7.後宮
王宮の奥へと足を進める。侍従や護衛騎士は連れて来ていない。
人の気配が無いその先へ、いらだちを隠せない足音が響く。
通路の奥、後宮へ続く大きな扉の前に門番が二人いた。
「開けろ。」
慌てた門番が、謝りながらも道をふさぐ。
「申し訳ございません。」
「申し訳ございません、レオルド様…。
ここをお通しするわけには…。」
仕事に忠実な二人の門番だが、睨みつける。
「いいから、開けろ。俺を誰だと思ってる。」
「…わかりました。」
仕方ないといった顔で頷き合い門を開けようとする門番たち。
おい、こら。わかっちゃダメだろ。
俺を誰だって、王弟だよ、王弟。
陛下じゃないんだから、後宮に入れちゃダメだよ。
心の中で突っ込むけど、何事もなかったような顔で中に入る。
俺が後宮に入れるということは、門番も俺が陛下だと思っているってことだ。
いいかげん、こんなことは止めさせなければいけない。
国王と王妃の仕事を丸投げされてから、この二年もの長い間に、
何度も後宮から出てくるように連絡した。
手紙の返事は来るが、少しも後宮から出てくる気配がない。
後宮は陛下以外の男は入れないとあって、無理に押し入ることもできなかった。
だが、もう疲れた。限界だ。
無理に押し入ってでも、陛下と直接話さなければいけない。
手紙だと何を書いてやっても、返事はお前に頼んだしか書いてこないからな。
ずかずかと奥へ進んで行く。
途中ですれ違う女官たちが軽く悲鳴をあげて、はじに避けてその場にひれ伏す。
だから、俺は不審者なんだけど…。
後宮の中までこうなのか…どうしてこうなった?
後宮の奥の主がいる私室の前で止まる。
女性の騎士が数人で守っているらしい。
隊長と思われる女性騎士がこちらに頭を下げる。
「何か御用でしょうか?殿下。」
「あぁ。陛下と王妃に話がある。今すぐにだ。」
「…かしこまりました。中に連絡します。」
女性騎士たちは俺と陛下の関係性を正しく理解した上で、
後宮に入ってきたことをとがめない、と言ったところか。
いや、陛下たちを後宮から追い出しにきたとか思われてないよな?
俺が陛下になるから出ていけって話じゃないからな?
数分待って、扉が開いた。中から人は出てこない。
入っていいかと女性騎士たちを見ると、頷いている。
ここを守る騎士として許可は出せないが、黙認するってところかもしれない。
陛下とは二年ぶりだ。王妃とはほとんど会ったこともない。
隣国の王女様らしいが、結婚式の時に挨拶したのが最後だ。
おとなしくて、何を考えているのかわからない王女だった。
さて、二人は、どうする気なのか。
いろいろ言いたいことはある。
ずっとイライラしていたのを、好きなだけぶつけていいよな?
王妃の私室なのだろう。
奥の部屋に入ると、ソファに座っているのが見えて、声をかける。
「この馬鹿兄貴!いいかげんにしろよ、なぁ?」
びくっとして身体を縮めている、この男が陛下だ。
金髪に碧眼、小柄な体格、何一つ俺とは似ていない兄貴。
横にいる王妃はどうしていいか困っているようだ。
抱きかかえているのが半年前に生まれた王子だろう。
「兄貴たちの仕事を代わってやってからもう二年だ。
さすがにもういいよな?
俺は公爵になるから、後は自分たちでなんとかしろよ。」
「そんな~レオルドがいなかったら、無理だよ。」
「あのな?新婚だからって国王の仕事押し付けて、
その後も妊娠中だ出産したばかりだと逃げやがって。
兄貴が陛下なんだぞ。
周りにだって、すっかり俺が陛下だと思われてるじゃないか。
いいかげんにしろっ。」
いや、二人で泣きそうな顔してもダメだぞ。
俺たちの仕事じゃないものを二年も押し付けておいて。
「今後はリリーアンヌも王妃の仕事をしない。
王妃の仕事もきちんとしてくれよ、義姉さん。」
「えっ。だって、赤ちゃんいるし…。」
「そのために乳母や女官がいるんだろう?
リリー、もう王宮にいないからな。
泣き落としで頼もうとしても、会うこと無いからな。」
「そんな…無理よ…。」
「何とかならないのか?レオルド…頼むよ。」
二人に頼まれても、もう無理だ。
リリーがいない。おそらく、リリーは限界だったはずだ。
それが俺の不実を疑うきっかけにもなってる。
もう迷ったりしない。
「嫌だ。俺も、もう王宮から出る。
自分たちが何とかしないと、この国が滅ぶよ?」
「だから、お前がいてくれれば!」
「だーかーら、俺はもう嫌なんだよ。
二年も仕事してやったんだから、後は自分たちでなんとかしなよ。
俺は、王家の血なんて入ってないんだからさ。」
俺は王子とは名ばかりだ。
女王の王配だった父親と、その公妾だった母との間に生まれている。
だから、王家の血は一滴も入っていない。
形だけは王子で、成人するとともに公爵になる予定だった。
兄貴たちがきちんと仕事してくれていれば、
去年には公爵になって領地にいるはずなのに。
「待って、待ってくれ。」
もう言うことは済んだと、後宮から出ようとする。
後ろから兄貴が追いすがってくるが、もう知らん。
「明日、謁見室で貴族たちに公表するから。
俺は公爵になって王宮には来ない。
もう王政には一切、関わらない。
その後どうするかは自分で考えてよ。」
「…!」
肩に置かれた手をはらって、後宮の外に出る。
門番たちが驚いた目で見ている。
先ほどの言葉が聞こえたのかもしれない。
大丈夫、ここに俺を通したことは注意されないと思うよ。
陛下も王妃も、今はそれどころじゃないから。
門番たちに少し離れるように命じ、後宮の扉を壊す。
これでもかと粉々に壊してやった。
これを見たら兄貴たちも、もう閉じこもる気にならないだろう。
門番には、ここの番はもうしなくていいと去らせた。
王宮内にいたら誰か泣き落としに来そうだから、また身を隠すことにする。
市井には慣れているから、その辺の問題はない。
明日の昼に謁見室に集まるように指示を出し、そっと転移する。
リリーを迎えに行けるようになるまで、あと少し。