69.エリザの呼び出し
授業が終わり帰ろうとすると、俺の手元に私信が届いた。
小さな生き物の形をした手紙。魔術だ。
誰がよこしたのかと思って読むと、エリザからだった。
「一度会って話がしたい。
他の令息はいないので、すぐにサロンに来てほしい。」
エリザが魔術を使えるとは聞いていない。
なら、これは魔術具を使用しているのか…。嫌な予感がするな。
そう思って一度サロンに行ってみることにした。
ジーンとブランには、エリザに見つからないように何かに変化してついてくるように伝える。
俺一人でなければエリザの本音を聞き出せないような気がした。
「それで、俺を呼び出した理由は何だ?」
サロンに入ると、奥のソファにエリザが一人で座っていた。
一応お付きの者がいるはずだが、人払いでもしたのだろうか。
離宮に幽閉されている状態のエリザは、護衛という名の見張りが付いているはずだ。
たとえ一時でも、それらがいないのはおかしな話だった。
「リオルは私のことを誤解をしている気がして、ちゃんと話をしたかったのよ。
私はあなたを敵だと思っていないわ。」
「そうか、それで?」
「私はあなたと仲良くなりたいだけなの。わかってくれた?」
「それはわかったが、俺は仲良くする気はない。」
「どうして?敵じゃないわよ?私はあなたの味方なのよ?」
「それを判断するのは俺だ。
…そもそも、俺と仲良くなってどうするつもりなんだ?」
「あなたが好きなの。だから、私と婚約して?」
「は?」
にっこり笑って言うエリザに嘘はなさそうだ。
ジョセフィーヌ王女に瓜二つと言われている栗色の髪と目、
小柄な体は庇護欲を刺激される者もいるだろう。
ただ、俺には嫌悪感しかない。俺はこいつだけは許せないのだから。
「私と結婚してくれたら、全部がうまくいくと思うの。
従兄弟だから結婚するのに何も問題ないでしょう?」
「あるね。…俺はお前が大嫌いだ。」
「え?」
「絶対にお前とだけは結婚しない。陛下も父上もそんなことは絶対に認めないよ。
政略結婚でもありえないのに、大嫌いなお前と結婚なんてするわけないだろう。
もう二度と俺に話しかけるな。」
「そんな!」
こんなくだらない理由で俺に付きまとっていたのか。
どうしようもない腹立たしさで、魔術をぶっ放してしまいそうになる。
荒々しく扉を開けてサロンから出た後、ジーンとブランが制止する声も聞かずに森の奥へと転移した。
「ねぇ、うまくいかなかったじゃない!どういうこと!
この私が婚約してあげるって言ってるのに、大嫌いって何よ!」
「エリザ様、あれは照れ隠しっていうものです。思春期の男はそんなものです。」
「そ、そうなの?照れているの?」
「ええ。エリザ様に誘われて嬉しくない男などいませんわ。
今日は婚約したい意思を伝えられたことだけで構いません。
焦らずにじっくりと話を進めれば、必ずエリザ様の手に落ちてきますから。
さぁ、今日は離宮へと帰りましょう?」
「わかったわ。」
あぁ、もうイラつく。
森の木を燃やすのは魔女に怒られるから、いたるところを凍り付けていた。
小さな池も凍り、周りの木々も凍って幻想的な風景になっている。
これを暴風で破壊したら怒られるかな…。
「リオル、やりすぎよ…?」
「ミーシャ…。」
「もう、ジーンとブランが困ってたわ。近づけないって。」
「あぁ、そうだろうな。結界張ってたから。」
「話は聞いたけど、大丈夫?気持ちが揺らいでいるのが見えるわ。
手をつなぐ?」
「…頼む。」
ミーシャの細い手を取って、両手でつなぐ。
自分の中の荒れ狂っていた魔力が吸い取られるようにミーシャに流れ、
それが静かな水のような魔力になって戻ってくる。
ゆっくりとゆっくりと浄化されるように魔力が落ち着いてきて、
ようやく気持ちも落ち着くことができた。
「すまん…。」
「いいのよ。でも、久しぶりだったわね。こんなに落ち着かないなんて。
もしかして、あのことを思い出した?」
「ああ。あの女、俺と結婚しろと言ってきた。ありえないだろう!」
「もう、また落ち着かなくなってしまうわ。
…それにしても結婚ね。これは妬いた方がいいの?」
「…妬いてくれるならうれしいけど、妬かなくていいぞ。
あれはただの化け物だ。人ですらないものに妬かれても困る。
それに、俺が結婚するのはミーシャだけだ。」
「ふふ。わかってるわ。言ってみたかっただけ。
だって、妬くような場面が無いんですもの。」
「俺は心配させるのが嫌なんだよ。
ちょっとでも隙間があったら離されそうだから。」
「大丈夫よ、隙間なんて無いわ。
ここに入ってこれるのも私くらいでしょう?」
「ミーシャにはかなわないな。
わかった、迎えに来てくれたんだろう?帰ろうか。」
ミーシャに初めて会ったのもこの森の中だった。
俺たちが修行している結界の中、急に入ってきた女の子に驚いた。
まだ小さな、聞けば八歳だという女の子に、俺たちは興味を持って仲間にいれた。
それからは五人で修行しているが、魔力量で言えば俺が、魔術力で言えばミーシャが一番上だ。
なんというか、ミーシャは研究熱心なのだ。
ミーシャの母だという側妃に会ったことは無いが、
魔力が足りずに魔術師になれなかったことを悔しがっていて、
ずっと魔術と魔術具について研究しているという。
魔術具については父上から制限をかけられていることもありあまり進んでいないらしいが、
魔術の研究は第一人者と言っても良いのではないだろうか。
その研究結果をまず娘のミーシャに試させるので、
ミーシャもいつの間にか研究する癖がついてしまったらしい。
ずっと一緒にいたからではないと思うが、俺とミーシャが恋仲になるのは当たり前のような感じだった。ジーンとブランは良いのかと思うけど、二人にとってはミーシャも妹のようなものなのだそうだ。
学園に入ったばかりのミーシャの周辺を騒がせたくない思いもあり、
恋仲であることを公表していなかったが。
エリザが騒ぐ前に何か手を打った方が良い気がしてきた。
少し父上と宰相と相談してくるか…。