伝説の盾とは
「うわぁ⋯すご」
かけられた継続回復魔法のおかげで爆風を受けながらも体が引き裂かれずに済む私は、目の前のやり取りを観戦していた。
目の前で二人の化け物の拳が交換される。年末の格闘技番組の拳も見えない私には、普通なら見えないはずだが勇者だからかはっきりと見える。
お互いに相手の拳に対して最低限のアクションで避ける。体を半歩引く、頭をずらす、拳の勢いで体を半身にする。それを高速の拳に対して瞬時に行う。
攻撃だって私が一秒数える間に何発打ち込んでいるのだろう。拳は見えてもそんな速さで数えることができない。
「これからあれと戦うのか⋯絶対無理だよ、稽古でも死ぬよ」
都市に帰れば三人に殺されて、ダンジョンに向かえば魔物に殺される。どっちに行ってもリスポーンするか回復されるかの違いだ。死ぬことには変わりない。
「はぁ⋯勇者にも不登校みたいな制度ないかな⋯バックれる方法考えとこ」
早くもレベルの差に絶望し逃げの一手。死なないならまだしも何度も死んで立ち向かうというのを自分の身でやるのは些かきついものがある。
電車に引かれてまた電車に乗ることは無理でしょ? 戦って死んだらまた戦いに身を投げるのが難しいことくらい想像に難く無い。
現世に戻れてももう二度と電車には乗られないだろう。高速で突っ込んでくるあの塊を私は一生恐怖し続ける。
「あんなの一撃だよね⋯勇者ってどれくらい硬いんだろ」
リジェネで何とか魔力の風を耐えれているのだから即死はしないのだろうとたかをくくる。勇者のステータスをきちんと確認していない上に、確認していてもファンタジーに疎い愛理は気づけなかっただろう。
自分のステータスが物理特化であることに。
「エルちゃんも寝てるし少し近づいてみよーっと、大迫力のバトル映画はなるべく近くで見なきゃね」
ひょいと立ち上がり一歩近づく、魔力の風が強くなるが戦っている場所はまだ遠い。
さらに二歩近づく、魔力を肌でビリビリと感じるがリジェネが守ってくれる。バトルシーンの迫力が増してドキドキする。
調子に乗って三歩近づく、竜族の女性の放つ魔力に近づき過ぎたのか、自分の体が焼けるように熱い。
「え⋯何これあっつ! は!?」
竜族の女性の魔力の風が拳の風圧に乗って二人の周りを渦巻いている。それが見えていない愛理はバトルを見に行くためだけに領域に踏み込んだ。
「え、待ってこれ絶対死ぬ! エルちゃん!」
助けてもらおうと後ろを振り返る。まだだった数歩しか歩いていない、回復魔法をかけてもらうのにこれくらいなら間に合うだろうと思っていた。
エルが寝ていなければ。
「すぴーすぴー」
「え、ちょっとエルちゃん起きてって!このままじゃ死んじゃ⋯」
熱い熱い爆弾を落とされたらこんな気持ちを味わうのだろうか。爆風に身を焼かれて呼吸も苦しい。魔力ってこんなにも暴力的なの。
見えないなりにも魔法を間近で見てきた愛理は魔力に焼かれたことを悟る。竜族の女性が放つプレッシャーが跳ね上がったのも魔力が上昇したのだろう。
あぁこんなことなら傍観していれば良かった。結局前に出ると何もいいことは無い。
現世も今世も私の終わり方は変わらないんだ。
魔力にリジェネの効果を上回って焼かれる。術者が寝こけて魔力操作を怠っているのだから、この回復量は火口内に適応するレベルの力しかないのだろう。
さらに魔力が追加された時点でこのリジェネは多々即死させてくれずに、ただ私を苦しませるだけのものになる。
「いやだ⋯また、死にたくない⋯」
体力が無くなる感覚がある。体の血の気がスっと引いてどこかに命が持っていかれる感覚。引かれた時は一瞬だったが、緩やかに命を削られるのはとても気分が悪い。
体力が尽きた瞬間、目の前が真っ白になって気がついたら転生した時に来た部屋へ戻っていた。
「貴方が戻ってきたということは盾は取れなくなったということですね」
「はぁ⋯はぁ⋯はぁ⋯もう嫌⋯死にたくない⋯」
まだただの女子高生だ。人身事故の後は焼死、耐えれるはずもない。
愛理のメンタルはボロボロだった。
「死にたくなければ強くなるしかないですよ。現に今魔物が攻めてきても私達三人だけは生き残るでしょうしね」
「それはあんた達が規格外だから!」
「そんな規格外に鍛えられれば早いと思いませんか? エルに治してもらう事も考えればダンジョンで死ぬより幾分かマシでしょう?」
「もう⋯死ぬのは嫌!」
短期間で二度も死を経験した私は、もう死にたくないという思いだけで強くなろうと決意した。
その頃ダンジョンでは突然の発光にエル以外がその場を見る。そこにいたはずの勇者が跡形もなく消えている。
「⋯あ? どこいったあいつ。エルも寝てるしよぉ」
武神とサラムも一時休戦と拳を下げる。
「おいエル! なんで勇者見てねぇんだ! ここまで運ばれてるだけなんだから疲れてねぇだろ!」
「⋯ゴリラうるさいヨ、リジェネかけたのに動いたあいつが悪イ」
「ここまで来たのによ⋯。まぁいい退屈しのぎにはなったか、帰るぞエル」
「早く運ベ」
方に少女を抱えて穴に向けて跳ぶ。本当に人間離れしているな。
「おいドラグニル! 楽しかったぜぇまたやろうな!」
「次は貴様の命まで奪ってやろう。楽しみにしておけ」
「お前となら死ぬまで楽しめそうだ! はっはっはぁ!」
豪快な男だ。本当に強いやつと戦う事しか頭にないのだろう。気持ちのいい笑い声を残しながら穴から消える。
火口には俺とサラムだけが残されさっきまでの戦闘がうそのように静かだ。
「ふぅ⋯」
サラムが魔法を解く。溢れ出ていた炎龍のような魔力が収まり、相当削られたサラム自身の魔力が感じられる。
「回復⋯いるか?」
「いえ、もうしばらくこのままで居させてください。久しぶりの再会なので」
「⋯そうか、なら少し休め盾を取ってくる」
「お言葉に甘えさせていただきます」
もう立っているのも限界だったのかその場にかくんと力なく崩れる。竜族の誇りか寝そべったりはしないが、本当は泥のように眠りたいだろう。
盾を取って帰ろう。サラムのおかげで賢者も武神も退けられた、勇者を焼いた魔力もサラムのものだ。人間側が自由だからこそ無策でも上手くいったが、これから先は手に入れる算段と俺自身のレベルアップが必須だろうな。
盾が浮いている炎龍の亡骸の近くに行く。亡骸を踏む訳にもいかないし、かといって魔法無効化の盾に、魔法で落としたり近づいたりは無理だろう。盾周辺にある空間はその効果範囲だろうしな。
「どうしたもんか」
「自分の名前と盾をお呼びください。炎龍が守っていた剣はそうやって持っていかれました。おそらくダンジョンをクリアし所有者をハッキリさせることで入手になるのかと思われます」
サラムが後ろから説明してくれる。ボロボロなくせに自分の持っている情報を丁寧に伝えてくれる。これほど有能な部下を持って俺は幸せだ。
そんな部下が身を呈してまで盾を手に入れる機会を掴んだんだ。自分一人では何も出来なかった。一人で仕事を片付けていたあの時とはまるで違う。
「俺は⋯山田 真桜。伝説の盾よ、来い」
「認証 伝説の盾 所有者再登録 山田 真桜 装備不適合」
「なんだ? 随分機械的なアナウンスだな」
「勇者が剣を呼んだ時も流れましたよ。装備適合と言ってましたけど、魔王様には不適合でも関係ないですよね」
「あぁ、手に入れて魔王城で一括管理するから問題ないよ」
ファンタジーな世界で録音されたような音声が流れるのがとても違和感だ。ハルモニアが創ったファンタジーな剣と魔法の世界に似合わない。
なにはともあれ盾を手に入れられたことに変わりはない。装備不適合だろうが当初の予定通りだ。
「所有者 山田 真桜 アクセス権限 レベル1を開放」
「アクセス権限? サラム知っているか?」
「いえ⋯剣を装備した後は怖くて逃げてしまったので」
「山田 真桜 ハルモニアにアクセス しますか」
盾から発せらる機械音声はどんどん俺を不安にさせる。盾を入手してほっと一息ついた途端に、盾の存在感に気圧される。
「何だこの盾⋯ハルモニアだって?」
「魔王様⋯いかがいたしますか?」
「⋯⋯ハルモニアにアクセス」
「ここでお待ちしています」
俺の視界は膝まづいて俺を見送ったサラムを最後にプツリと真っ白になった。




