勇者サイドはどブラック
「すろーらいふ…ですか。それはどういったものなのですか?」
口を滑らせた時には魔王としてどうしようかと思ったが、案外横文字は普及してないようだ。先代魔王がこの世界のイメージを崩さないようにしていたのだろうか。
何にせよ俺の目的が伝説の装備を先に集めてただのんびりすることだとはバレずに済んだ。
「スローライフとは安全な生活のようなものです。伝説の装備を集めてしまえば屈強な皆さんのこと、勇者など恐れるに足りません」
「なるほど…魔物の驚異となる勇者が強くならないように阻害を目的とすると、同じ転生者だからこそできることですね」
なるほど、伝説の装備をわざわざダンジョンに押し込んでる理由はそういう事か。伝説の装備は勇者にしか装備できず、転生者にしか手に入れる権限がないと見た。だから魔物たちは集める、隠すではなくそこにある装備を守っているのだろう。
そうでなければ負けそうになった瞬間に持ち逃げ出来てしまうのだから、調和のハルモニア的には無しなのだろう。
「そうと決まれば早速ですが、私の管理するダンジョンへ盾を取りに行きましょう。勇者の転生される街からも近いので早めに向かう方がよろしいかと」
「それならゆっくりはしていられないですね…直ぐに向かいましょう」
なんとか営業モードでサラムとの会話を乗り切り転生初日から魔王の地位と竜人の秘書と穏健派だろう部下の確保に成功した。
これはとても幸先がいいのではないだろうか、やはり営業はしっかりやるに限る。
「それでは他の者は各地で業務がありますので、ここからは私が案内させてもらいます」
ぞろぞろと魔物の集団が大きな扉から出ていく。自分の持ち場に帰るようだ。
ん? ダンジョンに美女と二人きり? 中高大と勉強三昧、新卒で仕事三昧の俺がダンジョン探索デートだと…。上司の靴を舐めてでも女性の扱い方を学ぶべきだったぁ!
「い、いや。サラムさんも第四階位として業務があるでしょうお手を煩わせる訳には…」
「魔王様、私のことはサラムとお呼びください。魔王様が下の者にそのような振る舞いをされていては穏健派は良くとも過激派は着いてきません」
人払いをしてからこういった話をしてくれる辺り本当にサラムは素晴らしい秘書だな。転生先で困らないようにと神の意思を感じる…。勇者サイドにもガイドがいるとするならばなおのことのんびりはしてられないな。
「わかりました…じゃない。分かったよ、サラムこれからは自然で行くよ」
「それがよろしいと思います」
なんだか女性相手に言動を崩すのは久しぶりだ。小学校以来じゃないか…?
我ながら女性経験の無さに恥ずかしさが込み上げてくる。
「先代魔王の装備を身につけるにはまだレベルが足りないので、ひとまずは魔王様用に拵えたこちらをどうぞ。ステータスは高いですがまだ初期レベルなので装備制限にかからない限界で用意させていただいてます」
ごとりと目の前に装備が包まれてるであろう袋を置かれる。覗く杖には初心者が使う武器とは思えない意匠と宝石が施されていた。
しかし、この世界にはレベルの概念あるのか。ますますゲームっぽくなってきたが、ハルモニアが出してた契約書や動画なんかもメニュー画面の一部だと思うと納得出来る。
しかしそうなると気になる点がある。今後の業務の振り方が決まってしまうかもしれない。
「伝説の装備の装備制限レベルはいくつなんだ?」
そう、伝説の装備の装備制限レベルが100なら時間はあるが、1から装備できてしまうなら早いところ動かなければならない。
「装備制限レベルは伝説の装備のみ設けられておりませんが、各ダンジョンの適性が80レベル以上となってますので、魔王城攻略のことを考えても90レベルは欲しいところかと」
「なるほどな…よし、すぐに動くぞ」
「勇者がいくら早熟でもそんなすぐには伝説の装備の入手はできませんよ?」
俺の嫌な予想が当たらなければいいんだが、当たった場合この勝負は一瞬でケリが着く。
「先代魔王が敗れ、勇者は老後を裕福に暮らし息を引き取った。空いた席に俺と勇者が呼ばれる。違うか?」
「いえ、その通りです。神からの説明もうけておられると思いますが、勇者は魔王を倒せば余生を遊んで暮らせます」
「つまりだ、人生を全て棒に振ってでもレベルを上げているやつがいれば、勇者でなくとも伝説の装備の元まで勇者を運べるわけだ」
勇者が早熟で90レベル代をこえ、余生を遊んで暮らす余裕があると過程したら若い子が呼ばれるなら20.30歳辺りで英雄として凱旋、その後は報奨金で豊かに暮らすとこの辺りだろう。
常人の何倍の速度でレベルが上がるか分からないが、チートのような速度で上げるのは調和のハルモニアが嫌がりそうだ。だとすれば良くて倍、低ければ1.5倍程度だろう。
勇者を90レベル以上まで育てるのに十数年なら、常人を数十年鍛えれば採算があってしまう。
「人間側がどんな作戦を取っているか分からない以上最悪のケースを想定して動くべきだ。今俺にとっての最悪は人間側が超ブラックだった場合だ。すぐに盾の回収に行く」
「さすが魔王様です。現状人間には私たちが適わないレベルのものが三人居ます。それぞれ賢者、神官、武神と各々ひとつの職業を最高水準まで鍛え上げています」
人間側がやっぱりやってやがった。先代勇者が伝説の装備を装備した際に上層部にリークしてやがる。装備制限レベルが無いなら確実にそうする。先代勇者は本気で人間界を良くしようとその人生を使ったのだろう。
「くっそ…勇者サイドはやっぱりどブラックだったか…このままじゃスローライフが…」
伝説の装備を先に取られてゆっくりとレベルをあげられては、スローライフなんて気分になるわけが無い。何としても六個最低でも半数以上を確保する。
「急ぐぞサラム。恐らく先に転送された今だけが俺の有利な条件だ。人間側が一枚上手だ先手をとるぞ。サラムのダンジョンに向かう」
「はい! 魔王様」
バタバタと慌てて用意された装備に身を包み俺は転生して直ぐに盾のダンジョンへと向かった。




