86.けじめ
陛下の執務室のテーブルに魔術具が何点か置かれている。
それを一点ずつジョエル国王が確認していった。
ジョエル国王はすべての確認が終わった後、大きく息をついた。
「間違いない。ロードンナの宝物殿から無くなっていた魔術具だ。
やっぱりこの国に来ていたのか。」
「エリザが直接手に入れられるとは思えないから、
あの女官長が仕入れていたのだろう。
辺境公爵家からもそういう情報は入っていた。
ロードンナから魔術具を購入しているようだと。
だが、これほどまでに危険なものを使っていたとは…。」
「エリザ嬢がああなったのも当然だ。
ただでさえ強力な魔術具な上に、エリザ嬢では魔力が足りなかったのだろう。
魔力を増幅させる魔術具まで同時に使用していたようだ。
その魔力を一気に吸い上げられたら…。」
さきほど様子を見て来たばかりのエリザを思い出す。
髪も爪も肌も干からびたようになり、意識はない。
生きていると言われても信じられない状態だった。
父上と王宮へとエリザを連れて戻ったら、陛下とジョエル国王が待っていた。
ロザリー王女と公爵令嬢のことを聞いて、すぐに転移して来ていたらしい。
だが二人はまだシーナによる治療中で面会できていないそうだ。
他国の国王であるジョエル国王だが、
さすがに緊急事態だということで王宮への転移を許可したのだろう。
俺と父上が学園内で起きたことを説明し、
エリザが持っていた魔術具を確認すると、次は国王同士の話し合いとなった。
「見つかったとはいえ、エリザのあの状況では婚約は解消するしかないな。」
「いや、そのままでいい。」
「は?」
「どっちにしても形だけの婚姻だ。
エリザ嬢はこのままレフィーロ国に置いておくのも難しいだろう。
だったら、もう十五歳で結婚できる年齢だ。
このまま婚姻したことにしてすぐにでも連れて帰って、
ロードンナの後宮に入れたほうがいいんじゃないだろうか?」
「いや…確かにそれはそうだが…。
さすがにロードンナの負担が大きいだろう?」
「今回は、うちの王女と公爵令嬢が迷惑かけてしまったようだしね。
エリザ嬢を側妃とすることは、俺としても利用価値はあるし。
リーンハルト国王が問題ないと判断したら、
すぐにでもエリザ嬢はロードンナに連れて行くよ。」
それを聞いて、それまで黙っていた父上が陛下に進言する。
「兄貴、俺としてもその方が良いと思う。
あの離宮は閉鎖してしまっているし、
今から人を入れて使えるようにするにも時間がかかる。
後宮でもなければ人に見られないようにエリザを幽閉するのは難しいし、
エリザの後ろにいた連中が全員わかったわけじゃない。
下手に後宮に幽閉して、また他の妃に何かあっても困る。」
「…そうか。わかった。
だが、三日だけ待ってくれないだろうか。
俺の自己満足でしかないが…三日だけ王宮にエリザをいさせてくれ。
その後、俺の娘としてロードンナに嫁がせたい…。
一度廃嫡したが、これでもうエリザ自身が何かできることは無い。
ジョエル国王がそれを利用することも無いだろう。
こんなことになってしまったが、せめて王女として嫁がせてやりたい…。」
「兄貴…そうだな。
名ばかりの王女としてなら問題ないだろう。
側妃ではなく、愛妾の子として王女の名を残そう。
それならば議会も問題なく通ると思う。それでいいか?」
「ああ。すまない…レオルド。
ジョエル国王、エリザを頼めるだろうか。」
「王女として嫁がせてくれるのなら、うちとしてもありがたい。
幸せにはできないが、せめて苦痛の無いように世話をさせると約束しよう。」
「…ありがとう。」
こうしてエリザは三日後にロードンナへと嫁ぐことが決まった。
意識がないままのエリザに王女として名を与えることに意味はない。
それでも、陛下の娘として嫁がせてやりたいと思う気持ちを否定する気はなかった。
あの時、倒れているエリザを見て、もう殺したいと思う気持ちは消えていた。
許すことはできないし、許せるとも思えない。
それでも、何かしら自分の中で決着がついたのかもしれない。