84.操られる
「まずい!王女たちか!」
「行きましょう!」
教室から出て廊下を走ると、角を曲がったところで倒れている王女と、
それを抱き起そうとしている公爵令嬢に会った。
王女は血の気を無くし、ぐったりとして意識が無いように見える。
公爵令嬢が必死で声をかけているが、まったく反応していない。
「何があった!?」
「あ、あの!何かがロザリー様にぶつかってきて、
倒れたと思ったら意識が無くて…。」
「ぶつかってきた?」
おそらくぶつかってきたのはあの白い影のことだろう。
てっきり俺とミーシャを狙って来ると思っていたのに、まさか王女に行くとは思わなかった。
「リオル!」
呼びかけられたと思ったら、転移してきたのは父上だった。
レミリアから連絡を受けて来てくれたのだろう。
「父上、学園内にエリザの手のものが入っています。
白い影に襲われたと思ったら、エリザの顔が見えました。
どうやら、その白い影がロザリー王女を襲ったようです。
意識がありません。」
「なんだと?
…まずい、すぐに王女から離れるんだ!」
「え?」
ロザリー王女を抱きかかえていた公爵令嬢は、何を言われたのかわからずきょとんとしている。
その次の瞬間、公爵令嬢は近くの廊下の壁へと吹っ飛ばされていた。
「「っ!」」
「遅かったか!」
何が起きた?一瞬で公爵令嬢の身体が飛んだように見えた…。
ロザリー王女がむくりと起き上がるが、その目を見ると正気を無くしているように見える。
もしかして、操られている?
「父上、あれはエリザが操っているのですか?」
「エリザかどうかはわからない。だが、おそらくはそうだろう。
ロードンナから盗まれた魔術具だな…。
操られている王女の意識はないままだろう。
王女か…手荒なことはしたくないが、仕方ないな。
捕縛の術で捕まえるか。」
父上の術が発動し、ロザリー王女へ向かって無数の糸が向かっていく。
そのまま無数の糸を絡ませて身動きを封じて王宮へと連れて行くつもりなのだろう。
その糸がロザリー王女に届く寸前で、透明な壁にあたってはじかれた。
「な!?」
父上の術が防がれたのを見て思わず声が出る。術を防いだのは誰だ!?
ロザリー王女側からではなく、他の者の術を感じる。
「誰だ!」
父上が叫んだ方向に、黒いローブを被った人がいるのがわかった。
小柄な体をすっぽりと隠す黒のローブが不気味に見える。
そのローブから少しだけ見えた口元がにやりと笑う。
「姫さまの邪魔をしないでください。」
少し低めの女性の声に聞こえた。
その声には聞き覚えが無いのに、ぞわっとする感覚で何者なのかわかった。
恨んでも恨んでも、なお感情をぶつけ足りないほどの…。
「…父上、あいつです。
あれは…俺と母上を刺した老人です。
あいつが!俺と母上を!」
忘れるわけはない。
何度も何度も笑いながら母上の腹を刺した老人だ。
あの女に仕えていた…こんなところで出会うとは!
「あいつがそうか…。」
父上から聞いたことも無い低い冷たい声が聞こえた。
表情を無くした顔で目だけが殺意を持って光っている。
周囲の温度が一瞬で下がるのがわかった。
「…父上?」
「あいつは俺に任せろ…
リオル、あの魔術具は取りついたものの身体を奪って動いている。
だが、おおもとはエリザと魔術具の魔力だ。
これを使え…いいな?」
「…はい。」
俺に魔術具を渡すと、父上はすぐさま黒いローブに向かっていった。
と同時にいくつかの術が向かっていくのが見える。
黒いローブがその術を避けようと後退する場所にまた術が追っていく。
術を避けようとしているのだろうが、この場からどんどん遠ざかっていった。
父上はあいつをこのまま追い込んで、この場から離すつもりなのか。
「あいつのほうは父上が倒すだろう。
ミーシャ、ロザリー王女の動きを止めたい。
力を貸してくれ。」
「わかったわ。」
ロザリー王女も魔術師とは言えないまでも、ジョエル国王の娘なのだから魔力は多いはずだ。
中にいるのが魔術師ではないエリザだとしても油断はできなかった。
攻撃されると思っていないのか身構えることも無く、
ふらっと立ち上がったロザリー王女から無数の手が生えてきた。
うっすらと透き通っているのは、何かの幻影だということか?
そう思ったら、その腕から術が飛んでくる。
そのすべてを弾き返しながら無効化する。
ただ弾き返したら、王女や倒れている公爵令嬢にあたってしまう。
父上が戦う場所を変えたのはそのためか。
「ミーシャ!いまだ!」
全ての術を無効化した一瞬、魔力が消えるのが見えた。
おそらく違う魔術具を使おうとして切り替えたのだろう。
その隙を待っていたミーシャが光の帯を向かわせる。
ぐるりと王女を囲んで包み、そのままぎゅっと縛るように拘束する。
無数の腕は消えて、王女の身体だけが残り、光は身体を包んで身動きを取れないようにしている。
すぐさま近づいて、父上に渡された魔術具を使う。
つけて離れると…王女の身体が二重にぶれて、うめき声が聞こえた。
王女ではない、エリザの声だ。
「どうして…り…おる…あなたは…わたしのもの…
そくひなんて…許さない…わ…
…あいし…ている…の…なぜ…」
苦しいだろうに、それでも俺に向かって何かを言い続けている。
身体から魔力を奪われるというのは生命力を奪われるようなものだ。
話すことも辛いだろうに、それでもまだ訴えようとしてくる。
父上に渡されたのは魔力を奪い拘束する首輪だった。
いつか復讐することを考えていたのか…。
この首輪はロードンナ国のものではない。
魔術具から伝わる魔力は父上のものだ。
締め上げるかのような苦しみを受け続けている目の前の光景に、
魔術具を作るのにどれだけ恨みを込めたのかと思った。
もしかしたら、殺された母上や俺よりも…
それを助けられなかった父上の方が苦しかったのか?
「…リオル。」
「あぁ、あれはあの時のものと似ている。
だけどもっと強力な、父上が作ったものだ。
エリザの魔力のみに反応して吸い上げているんだろう。
ロザリー王女は意識がないままだとは思うが…。」
「エリザは…。」
「魔力が無くなるまで苦しみ続けるだろう。それが終われば止まる。
多分、エリザ自身は魔術具の力が使える範囲の中にいるはずだ。
そう遠い場所にはいないと思う。
あれが終わったら…探そう。」
「…わかったわ。」
長い長いうめき声だった。
いつまで続くのだろうかと思ったが、しばらくたって糸が切れるように止まった。
ぐったりしたままの王女と公爵令嬢。
俺が介抱することはできない。それこそ娶れとか言われかねない。
かといってミーシャに任せて何か言われても嫌だ。
しかたなく、母上に連絡をしてシーナをよこしてもらう。
「呼びました~?」
「ああ、シーナ。悪いけど、そこに倒れている二人、診てくれないか?
首輪は…父上が許可出すまではそのままにしておいて。
ロードンナの王女と公爵令嬢なんだ。
王宮へと運んでおいてくれないか。」
「わかりました~。」
二人とも意識が無いままだし、後遺症があるかもしれない。
シーナが診てくれれば、それが一番いいだろう。
後は任せて、俺とミーシャは学園内を探し始めた。
この学園は王族も通っていることから警備が厳しい。
学園の近くに隠れるような場所は存在しない。
だからこそ、学園内に忍び込んでいた方が見つかりにくい。
きっとエリザはこの学園内のどこかにいるはずだ。