68.食堂にて
「ここいい?空いている?」
「ええ、もちろん。空いているわ。」
学園の食堂は身分別にはなっていない。
食事をするために個室を借りることもできるのだが、中庭に面したこの席が気に入っている。
俺とジーンとブランで来て、六人席に三人で座っているレミリアに声をかけた。
レミリアは第一王子のレイモンドと第一王女のミーシャと座っていた。
レイモンドは王妃の子で、王太子になることが決まっている。
ミーシャは側妃の子で、王位継承順位は俺よりも下の四位だ。
二位には王妃の子で第二王子のフランソワ王子がいる。
フランソワ王子はまだ十一歳なので学園には通っていない。
俺とレイモンド、ミーシャが仲良くしているのを見せるのは仕事でもあった。
こうしてレイモンドが王太子になることに俺が不満を持っていないと示さないと、
俺を王位につけようとする者たちが勝手なことを言い始める。
それを防止する役目もあって、
こうして個室ではないところで一緒に食事をすることにしていた。
あくまでも、レミリアはジーンとブランの妹でミーシャの話し相手、ということになっている。
俺の妹だと公表されていなくて良かったと心から思う。
もし妹だとわかっていたら、レイモンドの婚約者だと思われていただろう。
もちろん、レイモンドはレミリアとシオンのことも知っているので、
そんなバカなことは考えもしていない。
レイモンドは王妃に似てきちんと判断できる王子なので、
婚約者候補には他の公爵家の令嬢を選ぶだろう。
ただ、十三歳の今の時点で交流するのは早いと思っているようで、まだ婚約者選びは始まっていない。
「ねぇ、リオル。またエリザ教が来たって?」
「ああ、宰相から聞いた?」
「父上から。今朝めずらしく一緒に食事したから。心配していたよ。
リオルがめんどくさくなっていないかって。」
「ぷぷっ。陛下、わかってんな~。」「さすがだな~陛下。」
「ホントだよ、すごくめんどくさい。父上を恨みそうになるよ、ホント。
王位継承権放棄するんだから、これくらいの仕事は引き受けろってさ。
まぁ、そう言われたらやるしかないよね。
後のめんどくさいことはレイモンドに任せるわけだしさ。」
「おーい。俺だけに任せる気かよ。少しは手伝ってくれ。
リオルはもちろん、ジーンとブランもいなくなられると困るんだけど。」
「わかってるよ、それは。手伝えることは手伝うよ。」
「ああ、頼んだよ…って、あれエリザじゃないか?どうしてここに?」
食堂の入り口付近が騒がしいと思ったら、令息たちを引き連れたエリザが入ってくるところだった。
いつもならサロンにいるはずなのに、何をしに来たのか。
警戒していると、エリザはまっすぐこちらに向かってきている。
端の席に座っていたシーンとブランがいつでも立ち上がれるような体勢になった。
「ごきげんよう。」
「何か用か?」
俺とレイモンドはエリザの方を見もせず、ジーンが返事をする。
エリザの身分から考えて、この席で話しかけていいのはジーンとブランだけだ。
いや、本当はジーンとブランも話しけてはいけないのだが、
表向きは俺の侍従になっているし、端の席に座っている。
レミリアもいるが反対側の端にいるし、
ミーシャへの影響を考えるとレミリアが答えるわけにはいかなかった。
「侍従ごときが無礼だぞ。
エリザ王女はレイモンド王子とリオル様に話しかけているんだ。
邪魔をするんじゃない。」
エリザの隣にいた令息が声を張り上げる。
食堂中に響いたので、あちこちからこちらをうかがう様子が見えた。
エリザが人前でレイモンドや俺に話しかけてくることは無かった。
当たり前だ。
話しかけていい立場ではないのだから。
いくら血のつながりがあるとはいえ、一緒に考えてはいけないのだから。
「お前こそ、無礼だぞ。
身分の無いものが王族に話しかけていいと思っているのか?」
「えっ?…身分が無い…ってなんだ?」
知りもしなかったのか。
どこの令息か知らないが、何も知らないものを連れてきたようだ。
さて、ますます俺たちが相手にするわけにはいかなくなったな…。
「ひどいですわ。従姉だし、姉でしょう?
そんなに嫌わなくても良いと思うのだけど。
一緒に住んでいないのだから、せめて学園でお話くらい…。」
従姉だし、姉。ただ血のつながりだけを見たらそうなのだろう。
エリザの周りの令息たちはそれに応じない俺たちが悪いと思っているようだ。
これはジーンとブランでは手に余るかもしれない。
だが、俺が話すのも…どうしたものか。
「あら、聞き捨てならないわ?
リオル様が従弟でレイモンド様が弟だと、そこのものは言うのかしら?」
まさかのレミリアだった…あぁ、こいつが黙ってられないの忘れてたよ。
「エリザ王女に失礼だぞ!」
さきほどの令息が叫んだが、レミリアは表情を変えることなく告げた。
「この国の王女はミーシャ様だけです。
エリザなどという王女はこの国にはいません。
それは誰のことですの?」
「え?」
「確かに、昔いたジョセフィーヌという側妃が産んだ子がエリザと名を付けられましたが、
その側妃は身分をはく奪され、同時にその側妃が産んだ王子と王女も廃嫡されました。
以後、この国の王族に生まれたものでエリザという王女はいません。
で、エリザ王女とは誰のことですの?」
「…。」
「罪を犯して身分をはく奪された側妃の子を王女と呼ぶのは、反逆行為です。
それをわかって、ここで王女と呼んでいるのなら、捕まってもおかしくないのよ?
で、そこのものは名乗りなさい?あなたはどこの誰ですの?」
「…。」
ここで自分から名乗ることは出来ないだろう。エリザには家名が無い。
もちろん王女ではないので、国名を名乗ることもできない。
今ここで王女だと名乗ったら、間違いなく捕まる。
王族がいる前で偽証したことになるのだから。
それをわかっているのだろう…
エリザは悔しそうに唇をかむと、涙をこらえた表情で去って行った。
周りの令息たちもそれを追いかけるように去って行った。
「レミリア…。」
「何よ。お兄様たちは話せないし、ジーンとブランじゃ無理だったでしょう?
最悪、私は身分を明かせばすむことだし、問題なかったからいいじゃない。」
「お前の身分を明かしたら、父上や宰相の仕事が増えるんだぞ。
こっちにもその影響が来るからやめろよ。」
「今のは仕方無かったでしょう?
あきらめて帰ったみたいだからいいじゃない。」
「お前が攻撃されたらどうするんだよ。令息たちが睨んでたじゃないか。」
「…自分の身くらい自分で守れるもの。困ったらシオン呼ぶし。」
「はぁぁぁぁ。お前に何かあったら、俺がシオンに怒られんだろうが。」
「まぁまぁ、今日のことは俺から宰相に報告しておくよ。
まさかこんな手で来るとは思わなかったけど。
ちょっとまずいな。」
「そうだな。」
いくらこれがエリザの暴走で、礼儀知らずだということが事実であっても、
俺と従兄弟、レイモンドと姉弟というのは本当のことだ。
それを言い訳に使われて交流したかったと言われると厳罰にすることができない。
下手に厳罰にすると同情する者が出てくるからだ。
今までは直接じゃなかったからよかったが、
か弱い令嬢を装ってこられると周りの目が厳しくなるのがわかる。まいったな…。