79.留学生は王女様
「ジョエル陛下の娘?ロードンナの第一王女?」
最近、また父上が忙しそうにしていると思っていたら、ロードンナ国との間で何か頼まれたらしい。
「ああ。どうやらジョエルから留学の話を聞いて興味を持ったらしい。
今までは女王になるかもしれないと、厳しく教育されていたそうだ。
ロードンナ国では王女に王位継承権はないのだが、
王妃の産んだ子が王女三人だったからな。法改正を考えていたそうだ。
だけど、去年産まれた四番目が王子だったことでそれも無くなった。
今まで厳しくしていた分、少しばかり自由にさせることにしたと。」
「あーなるほど。今まで厳しくした分、少しは好きにしていいよと。
それって政略結婚させるまでの自由だよね?」
「そういうことだろうな…。
エリザの件もあるし、交流しておきたいのもあるんだろう。」
いまだ行方不明のままではあるが、
エリザはジョエル国王の側妃として嫁ぐことが決められた。
今は婚約中ということになっている。
母親の死をきっかけに体調を崩しているため療養中ということになっているが、
エリザが十八歳になるのを待ってロードンナ国に嫁ぐ予定になっている。
もちろん、その前にエリザが見つかればの話だ。
ジョエル国王としてはこの婚約自体に意味があるものだった。
同盟国の王女を側妃にすると言っておけば、
その間にロードンナ国内の貴族たちから他の側妃を薦められても断れる。
エリザが見つからない場合は婚約解消となる予定ではあるが、それでもあと三年の猶予がある。
その間に王子の地位を確実なものにして議会を黙らせることができれば、
本当にエリザを側妃として娶る必要はない。
両国にとって、エリザが見つからなくてもお互いに得をする婚約だった。
だが、それは裏側の事情であって、表向きには婚約解消は喜ばれることではない。
どちらから申し出があったかによっては、今後の火種となりかねない。
エリザを娶らなかった場合でも同盟に問題がないように、
第一王女をこの国の貴族に嫁がせることも考えているはずだ。
一番に考えられるのは、レイモンドかフランソワに嫁がせるということだろう。
二人ともまだ婚約者はおらず、身分としても年齢としても問題なかった。
実際に受け入れるかどうかはまた別の問題、
国内の貴族から王妃を出したい議会の思惑もあって難しいのだが…。
本当なら父上の娘であるレミリアが王妃になるのが、
この国としては一番いいことなのだろうが、レミリアにはシオンがいる。
どう考えても無理である以上、王女とレイモンドの結婚も悪くはない話だ。
「第一王女ってどんな王女なの?
レイモンドとミーシャと同じ学年になるんだよね?」
「その予定だ。かなり優秀な王女らしいが…性格は強気だな。
ジョエルよりは王妃に似たらしい。名前はロザリー王女。
青みがかった銀髪に碧眼、女性にしては少し長身。
ということくらいしか容姿についてはわからない。」
「ふぅん。強気な王女ね…。
ミーシャはともかく、レミリアと喧嘩しなきゃいいけど…。
ロザリー王女にはレミリアのことは話すの?」
「そのつもりだ。おそらく一緒にいたら気がつくだろう。
レミリアの態度は宰相の娘っていう立場よりも上にしか見えん。
レイモンドやミーシャと同じ立場で動いているだろう。
公表はしていないが、実際にはレミリアも王族で王位継承権もある。
ロザリー王女に隠しておく方がまずいだろう。」
「了解。いつから来るの?その王女。」
「再来週には来るそうだ。お付きの者も一緒に留学してくる。
そっちは公爵家の令嬢だと。ロザリー王女の従姉妹だ。」
「王女と公爵令嬢、ね。めんどくさいな…。」
「これも王族の仕事だ。少しは手伝えよ。」
「わかったよ…。」
王位継承権の放棄まであと少しだった。
本当なら婚約発表の後、議会で承認されれば放棄することになっていた。
その承認待ちの間にエリザの事件が起きてしまった。
いくらエリザの態度が悪かったとはいえ、血筋的には王の子に間違いない。
それに同情する声もあった上で、ジョセフィーヌ元側妃が亡くなった。
療育中だとされるエリザを他国の側妃とする発表に反発の声もあった。
そんな中で貴族たちの不満が大きくなり、
人気が高い父上の子である俺が王位継承権を放棄するのが難しくなってしまった。
陛下からも少しだけ待ってくれと言われ、ミーシャが十五歳の誕生日を迎え、
俺と結婚する時点で王位継承権を放棄することに変更になった。
早くこの責任から逃れたい。
そう思うけれど、同時に本当に逃げていいのか迷うようになっていた。