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盾の争奪戦

「ダンジョンが揺れている⋯サラムがやったか。帰ってこないあたり言いつけを破って無理をしたか⋯」


 初級程度の水魔法だろうが二言で水を生成でき真桜は階段で中に浮かぶ水を吸うように飲む。魔力でできているからか、火山の中だからか体によく染みる。


「盾を入手するために盾の高さまで魔力を流す予定だったが、この魔力量の中で盾を取るにはサラムが必要だったのに⋯」


 火山の中に炎龍を弔ったとしてその上に盾が蓋のように配置されていると予想している。後方に魔法を通さなければ縦の役割としては果たしているのだから噴火を抑えているところを見ても似たような配置になっているだろう。

 だがそれならば最後に盾を手にするためには、炎龍の上から盾を降ろす役が必要なのだ。サラムがこの魔力に潜っても少しなら耐えられると言っていた事からも、かさを下げればサラムを失わずに盾を取れると考えていた。


「この場でサラムを失うわけにはいかないと言うのに⋯」


 あの三人と刺し違える力はサラムにはないだろう。何か隠し玉があってもいいところ一人。ヒーラーがいるなら致命傷すら治されてサラムの一人負けだろう。


 溜まっていた魔力がどんどんと減っていく。厚い岩盤越しにかさが減るのがわかる。


「炎龍の魔力が充ちている間は分からなかったが、この二つが盾と亡骸なんだろうな。格が違う」


 階段に座ったままで取りに行く術が思いつかない。レベル1でとるには魔力が流れきっても、露出したふたつの魔力が空気を張り詰めさせているのがよく分かる。今の自分が手を出せるものでは無いとはっきりと自覚させてくる。


「さて、そろそろ行きますか。無理難題は現世から変わらないもんな」


 目の前の暴力的な魔力に常人なら体を消し飛ばされるだろう。なにか対策を打たずに生身で行けば死が待っているだけだ。

 そう、死がない魔王ならば無策でも魔力が流れれば取りに行ける。


「やっぱり契約書はよく読んでおくべきだな。『伝説の装備以外での魔王討伐は不可能』さらに勇者の方には『リスポーン』の文字が見えてた。俺はその場で死なず、勇者は死に戻りができる設定なら大きなアドバンテージだ」


 まぁ魔王が目の前から負けて魔王城に帰ったら格好がつかないもんな。確かにその場に留まる方が絶望感はあるかもしれない。


 重い腰を上げて熱くて厚い岩に魔力を流す。岩の回路も魔力が消えて知覚出来ていた。ゴゴゴゴゴと鈍い音をたてて炎龍の魔力を押しとどめていた岩が動く。


「魔法って便利だな⋯こんな岩で扉を作れるならノズル作れば好きに魔力取り出せるんじゃないか⋯?」


 動く岩を眺めて現実的に炎龍の亡骸を運用しようと考えてしまう。この濃厚な魔力はいい資源になるだろうと思ったが、竜族の誇りを侮辱しそうだとすぐに考えるのをやめた。


 岩がどいた先には炎龍の巨大な骨と壁が熱で紅くなっていて、その上には盾がふわりと浮いている。ファンタジー世界で浮力を考えるのはお門違いだろう。盾が浮いている理由には目をつぶった。


「ま、まお⋯さま」


 炎龍の亡骸の近くには高温の魔力に焼かれたのかサラムの鱗がところどころ焼け剥がれ、器官もやられたのか掠れた声で俺を呼ぶ。


『汝に癒しの加護を ヒーリング』


 自分のステータスを眺めである間に二言で発動できる魔法は一通り覚えた。書類整理をしながら上司の対応をしているうちに身につけた瞬間記憶だ。目で見てすぐに叩き込まなければ仕事にならなかった環境がここで役立つとは思いもしなかったが。


「さすが魔王様ですね。全快どころか普段より元気な気がします」

「ステータスを確認しても魔力がずば抜けていたからな、魔法適性が高いんだ」


 サラムの鱗までは治せなかったが肌も器官も元通りで普段見えないところの肌が見えているのは、まだ若い俺には刺激が強すぎて目を逸らしてしまう。


「しかし、魔力を流したのにこの場所は焼けるようだな。火の中にいる感じだ」


 魔力が高いおかげか魔法耐性も高いようで想像していたように、焼けただれながら盾を取りに行かずに済んだのは幸いだ。


「魔王様でも無ければレベル1ならこの温度でも即死のはずですがね。90代じゃなければおそらく無理かと」

「ならあいつらは入ってこれるわけだ」

「そうなりますね」


 少し斜め上の壁を眺めながらつぶやくとサラムも感じ取ったのか同じ方向を睨みつけている。

 ボロボロの格好の美女って何だかえっちだね。


 ドガァンと分厚い岩盤が綺麗にくり抜かれる。魔力を流した亀裂のちょうど90度辺りだろうかなぜサラムが割った正規ルートからあんなにそれているのだろうか。


「お前が吹き飛ばされるからわざわざ亀裂できてんのに割るしか無くなったじゃねぇか」

「中身あったら熱いかラ、どっちみち割ル」

「私が悪いわけじゃないのに⋯エルさんの回復が間に合わなかったら死んでたよ⋯」


 おそらく拳を振り抜いて肩と小脇に女性を抱えている粗暴な男が武神か、それなら肩に乗っているのが神官、小脇に抱えられている魔力量の低いのが勇者か。


「ねぇ待ってここから一歩でも進んだら多分私死ぬ。いや絶対死ぬ」

「熱いだけだろ我慢しろよ⋯エル、継続回復でもかけとけ」

「勇者は甘エ。はぁ⋯、『汝に癒しの循環を リジェネ』」


 ため息混じりに二言の詠唱で勇者の体を癒しの加護が行き渡ったのがわかる。


「あの魔法⋯俺のステータス欄にはなかったな。派生か?」

「神官は極度の面倒臭がりで、一詠唱節の魔法に全ての効果を収めているらしいです。人間の魔法使いは詠唱破棄や短文詠唱など魔物には無い技術を編み出してるようですね」

「サラムが戦ってたのはここにいない賢者か。その詠唱破棄とかいう相手に逃げなかったのは後で始末書を書いてもらうぞ」

「シマツショ⋯なんだか罰のような気がしますね。命令をやり遂げても罰があるなんて魔王様は厳格ですね」

「褒めるのは全部済んだ後だ。盾を取って帰るぞ」

「御心のままに」


 武神と神官を越えなければ盾の入手は叶わないだろう。勇者を引き連れているところを見ても俺らが引いた瞬間に盾は人間の手にわたる。俺のステータスを確認して思ったがあの盾だけは確実に敵に渡してはいけない。

 意地でも取る。


「おいおい奴さんらやる気満々じゃねぇか。竜族の女もアムレット倒したみてぇだし⋯おいあいつ俺にやらせろよ」

「元からお前しか戦う脳筋いないヨ」

「私はここに残してっていいわよ」

「おっしゃ行くかぁ!」

「きゃあああああああああああ!」


 開けた穴からとうとう飛び降りてくる。小脇に抱えた勇者が情けない声をあげるがリジェネのおかげか、この灼熱の中でもリスポーンする気配はない。


 ズドンと目の前に立ちはだかる。灼熱の壁と背後の龍の亡骸が武神をラスボスのように演出している。本来、今頃絶望的なBGMが流れているのではないだろうか。

 武神が着地したあと神官と勇者を壁際に投げる。神官は着地を決めるが勇者は「ふげっ」と情けない声を上げながら地面に激突する。なんだか勇者の扱い酷くないか?


「さぁ⋯やろうぜぇ⋯!!」

「おいおい魔力使わないでこの圧はやばくないか⋯」

「これが武神の怖いところですよ。全魔力を身体能力に変換しているので魔法は使えませんが、引き換えに超人体質になっているそうです」

「んなばかな⋯」


 魔法のファンタジー世界で物理特化とかそれこそ流行りものじゃねぇか。魔法に筋力で抗ってんじゃねぇよ⋯。

 心の中で現世の記憶に悪態をつくが実際目の前にいる時点で何も言えない。今の俺の魔力じゃ到底こいつには効かなそうだし、消耗したサラムも致命傷にはならないだろう。

 万が一致命傷になっても後ろの神官がいる時点で一瞬で無駄だ。ちらりと後ろに控える気だるげな神官に目をやる。


「おい⋯どこ見てんだよ魔王様よ!」

「っは!?」


 一瞬すぎて理解が追いつかない。神官に目をきょろっと向けて戻した瞬間、武神は目の前に肉薄していて拳を振り抜いていた。


「魔王様!」

「エルには何もさせねぇよ⋯。回復ありの命のやり取りなんてつまらねぇだろ?」

「脳筋は治らないヨ」

「身体強化もせずにこれとか⋯」


 吹き飛ばされ硬い岩盤に叩きつけられる。熱気を吸い込んでも大丈夫だった体が一気に熱くなる。殴られた腹部が酷く痛む。

 しかし魔王の体は予想通り通常攻撃では死ぬことは無いようで、おそらく死んでいたであろう一撃は死ぬという事実のみを取り除いて痛みがやってくる。


「ぐっ⋯この判定か⋯。体力は減ってないなら、この痛みは脳にだけ送られてる情報に近いのか?」


 原理は分からないがここは異世界だ。魔法もスキルもある時点でハルモニアは好きに設定を作りこんでいるのだろう。俺はあるはずの無い激痛に歯を食いしばりながらも、ダメージは無いので立ち上がることが出来た。


「ほぉう。魔王ってのは頑丈なんだな。今のくらって立ち上がれるんだな」

「体力はひとつも減ってないですよ。この程度なら俺は死なないのでね、よければお引き取り願おうか」


 感心したような顔をしながら手を握り込みながら感触を確認している。それほど絶命の感触があったのだろうか。

 俺は精一杯虚勢を張りながらサラムを静止させる。サラムは今にも飛びかかりそうだったが賢者と戦った後らしいし、今連戦させる訳には行かない。回復魔法をかけたとはいえ本調子でもないサラムでは正直勝ち目はないだろう。


「叩いても壊れない獲物がいるんだ、思う存分殴らせてくれや」

「はっ!?」


 うーわ予想外。そっち系だったか。勇者と戦えていた頃は発散出来ていたのだろう。自分より強い者が居なくなった武神は、今では欲求不満らしい。ハルモニアの権能のことを考えても、魔物を殲滅しに散歩に出ることも禁止されていたのだろうか。


「御託はいい⋯魔王様を的にするなど、この私が許しはせん」

「トカゲがほざくなよ。90代でもひとつ差が出来れば相手にならないんだからよ。一発で壊れるお前はお呼びじゃねぇ」

「なら試してみるか!『我が名は』ガハッ!」

「何詠唱節か知らねぇけど俺とトカゲの差を埋める程じゃねぇもんに時間とらせんな」

「サラム!」


 魔力を練り鱗が輝き出した瞬間、レベル92のサラムも知覚できない速度で殴り飛ばされる。炎龍の亡骸に突っ込みガラガラと崩れる音が鳴る。膨大な魔力に埋もれサラムが無事か確認できない。

 今ここでサラムを失う訳には行かない。だが回復に向かう暇を目の前の男はくれないだろう。

 何が最善策か思考をめぐらせる。正直先に取って帰る以外の勝利条件は考えてなかった俺に、こうなった場合の打開策はほぼ無いに等しかった。サラムが賢者を打破したことは嬉しい誤算だったが、武神がここに間に合ってしまったのは計算外だ。

 これもハルモニアのせいかと内心あの神に悪態をつく。


「俺の名前はシュラハット・ドゥエル。一撃で死なない魔王に敬意を込めて名乗らせてもらうぜ」

「山田⋯真桜だ。名刺は⋯いらないか」

「名前も魔王なのかよ。縁起いいじゃねぇか。おし、やるか」


 武神がこちらに踏み込もうと右足に力を込めたその瞬間。まだ名乗れていない一人が膨大な魔力を宿して立ち上がった。


「我が名はサラム・フィーア・ドラグニル! 炎龍の末裔にして魔王様にこの身を捧げる者!」

「おいおいさっきまでと桁違いじゃねぇかよ! もっと楽しませろぉ!」


 炎龍の魔力に埋もれて分からないと思っていた。今目の前で声高に名乗りを上げたサラムの体には、その炎龍の魔力が流れていた。

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