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サラム・フィーア・ドラグニル

 あぁなんて無力。


 人間一匹、たった一撃に無様に飛ばされ何が竜族か。


 始祖の炎龍は一匹で国を焼き焦土と化したのに、末裔の私は人間一匹にこのザマだ。


 炎龍よなぜ私達竜族に貴様の力を残さなかった。


 骨に埋もれ、死してなお膨大な魔力を垂れ流す祖先に悪態をつく。

 貴様ほどの力があれば

 貴様ほどの魔力があれば

 貴様ほどの体躯があれば

 どれも竜族が失ったものだ。国を焼き万の人を滅ぼしたと言われる始祖が捨てたもの。なぜ貧相な体に龍の誇りだけを残して退化したのか。今も尚これだけの力を好みに宿せば、魔王様をお守りできたのに。


 ただの物理のたった一撃で手足が動かなくなっているサラムは自分の弱さと強さを捨てた祖先を恨まずにはいられない。


(なぜなぜなぜなぜなぜ!)


 なぜ私はこうも弱いのだ。レベル差は絶対の壁だと炎龍の死に様で悟った。だからこそ龍の真似事をする魔法を編み出した。真似事は所詮真似事、賢者のように詠唱するできなければちっぽけなプライドを燃やすことすら叶わない。


(なぜ私はこんなにも弱いのだ⋯)


 灼熱の亡骸に抱かれ、涙が目元から蒸発する。泣くことも許されないのか、私には自分の弱さを嘆くことすら許されないのか。上がる蒸気にとうとう心が枯れそうだった。


「教えてよ⋯おじいちゃん⋯」


 叩きつけられ崩してしまった亡骸を傷跡のある手で撫でる。

 貴方のように立派な羽が生えていれば、主を抱えて飛べただろうに。

 貴方のように立派な尾があれば全てをなぎ倒せただろうに。

 貴方のように立派な顎があれば敵を噛み砕き炎で焼き付くせただろうに。


「貴様などと失礼でした。私の弱さを棚に上げ、竜族のせいにした。恥ずべき行為だ。どんな理由であれ、力を失ってまで竜族を生み出したことには意味があるはず⋯」


 涙が涸れたサラムは落ち着きを取り戻していた。何のせいにしても何も変わらない。今魔王様を守れるのは私だけなのだから。

 ならこんなところで泣いている場合ではないだろう。起きろ起きろ起きろ。身体中の骨が軋む。尾まで使って体を起こそうとしても祖父に抱かれてこのまま寝てしまいたいと、体が言うことを聞かない。

 涸れたはずの涙がまた流れそうになる。なぜ私は弱いくせに命も捨てられないのだと。魔王様が私を必要だと仰ってくれたのは今この時のためだ。ちっぽけな誇りも弱いこの体も命も全て燃やして魔王様を守らなければならないのに。

 流れた涙は今度は蒸発しなかった。涸れた後から流れた涙は魔力量が多く、亡骸へと一雫の魔力を落とす。


「お前は昔から思うようにいかないとよく泣く子だ」

「え⋯?」


 声が聞こえる。幻聴だろう。愛し、恨み、それでも憎めなかった祖父の声がどこから聞こえた気がした。


「そこに⋯いるの?」


 動かない体がなぜか声の先へ向かおうとする。動かなかったはずなのに祖父を追いかけようと体を引きずって動けるほどの力が湧く。


「ねぇ⋯答えてよ。よく泣く子だって言うなら⋯あの時のままなら全部教えてよ」


 魔力混じりの涙を流す。どうして泣いているのかはもうぐちゃぐちゃになって分からない。


「竜族が龍の力を失ってしまうのは分かっていた。それほどの理由があったんだよ」


 あぁ、祖父の記憶が再生されているのか。私の魔力と反応して、亡骸に残された魔力の記憶が知覚できているのだろう。涙の落ちた残滓に炎龍の魔力が反応し、本来できるはずのない会話をさせてくれる。


「理由って何⋯? 強さを失っても竜になる必要があったの?」

「いずれ分かるさ」


 はぐらかされる。


「いずれじゃ意味無いじゃない! 今魔王様を守れなければおじいちゃんはいつまでも罵られる! 龍の力を捨てた無能だって!」

「魔王様を守れなかったのは本当だからな。仕方ない」

「五つも装備している勇者に勝てるはずがないじゃない⋯なのに、どいつもこいつも『剣』を失ったせいだって」

「剣が無ければ魔王様を封じることは出来ない。奪われた私の責任だよサラム」


 涙は涸れたはずなのに、私は小さな頃のように泣いたような声をあげる。それを正しい言葉でなだめるおじいちゃんが好きだった。


「でも、それでもおじいちゃん一人を責めるのは間違ってるよ⋯」

「サラムは優しいからね。私のことを思って魔王様を守っているのだろ? 立派じゃないか」

「たかが人間に一撃で負けたよ。おじいちゃんを殺したあいつがこの世界の仕組みに気づいたんだ」

「私だって気づいていたさ。ハルには何度もレベル上限で抑え込まれたからね」


 声だけなのにポリポリと頬をかいて龍らしくないおじいちゃんの姿が想像出来てしまう。


「ハルモニア神とも交流があるなんて流石だね⋯私はまだ92だから」

「龍の力を失ってもそこまで鍛えるなんて凄いじゃないか。正攻法でそこまで鍛えたんだ、どれおじいちゃんから贈り物をあげよう」


 体は動かないのに意識でおじいちゃんと会話が弾む。褒められることがこの上なく懐かしく嬉しい。

 おじいちゃん何をくれるの?おじいちゃん⋯?どこに行っちゃったの?

 

 涙のように流れた魔力が収まり、会話をさせてくれた魔力の反応が消える。夢のような時間は濃厚だったのに、武神と魔王様の戦闘音が響いてないあたり本当にあっという間だった。

 そっかもう前に進まなきゃいけない。

 ありがとうおじいちゃん。

 さよならは言わない。


 だって一緒にいてくれるから。


 体の中に確かにある今まで無かった魔力。夢の中で炎龍に渡された贈り物だろう。亡骸にたたきつけられたまたま魔力が補給されただけかもしれない。だがサラムにはそれ以上に体の奥に沁みるように莫大な魔力が宿ったことを感じる。


「あぁまだ戦える⋯『我が名はドラグニル 偉大なる龍の末裔なり 大空を駆け大地を燃す 失われし龍の権能よ 誇り高き竜族の意思よ 龍を宿したこの身を誇れ 竜の体は進化の象徴 我が魂は偉大なる竜とならん ドラゴンソウル』」


 『八詠唱節』のドラゴンハート。龍を宿すだけで竜を疎かにしていた私が見つけた力。偉大な龍と再開し、竜になった意味を考える。答えは分からないが進化の過程で見つかるのだろう。ならば今は龍が残した竜の体をただ誇ろう。


 魂は龍を受け継いでいるのだから


「サラム⋯なんだそれは⋯」

「おいおいさっきまでと桁違いじゃねぇか!」

 莫大な魔力が亡骸の巨体から湧き上がる。もう魔力を使い切ったのかとめどなく流れていた炎龍の魔力はピタリと止まっていた。

 溢れ出ていた魔力は全て一人の竜族の小さな体に収まり今にも爆発しそうなエネルギーを有している。鱗が剥がれていた箇所からは抑えるものがないのか、炎龍のように魔力が漏れている。

 ところどころから溢れる赤い魔力はサラムの周りで霧散する。赤いドレスのような装飾を纏っているようでとても綺麗だ。


「我が名はサラム・フィーア・ドラグニル! 炎龍の末裔にして魔王様にこの身を捧げる者!」

「御託はいい! さっさと始めさせろ!」


 武神の体が目の前からブレる。レベル99の体は人を超越している。まだ一般人に毛が生えた俺は次に武神が見えたのは、仁王立ちしたサラムに右拳を止められている武神だった。


「さっきと同じ力だぜぇ! 少しの狂いもなく止めれたじゃねぇか」

「今の私は龍だからな」

「あの炎龍は勇者一人でやっちまいやがったからな、今じゃレベル99の魔物は一匹しかいねぇ⋯。もう俺は満足出来ねぇと思ってたのに⋯唆るじゃねぇかよ!」


 武の神で武神。この名前を付けた人は彼に武の極みを見たのだろう。

 鷲掴みにされている右拳をそのままに体を蹴りあげ脚で肘をキメに行く。単純な打撃は有効打にならないと判断したのか、柔術に持ち込んで技術勝負にするつもりなのだろうか。

 武神と言われレベル99になっても驕らず技を鍛え抜いていることが素人目にもわかる。右拳が抑えられているおかげで見る場所が分かれば何とか目線が追いつけた。


 サラムは腕を伸ばして鷲掴みにしたまま肘をキメられる。完璧に入っただろうに微動だにしない。圧倒的な存在感を放って仁王立ちを崩さない。


「それな武神の技か。龍を殺すには些か物足りないのではないか?」

「なるほどな⋯その体はもう人型でも龍って訳か⋯ならもう悔いのないように殴るしかねぇよなぁ!」

「大賛成だっ!」


 二人の拳が凄まじい速度で交換される。サラムの拳が振られる度に魔力が尾を引いて赤い軌跡を描く。

 武神が拳を振るえば風を切り、サラムの熱を火口内に押し広げる。

 炎と空気の音がボボボボと鳴り響く。拳を交換する度に掠めた拳同士で空気を吹き飛ばす。

 こんなに空気が押し出されて息ができているのだろうか。拳は見えないがたまに目に入る顔は二人とも楽しそうだった。


「はは⋯はっはぁ! いい⋯いいぞ! 何年もやれなかった命のやり取りだ! 殺される危険のない相手じゃ燃えなかったんだよ!」

「武神を倒せば魔王様の夢に近づく! 好きなだけ燃やしてやるぞ!」


 サラムまで楽しそうだ。何故あんな拳の嵐の中で笑顔を浮かべているのだ。


「戦力も把握したいし後で聞いてみるか⋯」


 今は魔物と人の最高戦力の衝突を目に焼き付けよう。いつか物理特化の勇者もこれ以上に育つのだから。

 物理がこれなら魔法はどうなるのだろう。また城に帰ったらステータス画面を確認しよう。目の前の異次元バトルから目を逸らし今後の予定を思案する。


「なにはともあれ盾を手に入れなきゃな⋯」


 武神を倒せても倒せなくても盾を手に入れる目的をどう果たすかは未定だ。サラムが武神を倒して神官を無力化のルートが最善策だが、正直実力は拮抗していると思う。

 魔力も体力も無尽蔵ではない。さらに喰らえば一撃必殺の圧力はガンガン気力を削るだろう。

 魔力と体力をフル稼働させている二人がいつガスが切れてもおかしくはない。そのタイミングが少しでも早い方の敗北が確定。


「ダンジョンのことも知らず、こっちの戦力も知らずに飛び出してきて、いざ盾の目の前でどう取るかだなんて⋯そんなプレゼン誰も聞いてくれないぞ」


 勝っても負けても次はもっと策を練ろう。魔王の魔法はだいぶ優遇されている。少し伸ばしてからでもそう遅くはない。その間に魔物軍の戦力を管理してマネージメントすればいいんだ。

 拳どうしが交換される音をBGMにして方向性をまとめる。魔力に耐性があるが故にサラムの魔力をぶつけられても何とか意識を保っていられる。武神も魔力がない物理特化のくせになぜ耐えられるのか、人間とはやっぱり不思議な生き物だ。


 この時、目の前の異次元バトルに意識を持ってかれ物理特化のもう一人の存在を気にも止めていなかった。

 

 そう、勇者だ。

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