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田中 愛理はブラックに就職

「いたた…ここどこよ」


 目が覚めると眩しい光に襲われる。辺り一面真っ白な空間は余計に眩しさを強調してくる。


「ほんとにどこなのよ…私何してたっけ…」


 頭がぼんやりとしている。ここに来るまでの行動が思い出せない。髪をふたつに結い、制服を着ているのだから学校に行っていたのだろうが、時間の感覚が曖昧でなんだか不思議な気持ちだ。


「お目覚めですか?」

「うわぁ!」


 キョロキョロ辺りを見渡したはずなのに真後ろから声をかけられて驚いてしまう。一体どこから現れたのだろう。

 そこに居たのは金髪に緑の毛先カラーを入れて、ナチュラルな化粧かすっぴんか素材の良さが伺える顔立ち。スタイルの良さは高校生の自分とは比較にもならない。まとったドレスは布を巻いただけのようにも見えてしまうのでパリコレ仕様なのだろうか。

 

「あのー、お話進めて大丈夫ですか、田中様?」

「そのかわいくない苗字で呼ばないで、呼ぶなら下の名前だけ」

「失礼いたしました愛理様。意識もはっきりしてそうなのでお話進めさせてもらいますね」


 田中 愛理と呼ばれた私は校則にかからないギリギリの茶髪を二つに結い、萌え袖にこっちは校則違反のスカートの丈上げで着こなす。学校に行ってたのだからナチュラルメイクで小さな顔に大きな瞳を強調して可愛さを演出している。

 カラコンもせずに真ん丸な薄緑の瞳は羨ましい。


「話ってなによ、てかま ず説明することいっぱいあるでしょ。ここはどこであんたは誰よ」

「それもそうですね…私は調和の神ハルモニアです。まずは山田様と同じく、愛理様の死因が分かる現世の映像から見ましょうか」


 ん? この女自分のこと神って名乗って軽々しく死因って言った? 私今ここにいるのに?


「それではこちらをご覧ください」


 スっと手を振りおろした先にはプロジェクターもないのに空中に映像が投影されている。触れようとしてみても触れない映像に興味津々だ。


「へー、すごーいどうやってんのー…?」

「画面よりも映像を見てほしいんですけどね…すぐに何が起きたか分かりますよ」


 手を抜くと映像がきちんと流れる。今の高画質と何ら遜色ないのではないだろうか。最近の技術ってすごい。


 画面の中には駅のホームでスマホをいじって電車を待つ自分の姿があった。監視カメラとかではなく真横から取られてる映像なので明らかに盗撮だ。


「ちょっと! これ盗撮じゃない! 警察呼ぶわよ!」

「捕まえるべきは私じゃないですよ」

「?」


 きょとんとはてなを頭の上にうかべ首を傾げる。なんだか要領を得ない受け答えなので大人しく画面を見ようと思った。

 が、見なければよかった。画面を見ようと顔を向けた瞬間、画面奥から電車が向かってきていたのだが、私が誰かに背中を押されてカメラに向かって肉片を撒き散らした。


「ひっ…おえ…なによこれ、悪趣味過ぎない…?」


 吐き気に襲われ涙目になりながら美女に言う。あまりの生々しさに突っかかるほどの力が出なかった。


「これは現実に起こったことですよ? 今でも愛理様の腕の一本を探して電車は止まっています」


 ほらとでも言わんばかりに指を振り下ろし、電車の時刻表とSNSの画面を見せつけてくる。

 そこにはたしかに運転見合わせの文字とすぐに削除させられるであろうグロ動画でいいねを稼いでいる奴らのアカウントがあった。


「さすが日本ね。目の前で人が死んでもカメラを向けるんだもの。特にこいつなんてバタバタしながら撮ってるから、さすがの野次馬根性よね」


 ツイートをスクロールして行くと慌ててカメラに切りかえていい角度から撮っているクズがいた。


「何となく現実の物も触れていただいて理解出来たと思いますが…いかかですか?」

「ちゃんと思い出したわよ。あの時押された背中の感触、今でも忘れられないわ…なんで一瞬でも忘れてしまったのかしら」


 いつも通りSNSを眺め流行りを確認していたときだった。電車は座りたくて一番前に立っていたせいで画面に集中していた私は軽く押されただけで落ちた。

 可愛いから痴漢は心配していたのに、まさか線路に落とされるなんて思いもしなかった。


「現実のことを思い出せたそうなのでお話進めさせてもらいますね。通学中電車に引かれ愛理様は命を落とされました。しかし、なにも愛理様に非はなく、悪事も働いていないとの判断から神の審査を通り、私の管理する世界に転生させることになりました。」

「ふーん、流行りの異世界転生ってやつよね。全く面白くないやつ」

「もう…なんで転生する方みんなそんなこと言うんですか…。こちらも慈善事業ですのに」


 ハルモニアがガックリと肩を落とす。その動きにつられて私の何倍もあるであろう豊かな二つの山が揺れる。ムカつく。


「それで、転生して何するわけ。私も転生したら最強だった件〜みたいなことするの?」

「ご希望があればチート能力をさずけることも出来ますが、その場合先に魔王として転生している山田様にも能力をさずけさせていただきます」


 私は調和の神ですのでと造作もなさそうに言う。


「てか、山田ってのが魔王なら私は勇者にでもなればいい訳? 山田ってやつ殺すしかないの?」

「最初は抵抗あると思いますが、歴代の勇者は皆さん魔王討伐に乗り出してましたよ」

「はっ、それだけ人間側に被害が出てたってことでしょ悪人ならなんの躊躇いもなく殺れるわよ」


 私は転生して少しヤケになってたところもあるのだろう。元の生活には戻れないと目の前の神と名乗る女のプレッシャーで充分理解していた。あの映像もこの世界もどれもが今のリアルなのだ。


「それでは勇者の契約書にサインしていただきます」


 また指を揃え手を振る。空中には画面と同じように空中投影された契約書に勇者の文字が見える。長々と下に書いてあるがリスクもクソもない契約書の時点で読む気なんてなかった。

 画面の横にあった羽根ペンをとり仕方なく可愛くない苗字を添えて名前を書き込む。


「はい、これでいい?」

「それでは勇者への転生の契約が頂けましたので簡単に勇者の説明をさせていただきます」


 契約後にチュートリアルがあるようだ。右も左も分からない私にはありがたい。


「準備完了しましたら人間側の都市に転送されます。勇者は魔王討伐を目的にし、勇者にしか装備できない伝説の装備を六つ入手していただきます」

「ふーん、その六つも魔王が持ってるとかそんなとこか」

「お察しの通りです。ですが、人間側は優秀なパーティメンバーを揃えておりますので何事もなければ難なく入手できるかと」

「え、それならヌルゲーじゃない。ゲーム得意じゃなかったからそこら辺が楽なのマジ助かる。あとは体動かして魔王倒せばいいだけでしょ。余裕じゃん」

「魔王討伐後は神側から人間側に報奨金が出ますので、それを勇者様が受け取りあとの人生を楽しんでもらう形になります」


 なんてヌルゲーなのだろう。人生イージーモードだ。装備は勝手に集まり、魔王を倒せばいいだけで後の人生は遊んで暮らせる。不幸に死んだと思ってたけど、この転生はラッキーだったかもしれない。第二の人生を謳歌してみせる。


「じゃあもう説明はいいよ、後はその戦力や王様にでも説明させてサクッと魔王倒して遊んでやる」

「それでは転送させていただきます。よい人生をー」


 ハルモニアが手元の何かを操作した途端また目の前が眩しく光る。私の第二の人生はどうなるのか。転生物の小説なんて興味なかったはずなのになんだかワクワクしている自分がいた。

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