば私だって第二の人生を満喫できる。


「契約書をきちんと読まないからでしょう」

「ちゃんと読めばいいんでしょ読めば」


 チート能力があると分かってルンルンでストレージを開く。なるほど確かに異世界転生してチート無双は夢なのかもしれない、興味無い私でさえ魅力的に見える。


「えーと、なになに...」


“ひとつ、無制限無条件のリスポーン自動発動

ふたつ、レベル上限なく早熟する

みっつ、伝説の装備を装備する事が出来る”


「ってこれチートって言うかただの不死身なだけじゃない、もっとこう魔法が桁違いとか、剣を振れば大地が割れるーとか、勇者ってそんなレベルじゃないの」


 期待していた分落ち幅も大きい。この世界で何度目か分からない絶望を女子高生という若さで味わう。


「いやいや、一度きりの人生が不死身って普通に凄い力だと思いますけどね」

「死ねるなら死ぬまで訓練できるもんなぁ...」

「回復もギリギリでいイ。万が一が無イ」


 確かにチートスキルなのだろう。不死身で最強装備が着けれて、レベルは上がりやすい。そんな条件で鍛えあげれば常人の何倍もの速度でレベルが上がる。


「でも、もっとこうさ、頑張らなくても無双できるように...みたいな」

「努力もせずに人が強くなれるわけが無いでしょう? 貴方の世界では赤ん坊が大地を抉ったりしますか? しないでしょ」

「磨ける原石があるかどうかだ、勇者ってのは俺ら以上の素材なんだから死にながら鍛えてやれよ」


 確かに私は恵まれた職業なのかもしれない。ダンジョンには危険が付き物、それなのに私は命綱ありで旅にでた。他の人は何があっても一度きりなのに。

 いや、こいつらに限っては1度で充分だ。これがリスポーンしたらもはやこいつらが魔王だ。


「き、危険なのは嫌だけど。早く遊んで暮らすために頑張る!」

「その意気だ! おかわりいっとけ!」

(ガシャァン)


 シュラハットが氷を割り、なかでぎょろぎょろしていた魔物が動き出す。今度は火を噴く大型の犬だ。サーカスの芸とかではなく、人間の倍はある背に痩せこけた黒いからだは嫌悪感がすごい。動物虐待を見るのは誰でも嫌だろう。

 しかし、相手はモンスター。体通りの生活をしている訳でもなく、その細身からは想像できない速度で走り込んでくる。


 私一直線に


 もう私を狙うことは分かる。あいつらとは誰だって戦いたくない。しかし問題がひとつある。


「え、ちょさっき死んだばっかりなんだけど」

「リスポーン前にハ起こしてやル」


 問題解決。またもや死因になった上半身は噛みつかれて熱いやら痛いやら臭いやら...そんな事を思って諦めようとした瞬間、体が弾ける感覚がした。


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