第四階位の在り方
魔物の長に駆けろと命じられれば大地を砕き駆け抜けましょう。
魔物の長に壊せと言われたら跡形もなく消してみせましょう。
しかし、逃げろと言われたら。私は一体どうすればいい。
サラムは言われた通りに正規ルートを逆走し魔物を逃がしつつ山肌を破壊して駆ける。レベル90以上は常識を超える。常識からふたつ先を行くサラムは炎龍の魔力を少しづつ口に含み爆発的な威力をその拳と足に宿す。
炎龍の魔力は芳醇な魔力の塊だ。喰らいすぎなければ最高の動力になる。
「さぁお前たちは逃げな! お前たちが守っていた盾は私たちの魔王様が手に入れる! 逃げ遅れたやつは命はないぞ!」
山肌を崩して溶岩のような魔力を流してしまえと、竜族の集落方面は守りつつ、意志のない低級の魔物にすら声をかけろと仰った。
あぁ子度の魔王はなんて慈悲深いことか。正規ルートを登る人間には魔力をぶつけ、我ら魔物には生きろと仰る。先代魔王は魔王としての在り方もままならず勇者にすき放題されて散った。
過去最高レベルの魔物達も上限のない勇者に太刀打ちできず散っていった。我らが始祖の炎龍もそのうちの一人だ。竜族と違って巨大な体躯に龍独自の体構造を持ち無限に熱の魔力を生成する。レベルはもちろん99なのに勇者に理不尽に倒される。
炎龍が討ち果たされた最大の要因は今も炎龍を封じる盾だろう。炎を吹いてもなんら効かない。魔力の循環率の高い龍は盾で物理も半減された。
まだ小さかった私は始祖の炎龍が伝説の装備のひとつである剣を守る姿を影から眺めていた。負けるわけがないと、そう思っていたのに。
伝説の装備を付けていた勇者は瞬く間に炎龍を倒す。私は影で泣きたくなるのをグッとこらえて拳を握り歯を食いしばった。竜族の少女の拳は自分の握力で骨が砕け、口は牙がギシギシと鳴りながら血を垂らしていた。
山肌を山頂から削り取って少しの衝撃で魔力が吹き出すように調整する。一度に割ってしまうと山自体を崩す恐れもある。あくまでこちら側だけに吹き出させるなら上から溢れさせるより一度に横に穴を開ける方がいい。
炎龍の魔力を閉じ込めていた硬い岩盤をぶち抜き亀裂を入れていく。最硬度の岩盤を砕く拳はまったく傷がつかず、古い傷跡だけがやけに目立つ。レベル92の拳を砕く化け物は一体だれなのか、サラムを知るものは誰もその傷の意味を知らない。
「そろそろ中腹あたりか...」
山を上から削りあっという間に魔力の溜まる高さの半分を削り取った。ここで本気で叩けば魔力が吹き出すだろうが、盾の高さまで魔力を放出できない。そうしたら結局魔王様が手に入れられず、人間の化け物に奪われるだろう。
「これより先もやらねばならぬのにな」
「上から山をガリガリと...何やってやがんだ? トカゲ女」
「黙れ猿、竜の高貴さも分からぬ劣等種が」
山を上から下る。ならこいつらと顔を合わせるのは必至。それを見越して逃げろと魔王様は仰ったのだろう。
盾を手に入れられなくても負け、私が死んでも負け、盾を手に入れ生き残る事のみが勝利条件。
サラムは本能的に武神に勝てないことを悟る。竜族の膂力も、尾や魔法を駆使したとしてもただ拳ひとつに負けるだろうと予感していた。
「猿に負けるトカゲは誰だよ」
「うるさいですよ猿、まず第四階位程のものがこんな場所で何をしているか聞きませんと」
「ゴリラ黙レ」
おまけに三人とも勢揃い、さらには勇者までも連れてきている。武神一人でも負けるだろうに賢者に神官、どう考えても絶望的だ。
サラムは古傷の目立つ拳をグッと握って逃げ出したくなるのをこらえた。竜族のプライドが、魔王様への忠誠が足を下げさせない。
逃げろと言われて逃げてしまえば盾を奪われる。盾を奪われれば魔王様の魔法がほとんど無力化されてしまう。その威力は絶大だ。
一国を滅ぼす炎龍がなすすべもなく一人に狩られるのだから。魔王を無力化する装備をひとつですら渡す訳にはいかない。
(逃げろと言われたから逃げさせていただきます)
ただし、戻るのではなく下りますがね。
サラムは勇者パーティの最後尾でビクビクしている勇者に狙いをつけて地面を蹴る。めくれた地面が気づいて吹き飛ぶ頃には勇者の真後ろにいた。
「っひ!」
情けない声をあげるが容赦はしない。全魔力を体にめぐらせ最高速度で振り抜く。振り抜いた右足は勇者の背骨を捉え体を逆に折りながら蹴り飛ばした。
「おうおう飛んだなー」
「早くエルを連れて追いかけてください。なんで防げるのに防がないんですか...」
「別に死んだら生き返らせりゃいいと思ってたのによ、生かしたまま蹴り飛ばすから」
「文句ばかり言うから掛けたプロテスが仇となりましたね。死なないようにかけていたのに吹き飛んでしまうなんて...」
「まぁ追いかけてくるよ、エル少し揺れるぞ」
「吐ク」
ガゴンと岩盤が足跡に凹む。蹴りあげるのでは無く踏み込みで押し込む脚力はとてつもない。
サラムは一歩で武神の力を確信し、生き残ってくれた勇者が役立ったと思った。
「目の前で死んでもらってエルに治させる方が早いですね。今度からはプロテスやめましょう」
確かな手応えとレベル1如き肉塊に変える竜族の第四階位の蹴り。心を捉え体ごとではなく上半身を吹き飛ばしたつもりだった。
「私の蹴りを防いだのがプロテスか...。嫌になってしまうなレベルにこれだけ差があると」
「気になさらないでくださいよ。私が使えるのは魔法だけですから、蹴りなら貴方の方が上ですよ第四階位」
当然の如くこちらの情報は把握済みか。賢者は魔法だけでなくこの世の知に精通していると聞いている。魔力にのった情報だけでもこちらの戦力を探るには充分な情報なのだろう。
「ならその蹴りをきちんと受けて欲しいものだがな」
「まともに受けたら大惨事ですよ、プロテス位はかけさせて下さいよ」
99の肉体にレベル1すら守れるプロテスがかかる。これで物理で倒しきることは叶わないだろう。
しかしそうなると賢者に魔力で勝負を仕掛けなければならない。竜族は火の魔力を操るのを得意としているが、賢者に得手不得手はない。有利な水を使われれば敗北は必死な上、同属性の火ですら怪しいだろう。
山を削るのも未だ半分、盾以降まで流すためにももう少し削らなければならない。賢者が凍らせながら歩いてきた道を睨みつけながらサラムは覚悟を決める。
「我が名はドラグニル 偉大なる龍の末裔なり 大空を駆け大地を燃す 失われし龍の権能よ 誇り高き竜族の意思よ 古の失われし力を 龍を甦らせこの身に宿せ ドラグハート!」
七詠唱節の自己強化魔法。龍の血が流れる竜族のみに許された降龍の魔法。その身に龍の権能を全て降ろすその魔法は、負担も桁外れだ。しかし、竜族当主として選ばれた並外れた身体能力と魔力を有するサラムだからこそこの降龍の魔法は真価を発揮する。
魔力を体内で膨れ上がらせ爆発寸前まで威力を引き上げる。龍が体内で行っていた機構を強引に再現する。すると血に濃厚な魔力が流れ身体能力の向上、火の魔力は爆発力を乗せた火力となる。
角や鱗が紅くひかり、綺麗な髪はたてがみのように起き上がる。まるで獰猛な小さな龍のようだ。
「七詠唱か...。第四階位とはいえ魔物のくせにすごい魔法使いますね。魔力の流れ的に今のあなたは古の龍のように無詠唱で炎を吐き身体能力を向上させるのでしょうね」
「ガルァァァアアアアア!」
サラムは竜族の凛とした美しさを全て捨て、獰猛な一匹の龍として賢者に襲いかかる。賢者の体を貫通しようかという拳は避けた賢者の背後に着弾し地面に亀裂を入れる。
「詠唱中に身体強化しておいて良かったですね...。プロテスじゃさすがに貫通しそうですね」
アムレットも七詠唱の身体強化相手に一詠唱でまともにぶつかる気は無いようで、詠唱を試みようと杖を構える。
口を開かせる気も毛頭もないサラムはさらに追撃を繰り返す。今アムレットにかかっているのは詠唱中に被せた一詠唱節の身体強化のいくつかのみ。舐めてかかってくれたおかげで賢者の本気の魔法を撃たせる暇を与えずに済む。
それでも一詠唱節のみで避けられるのは後で凹むだろうが、血が暴れるサラムは今はそんなことを気にせず拳を叩き込み続ける。
避けられた拳が山肌を削り取る。魔法を試みようとする瞬間に火を吹き口を止めさせる。
「はぁ、七詠唱に興味があって見てましたが...トカゲが調子に乗らないでくださいよ...」
何mも後退したアムレットがサラムの七詠唱節の魔法を見終えたのかため息混じりにサラムを見すえる。
「この先に魔王がいるならと魔力消費は押えたかったのですが、七詠唱節相手に時間稼ぎも時間の無駄ですね...この程度ならさっさと決めましょうか」
アムレットが杖を構えようとしないのを好機と見たサラムはさらに下がらせようと肉薄する。足を止めたアムレットは息を吸い込み魔法を行使するようだ。振り下ろし続けた拳がようやく当たるかと思った瞬間。
「 」
「ガハッ!?」
アムレット口から音はない。ただ息を吐いただけのように見えたにも関わらず、その行動の意味はすぐにサラム自身が体で理解した。
体が上から押しつぶされる。拳を地面に叩きつける前に体が上から地面に貼り付けられる。
「八詠唱節のグラヴィティオン。理屈は君らの炎の吐息と同じですよ。体内で練って呼吸のように吹く。体構造が違ってもやり方さえ解明すればあとは技術です。すみませんね竜族のお株奪ってしまって」
地面に押しつぶされているサラムはこの魔法に殺意がないと見るや強化魔法をとく。動けないのに体内を焼く必要は無い。強化が解けより一層重く感じるが何とか耐えられる。地面が軋む音が響く。
「なんのつもりだ...殺すなら殺せ」
「貴方を殺さなくたって盾は奪えます。貴方を余裕で殺してしまえば戦力の辻褄が合わなくなってしまいますから、ハルモニア神がいる限り無駄な殺生は避けるべきでしょう。それとも魔王が産まれたら他の戦力は誤差なのか試してみてもいいですね」
殺せるのに殺さない。圧倒的に戦力差があるのみに可能な行為。実力が拮抗していれば、全力同士ならどちらかが瀕死、運が悪ければ死ぬまで戦闘は終わらない。
それがどうだ、あわよくば脳天をかち割ってやろうと振り下ろし続けた拳は人の知覚を超えているにもかかわらず全て躱され地面を割る。賢者のくせにレベルの壁はこうも高いものかとサラムは重力で軋む中ですら歯を軋ませる。
「一撃も当たらないとは思わなかったな」
「振り下ろしだけなら書斎に籠っている私でもさすがに避けられますよね」
「どれか一発くらい当たって欲しかったんだがな、脳天割ってあと二人になれば幸運だったのに」
バキンと音がなりサラムがいた場所が重力の形に下へ落ちる。
「そろそろ時間だな、お前がいい魔法を使えて助かったよ。目的の一つ目は果たした」
「え...?」
「ここが魔力溜まりなんて知らなかっただろう。炎龍の魔力が満ちたこの火山で魔力検知なんてできるものか」
サラムが伏せている場所は火山の魔力溜まりの真上。ヒビが入った上に八詠唱節の重力魔法を受けて押されればその後は当然吹き出す。
「さらばだ賢者、貴様の知らない事もまだあったようだな」
地面から吹き出す魔力にサラムが飲み込まれる。ただの垂れ流れるだけの魔力でアムレットに致命傷は与えられないが、致命傷を与えたいのはアムレットでは無い。
「火山が...ダンジョンが割れる...あの竜族の振り下ろしはこれを狙っていたんですか、さすがにこの量は私の魔力が尽きる方が先ですね...」
致命傷をおった山肌が縦に割れる。拳が振り下ろされた場所から魔力が吹き出し、杭のように山に亀裂を走らせる。
「シュラハット、エル先に離脱させてもらいますよ。生憎、転移魔法は指定の場所にしか使えませんから」
都市からすぐにダンジョンに現れた理由はアムレットの転移魔法だった。つまりアムレットがこの魔力の溶岩から逃げるには二人を残して飛ぶしか無かった。
「どう移動してもこの魔力じゃさすがに溶けますよね...。『世界の道標よ 迷いし我を導け 我の気の赴くままに 我を移したまえ テレポテーション』」
パシュンとこ気味いい音を立ててアムレットは空間を飛んだ。そこにいたはずの面影を跡形もなく消し去るように膨大な魔力が地面を走った。