9.回想 リリー
レオと最初に会ったのも、この魔女の森だった。
とても天気のいい日で、少し油断していた。
湖のほとりに大きな布を敷いて、そこに座ってシーナとシオンと昼食を食べていた。
大きめの具を挟んだサンドイッチと、甘酸っぱいフルーツジュース。
三人とも食べるのに夢中で、レオに話しかけられるまで気が付かなかった。
「ねぇ、美味しそうだな、そのサンドイッチ。
どこで買ってきたの?」
森の中から一人の少年が出てきた。
警戒心のかけらもない笑顔で話しかけられ、とても驚いた。
ここは魔女の森。魔術師がいなければ入ってくることは出来ない。
でも、この少年の後ろには誰も見えない。
黒髪に暗い青の瞳。少し背は高いけど、まだ幼い顔をしている。
同じくらいの年齢だろうか。
「お腹減ってるの?」
いつもなら人見知りするくせに、料理を褒められて、
少しだけ気を許していた。
「うん。お腹減ったから、もう帰ろうかと思ったんだけど、
とてもいい匂いがしたからつられちゃって。
どこのお店で売ってるサンドイッチ?」
「…食べる?」
「「!?」」
シーナとシオンが驚くのは当然のことだった。
私が二人以外に作った料理を食べさせたことは無い。
優しい二人だから、美味しくなくても食べてくれているのかもしれない。
そんなことを思っていたから、ちょっとだけ他の人に食べさせてみたい気持ちもあった。
「いいの?ありがとう!食べる!」
少年を隣に座らせて、目の前にサンドイッチを三切置いて、
ジュースもコップについであげる。
うれしそうに食べ始めると、すぐに一切れを食べてしまった。
「おいしい!中身は鶏肉?何このソース。すっごくおいしい!
こんなの初めて食べたよ!」
「本当?…私が作ったの。」
「え?買ってきたんじゃないの?だって、俺と同じくらいの年齢だよね。
こんなにおいしいの作れるなんてすごいなぁ。
あ、俺はレオ。十歳!」
「私はリリー。同じ十歳よ。こっちはシーナとシオン。」
「みんな同じ年?よろしくね!」
「おう。よろしくな。」「よろしく~。」
同じ年齢、同じ魔術師ということで、話は尽きなかった。
どうして魔女の森に一人でいたのか疑問はあったけど、
シーナとシオン以外の友人が出来て、料理のことも否定されなくて、
とても嬉しかった。
それから何度も魔女の森で会い、そのたびに一緒に食事をした。
レオは好き嫌いなくよく食べる子で、私の料理をいつも褒めてくれた。
お互いに名前と年齢しか知らなかったけど、一緒にご飯を食べて、
魔術の話ができればそれで良かった。
その関係が変わったのは、十三歳。学園の入学式の日。
壇上に上がったレオは、第二王子レオルド様だった。
レオが王子様だと知ってしまって、一言も話せなかった。
レオが王子様だと知って、裏切られた気がした。
自分も侯爵令嬢だって言わなかったくせに。
それから学園で会っても、ずっと避けていた。
レオの周りには人が集まっていて、レオは動きにくそうだった。
こちらから話しかけなければ、会話することも無かった。
入学してしばらくして、ようやく魔女の森に行った。
そこには、レオが待ち構えていた。
「リリー!なんで、俺のこと避けるんだよ。
シーナとシオンも!」
久しぶりのレオは、かなり怒っているようだった。
学園ではそんな風に全然見えなかったけど、ずっと怒っていたんだろうか。
「だって。王子様の近くには行けないよ。」
「どうして?リリーだって、侯爵令嬢だろ?
そんなに変わらないじゃないか。」
「違う。…私は令嬢って呼ばれるような人間じゃない。
こうして料理して、魔術師として生きる方が合ってるの。」
「じゃあ、俺が王子様に見えるのかよ。
こんな黒髪で、一人で魔女の森に来るような奴が!」
そういえば、そうだ。
レオはいつも一人で来ている。
一人で魔術の訓練をしている。お付きや護衛はどこに?
「なぁ、俺は王子だけど、王子じゃない。
名前だけの王子なんだ。成人したら公爵になる予定だ。
その身分も本当は必要ないと思ってる。
俺は魔術師として生きたいんだ。自分の力以外、頼る気が無かったから。
でも、リリーたちと会って、ようやく仲間ができたと思ったんだ。
俺は今は王子の立場を捨てることはできない。
でも、王子様でいるつもりはないんだ。
それでも仲間にはなれないんだろうか。」
悲しそうな目で訴えてくるレオは、もう王子様には見えなかった。
「ごめん…出身が貴族だからって、そういう目で見られるの私も嫌いなのに。
何も言わずに離れようとして、ごめんなさい。
レオは仲間だよ。
私が作ったご飯美味しそうに食べてくれて、一緒に魔術の訓練して、
たまに失敗もするけど、大事な仲間だよ。」
「…そっか。良かった。
捨てられちゃったかと思った。」
「すまんな、レオ。
俺は姫さんが落ち着くまで待とうと思ってて。」
「いや~ごめんなさい。
姫さまが思った以上にショック受けていたみたいで。」
「え。シオン?シーナ?
ショック受けて離れてたの、私だけ?」
「そりゃ、俺は別に気にして無かったから。」「私も~。」
えええ?そうなの?私だけ拗ねてたってこと?
なんだか、いろいろとショックだけど、レオを傷つけたのは私だ。
きちんと謝ろう。
「ごめんなさい、レオ。
本当の名前はリリーアンヌっていうの。
でも、レオにはリリーって呼んでほしい。」
「ありがとう。リリー。
俺の名前はレオルドだけど、変わらずにレオって呼んで。
三人とも、学園でも一緒にいてよ。
入学してから友達いなくて、寂しかったよ。」
「あんなに人に囲まれていたのに?」
「あれは、王子様に寄ってきているだけ。
もうイライラして大変だったよ。」
「そうなんだ。わかった。明日からは一緒にいるね。
…じゃあ、今日は一緒にご飯作ろう?
私のおうち、見せてあげるよ。」
その日、初めてレオをマジックハウスに招いた。
マジックハウスを持っているなんて、絶対に普通じゃないから隠していた。
お互いのことも分かって、これ以上の隠し事はしないでおこうって決めた。
さすがにマジックハウスには驚かれたけど、
そのあと皆でご飯を作って食べて、久しぶりにとても楽しかった。