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山田 真桜の魔王入社日

「はぁ…わかりました。伝説の装備を集めることを止める権限は私にはありません。それでは魔王の契約書にサインを」


 勇者の契約書を破棄したのか、目の前には魔王の契約書のみが残る。ふわふわと渡された羽根ペンで俺は元いた世界の書きなれた文字で自分の名前を記入する。


「これで契約完了です。魔族の拠点に転送後、早めにどこかで勇者と顔を合わせると思います。この世界の運命性を持たせるためなので、それ以降私たち神の干渉は余程のことがない限り一切ありません」

「どんな方法をとっても無理やり出会わせられるのか?」

「魔王になったからと言ってずっと城に引きこもることは業務上不可能なので…。その倍場合は外出した際に無理やり出会うことになります」


 やはり魔族を統べる王ともなると日々忙しいのだろうか。結局、勇者か魔王どちらを選んでもトータルでの苦しさは変わらないのではないだろうか。

 それでも、嫌味な人の重圧を受けるより魔族と過ごす方が楽なのだろうか。


「他にご質問は大丈夫ですか? なければ転送を開始させて貰いますが」

「そうだな…あらかた契約書に書いてあったしな、契約書の写しは貰えるか? それくらいないと落ち着かない」

「ではここでは生成できませんので転送時に一緒に送らせてもらいますね」


 契約書の写しが手元にあれば何かあった時にも確認できる。提出した書類を改竄されてイチャモン付けられてからは何もかも写しを取らないと落ち着かなかった。


「他に確認することは…そういえばよくあるチート能力みたいなのはくれないんだな。そんなことで勇者や魔王になれるのか?」

「その点は実際に体感してもらう方がわかりやすいと思います。この二つの職業は一応初期ステータスは少し高めに、レベルも上がりやすいので育成が簡単なんです。さらにさらに、それぞれの職業に見合った功績を残すことで追加経験値が入ります」


 よくある転生したら最強だった件にはなれないわけか。早熟すると言われても目指す目標が高い分、程度によっては一般職よりも過酷だろう。これは転送されてから確認してみるしかないか。


 それよりも気になるのはそこではない。


「その見合った功績というのはなんだ。あまりにも漠然としている。それも現地で実感しなければならないのか」

「あまり説明しちゃいますと管理している世界の自由性が下がりますので…調和を司るとはプラスマイナスをキープする事じゃなく、変動するプラスマイナスのどちらかに揃えることなので、すみません」


 調和といってもはじめから揃った世界を創るのではなく、人間の自由を尊重し適宜この世界のバランスを管理するらしい。

 どんな仕事量をこなせばそんなことが出来るのだろう。世界一つ分の管理なんて考えても分からない。

 ひとまずあとは現地に行って契約書を見直しながら魔王のロールプレイをしてみるしかないだろう。契約書に書いてある内容で理解できない内容は特に無いようだ。

 おっと…つまらん


「分かった。それじゃ、俺の新居に転送してくれ。早く夢のスローライフを送るための準備をしたい」

「わっかりましたー。それでは山田様の転送後、勇者様をここにお呼びする予定なので早速飛ばさせてもらいますね」


 可哀想な人生を送った人よ、勇者しか残してやれなくて済まない。もし叶うなら俺と同じ死に方じゃない人が勇者になることを祈ってるよ。


 足元から淡い光に包まれて浮遊感が生まれる。


「それでは魔王ライフを楽しんできてくださーい」


 手を振る度にスタイルが良いせいで何とは言わないが揺れる。こんな美女のコスプレ姿をまじまじと眺められるだけ役得だったかもしれない。

 俺はウンウン頷きながら浮遊感に身を任せて目を閉じた。


「「「おぉ…」」」


 目を閉じていると先程の透き通る声とは違った、ガラガラした声がいくつも聞こえる。どうやら転生は成功したようだ、目の前には

俺の部下になる魔物が並んでいた。

 多種多様な顔ぶれは各トップが集まっているのだろう。俺には縁のない重役会議ってやつだ。

 俺の知ってる重役会議は酒を飲んで解散するだけの経理を困らせるだけのものだが。


「おいおい! お前は目覚めたってのにこの第七階位ズィーベンの俺に挨拶もなしか?」


 怒鳴りながら立ち上がったオーガのような大男はとてつもないプレッシャーだ、先に名を名乗らないのは魔物流の力の誇示なのかもしれない。マナー的には良くないが、たしかにマナーも守る魔物なんてのも想像できないものな。


 とにもかくにも初対面の魔物しかいない。貧弱そうな見た目の俺が礼節をかいてはいけないだろう。数ヶ月の俺の業務のひとつ、営業で培った目で一番発言力を持つであろう魔物を目指す。


「そうやって挨拶しにくりゃいいんだよ。魔王として召喚されたってどうせ異世界のただの雑魚だ。着いてったってまとめてやられちまうのは歴史によって証明された!」


 オーガのような男は自分より圧倒的に小さい俺が近づいてくるものだから得意げに語る。

 これだけ転生小説や漫画が多くでまわっているんだ。この世界にも他の誰かが先に転生していてもおかしくは無い。前回は勇者が勝ったらしいし、遊んで暮らして幸せな老後でも迎えたのだろう。


「さぁ頭を擦り付けて名を名乗れ! 階位も持たない貴様の矮小な名をな!」


 俺はオーガの大木のような脚の横を素通りし、奥の壁にもたれかかり眺めていた立派な鱗を携えた女性の前に立った。

 顔は凛々しく整っており、ハルモニアとは受ける印象がまるで違う。スレンダーな体や長い耳には鱗のようなものが見えていて、鱗がさらにセクシーになるように引き立てていて美しい。

 脚の間からは太くて長いしっぽが地面に垂れており体を支えているようだ。長いしっぽは裏以外鱗におおわれており、見てはいけない気がして凝視するのを躊躇ってしまう。


 ハルモニアが絶世の美女と言ったばかりだが、この女性も負けず劣らず。本の1時間ほどで二人も美女に会えるなんて上司に自慢してやりたい。


 そんなことよりも、まずは営業の鉄則の挨拶と名刺交換だ。俺はまだまだ新参者の魔王、ここにいる彼らの力全てを借りなければスローライフなんて夢のまた夢だろう。余生のためには頭くらいいくらでも提げてやるさ。


 いくぜ!


「私、この度魔王に就任しました、山田 真桜と申します。魔物としては若輩者ですが真剣に務めてまいりますのでよろしくお願いします」


 名刺をサッと取りだし、ビシッと角度を決めてキープ。目元は笑みを浮かべつつも彼女の動向を確認。一分の隙もない。


「我らを統べる魔王になったというのに頭を下げるとはな…」


 ふっと笑い尻尾に力を入れたのか体を壁から離す。動き出した瞬間に場の空気が締まる。取締役が出社してきた時の感じだ…!

 カツカツと俺の横を通り過ぎて、背負うものを壁から魔物たちに変える。


「本来、魔物は礼節を重んじる。強さとは何も戦闘力だけではない、山田様の芯を感じさせてもらった。見る目も行動力だってある私は貴方を魔王と認めよう」


 片膝をつき、頭を垂れる。しっぽは真っ直ぐに伸ばし地面に伏せる。魔物の礼儀作法は分からないが彼女の所作が全てを物語っている。

 彼女の所作を見た者が次々の同じ姿勢を取っていく。


「今からサラム・フィーア・ドラグニルとここにいる魔族。山田様の…いえ魔王様の配下としてお使いください」


 んー、幸先いいのはとてもいい事なんだけどそこまで重いのはちょっときついと言うか…。ブラック会社の経営みたいで頭押さえつけるのは嫌だ。


「でもはじめからこんなに優秀な魔物の労働力を提供されるとはなぁ…」


 ぼそっと呟いた言葉に下を向いてた魔物たちがバッと全員顔を上げる。


「今なんとおっしゃいましたか…魔王様」

「え、いや特に何も言ってな」

「優秀な魔物にはロードを提供すると言いましたか!」


 聞き間違えだろうが、サラムと名乗った女性は慌てている。


「ロードとは王位の証、魔王様には届かずとも魔界の管理の一部を任されるほどの重大な役職。階位の更に上を優秀な者には席を用意するというのですか!」


 労働力をロードと聞き間違えたりぼそっと話したから聞こえてないところもあるようで、俺は大層な報酬を用意してしまったようだが、俺には都合がいい。


「その通りだ。優秀な成果を上げた者にはロードの席を用意し、私の業務の一部を担ってもらう」


 「おお」と魔物たちから声が漏れる。擬似的にこの魔王に近づくこの役職は過去の魔王は使用せず、階位を使って管理していたのだろう。

 ザワザワと騒ぐ魔物たちの声が耳に入ってくる。


「階位だけでも六人の伝説の装備の管理を任せられている方々とそれに次ぐ四人の上級魔物しか選ばれないんだぞ…」

「サラム様でさえ第四階位フィーアなのに…」

「でも管理職なんてサラム様向きじゃない上の三人は自分の好きにしてるだけなんだから」


 なるほど彼女の名前に入っていたフィーアが階位なのか。英語やフランス語じゃないならフィーアでは分からないが話を聞く限り魔物界で四番目なのだろう。

 ならばきっと彼女はあれを持っているのだろう。


「サラムさん、第四階位ならば一つ管理してますよね」

「この短時間で階位を理解し、私の立ち位置も考察されましたか。さすが魔王様、その通りでございます。私が管理するのは『伝説の盾』、あらゆる魔法を弾き、どんな物理でも壊れることの無い盾です」


 なるほど伝説の装備の魔王特攻っていうのは俺にだけ刺さる装備ではなく、全魔物共通で脅威となる装備らしい。その中でもセット効果のようなものでもあるのかもしれないが、装備できない以上知る術はない。


「それを私に下さい。魔王城で一括管理します」

「正気ですか、奪われた時点で封印されてしまいますよ」

「六つ揃わなければ封印されることはありません。半数以上締めれば戦いにすらならないでしょう。ならば私自身が集めてしまうことで勇者は魔王を倒すことは叶いません」

「…なるほどたしかに。六つ揃わないように私たちが守護するよりも確実…」


 サラムは頭の回転が早く優秀だ。今の常識を壊す発言も直ぐに飲み込んでくれる。


「魔王様は勇者を無力化し時を見て攻め込むおつもりですか?」


 なるほど勇者の無力化の次はそうなるよな。確かにそうだ。でも俺の目的は違う。


「私の野望…それは、スローライフを送ることです」


 取り繕っていた営業モードからボロが出てしまった。ファンタジー世界で営業モードを取り繕うにはなかなか練習が必要かもしれないと、本来の目的を口に出してしまったあとで気づいた。

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