92.結婚式
ゆっくりと、ドレス姿のミーシャを陛下がエスコートして入場してくる。
それを宣誓台の前で、少しそわそわしそうな自分をおさえつけて待っていた。
首元の白から裾の赤へと色が変わっていくドレスの布は、アンジェラ妃が魔術具で織ったものだ。
魔獣の糸に似たものを作り出すことに成功したらしく、
重さを感じないほど薄く強くうっすらと発光するような布は、
この世界のどこにも売っていない貴重なものだった。
その布を無数に重ねて、まるで花びらに包まれているかのようなミーシャが、
ゆっくりと一歩ずつ俺に近付いてくる。
「リオル、娘を頼んだよ。」
「はい。」
聞きなれた陛下の声が少しだけ震えている。
エリザを送りだした時の様な悲壮感はないが、
やはり娘を送り出すのは父親としてさみしいものなのだろう。
その陛下の手からミーシャの手を受け取り、宣誓台の前に二人で並ぶ。
宣誓台の向こうには父上が立っている。
これから二人で誓い、婚姻証明書に署名することになる。
父上はその見届け人だった。
周りを見ると、王族席にはレイモンドとリリアナ嬢、フランソワ、王妃とアンジェラ妃。
家族席にジーンとブラン、シーナと宰相、レミリアとシオン、そして母上。
アンジェラ妃の生家からハンネル公爵と夫人、リラ嬢が出席していた。
「リオル、ここに集まってくれた人に、自分の言葉で誓いなさい。」
「はい。
俺は…リオル・レフィーロ・ギルギアは、この命が尽きるまで、
この身体が朽ちるその時まで、
ミーシャ・レフィーロを唯一とし、愛すると誓います。」
「では、ミーシャ。」
「はい。ミーシャ・レフィーロはこの命がなくなろうとも、
たとえ身体が朽ちたとしてもリオル・レフィーロ・ギルギアを愛し、
そばにいると誓います。」
「ミーシャ!」
頬を上気させて、泣きそうになっているミーシャを今すぐ抱きしめたくなる。
この命が終わっても。それは前世があるリオルには簡単には言えないことだった。
それをわかっていて乗り越えてくるミーシャに、喜びで震えそうになる。
「けっして一人にはしないわ。リオル。」
「ああ。俺もだよ、ミーシャ。」
「では、誓いを聞き届けた。ふたりの署名を。」
俺がこれ以上ないほど丁寧に署名すると、その横にミーシャが綺麗な字で署名する。
二人の署名がそろうと、婚姻証明書から無数の蝶が飛び出してくる。
小さな小さな光り輝く蝶があふれ、広間中へと飛んでいく。
「うわっ!?」
「ええ!?」
光の蝶が舞い、出席者の周りを乱舞すると、俺とミーシャを囲むようにまわる。
それが一つの光の帯になって、俺とミーシャを包むと光は消えた。
「…精霊の祝福だ。」
さすがの父上でも驚いた顔をしている。
精霊の祝福…こんな祝福は聞いたことがない。
…だけど、あの光は懐かしいような温かいような気がした。
おそらく俺の近くでずっと見守ってくれていた光。
「精霊からの祝福も受け、この婚姻は無事に結ばれた。
リオル、ミーシャ、おめでとう。」
「父上、ありがとうございます。」
「レオ義父様。ありがとうございます。」
この広間にいる者すべてに祝福をしていった。
そんな精霊たちに感謝して、リオルとミーシャの婚姻は成立した。
「レオルド、このことは公言できないな?」
「そうだな…身内だけの結婚式で助かったな。」
「本当に…お前たちに関わると常識がわからなくなるな…。」
「俺も?…ちょっと心外だな。」