87.隣国の事情
意識を無くしていた公爵令嬢が目を覚ましたのは、その日の夜になってからだった。
まだ王女は意識が無いままだが、公爵令嬢とジョエル国王が面会すると聞いて、
俺とミーシャも同席することになった。
治療室の個室に入ると、ジョエル国王に気がついたのか令嬢は急いで起き上がろうとする。
ジョエル国王はそれを制して、そのまま休むようにと言った。
「ルビア、意識が戻ったばかりだが、話を聞かせてもらえるかい?」
「…はい、陛下。」
「あぁ、ミーシャ嬢はわかるよね。隣はリオルだよ。」
ジョエル国王が後ろを振り向いて俺を示してくれたのに合わせて挨拶をする。
「昼間に一度会ったけど、あの状況じゃ覚えていないだろう。
リオル・レフィーロ。王子ではないが王族だ。よろしく頼む。」
「ルビア・イリュームと申します。
リオル様とミーシャ様に助けていただいたのですよね?
申し訳ありませんでした…。」
「あぁ、それはかまわない。
あれに関してはこちらの不手際でもあるのだから。」
前に見た時はおっとりしている感じの公爵令嬢だったが、
壁にぶつかった際に左頬を強打したようで青くなって腫れている。
その上から包帯を巻いているが、腫れているのを隠しきれておらず顔色も悪い。
本当ならしばらくは安静にしなければいけないのだろうが、
シーナの治療によって回復は早いとのことだった。
「それで、聞かせてもらおうか。
ロザリーの留学先での行動はおかしなことばかりだ。
報告を聞いてびっくりしたよ。あの真面目なロザリーがどうしたのかと。
一体、お前たちに何があったんだ?」
俺たちでも驚いていたロザリー王女と公爵令嬢の行動は、
やはりジョエル国王から見てもおかしかったようだ。
あの真面目なロザリーがというからには、
噂通り王女は優秀でロードンナ国にいた時はそんなことはなかったのだろう。
「ロザリー様は落ち込んでいました…。
もう私はロードンナ国には必要ないのだと…。」
「え?なんでそう思っちゃったかな…?」
覚悟を決めたように話し始めたルビア嬢の告白に、
意外だったのかジョエル国王が慌てだした。
「ロザリー様は今まで、女王になることも可能性に入れて頑張っていました。
それこそ、他の令息たちにも負けることの無いようにと…。
ですが、去年にジョルノ様が御生まれになって…もう頑張る意味がないのだと…。
それでもロードンナ国のために、
ジョルノ様を支えられるようにと考え直したようでした。
そんな時に、この留学を勧められて…。
レフィーロ国に嫁ぐことを求められているのだと、
もうロードンナにはいられないのだと…。」
「あぁぁ…そういう風に思ったのか。しまったな。
ロザリーが真面目なのはわかってたのに、
もう少しちゃんと説明すればよかったよ。」
「…違うのですか?」
「もちろん。ロザリーを必要としてないなんてことはない。
今だってジョルノに何かあったら、
ロザリーかロザリーの子が王になることができるように、
法改正を進めているところだった。
なかなか議会が納得しなくて困っていたが、
側妃問題が解決したことでこの法案も通せると思う。
僕はロザリーが頑張ってきたことを知っている。
だけど、ロザリーにはルビアしかいない。他の友人を作らない。
ルビアは…友人というよりも、姉妹のようなものだろう。
昔の自分に似ていると思ったんだ…優秀過ぎて友人を作ろうとしない。
だからレフィーロ国で楽しかったことを聞かせて、留学するように勧めたんだ。
きっとこの国でなら、ロザリーもルビアも学生として楽しめるだろうと思って…。
まさかそこまで悩んでいたとは思わなかった。
…だから、リオルを追いかけていたのか?」
「当初はこの国の王妃になろうとしていたようですが、
陛下の友人の子であるリオル様と結婚したら、陛下が喜ぶのではないかと…。」
「あーなるほどね。確かにそう思ったことはある。
レオとリリーの子だったら、間違いなくいい男だろうと思って。
だけど、政略結婚させたいわけじゃない。
ちゃんとロザリーが自分で結婚したいと思ったものと結婚させるつもりだった。
…僕だって、一応は恋愛結婚で、自分で選んだんだよ?」
「そうなのですか!?」
「僕が結婚するように議会から勧められたのは、
マリーナではなく、妹のレミーアのほうだった。」
「え??お母様ですか!?」
「そう。僕より一つ年上のマリーナは候補にもなっていなかった。
公爵家を継ぐために婿を取る予定だったそうだしね。
で、レミーアと会ったんだが、
僕は付き添いで来ていたマリーナの方を気に入ってしまった。
真面目だけど頑なで、強気で。僕の言うことを聞きそうになかった。
そうだな…マリーナは猫だった。レミーアは兎かな。
王妃として素直で従順なものを議会は求めたんだろうけど、
僕は一緒になって議会と戦ってくれる王妃が欲しかったんだ。
側妃を欲しくなかったこともあって、
簡単に議会に言い負かされるような王妃じゃ困ると思ったし。
マリーナに求婚しても一度は断られたけどね。娶るのは妹にしてくださいって。」
「…初めてお聞きしました。」
「だろうね。マリーナはまだたまに文句言うけど。
本当なら公爵家を継いでのんびりしてたはずなのにって。
だけど、僕はマリーナを選んで良かったと思っている。
ロザリーにもそういう出会いをしてほしかったんだが、
君たちはいつも二人だけでいて、恋人どころか友人も作ろうとしない…。
これはもう留学させたほうが変わるきっかけになるんじゃないかって思ったんだ。
まさかこれほど誤解されているとは思わなかったよ。」
「…申し訳ありません…。」
「いや、僕がちゃんと説明しなかったのが悪いな。
リオル、ミーシャ嬢、すまなかったね。
いろいろとめんどくさかっただろう。悪い子たちじゃないんだけどね…。
真面目過ぎて…暴走してしまったみたいだ。」
事情が分かってしまえば、どちらかといえば気の毒になって来た。
女王になるかもしれないと思っていたのに王子が生まれ、
自分は用済みだとでも思ったんだろう。
「俺はもう大丈夫です。
追いかけられている理由がわからなくて困っていましたが、
そういう事情があったのなら納得します。
それに俺もジーンとブランに依存していたので、
ロザリー王女とルビア嬢の気持ちも理解できる気がします。
いくら大事でも依存したままではいけないと、今回のことでよくわかりました。」
「そう言ってもらえると助かるけど、ミーシャ嬢も大丈夫?怒ってない?」
「確かにロザリー王女とルビア様の行動は褒められることではありませんでした。
そうですね…これから行動を直していけばいいのではないでしょうか?」
「これから?まだ留学していて良いと?」
「ええ。もちろんです。
このまま帰国してしまったら、ロードンナ国としてもまずいのではないですか?
王女とルビア様の評判は落ちたままになってしまいます。
これで誤解も無くなったわけですし、きちんと留学生として学び直してほしいです。
真面目な王女とルビア様ならば、おのずと評判は元に戻るでしょう。
その間に…友人もできるかもしれませんし、恋人もできるかもしれません。」
「ありがとう!ミーシャ嬢!
リオル、すばらしい子と婚約したな!」
「それはもう。俺の唯一ですから。」
「ロザリーが起きたら、ちゃんと僕から誤解をとくよ。
その上で、もうしばらく学生生活を楽しむように言うから。
ルビア、君もだよ。
結婚したら離ればなれになるとか思っているんだろうけど、
離れたからと言って関係が終わるわけじゃない。
離れていても相談することもできるし、助け合うことだってできる。
僕の友人はこんなに離れているけど、ずっと友人でいられる。
…無理に離れろとは言わないけれど、
ルビア自身の幸せもきちんと考えるんだよ?」
「…はい、陛下。ありがとうございます。
リオル様、ミーシャ様、ご迷惑おかけして申し訳ありませんでした。
一からやり直します。
その機会を与えていただいて…ありがとうございます。」