65.王妃の資質
ミランダ王女が私室として使っている客室に向かうと、意外にもすぐに通された。
泣いているか、それを誤魔化すために化粧をする時間が必要かと思っていた。
初めて会うミランダ王女は王女らしく、所作に乱れも無く挨拶を交わした。
少し顔色が悪いが、それも気にしていなければわからないくらいだろう。
「アンジェラ嬢は助かると思う。腕のいい魔術師を連れて来ている。
ここにいる間に何か報告が来るかもしれない。」
「…良かった。レオルド様ありがとうございます。」
さすがにアンジェラの容態は気にしていたようで、静かにほうっと息をついた。
多分、ミランダ王女はこの後される話をわかっている。そう思った。
「あまり説明する必要もなさそうだな。」
「アンジェラ様の今後のお話ですわね?」
「ああ。怪我が治り次第、側妃として迎えることになるだろう。
ミランダ王女もそれでいい?」
「私が決めることではありませんが、意見として聞いてもらえるのであれば、
いずれ側妃は娶られると知っていましたしアンジェラ様なら問題ありません。
あの時アンジェラ様は私を置いて逃げることもできました。
今の私は他国の王女にすぎません。
もしアンジェラ様に権力を求める欲があるのなら、
私がいなくなった方が良かったでしょう。
助けてくれたのが友人としてなのか、未来の王妃としてなのかはわかりません。
それでも、とっさに盾になってくれるものを遠ざける気持ちはありません。
ぜひアンジェラ様を側妃として迎えたいと思います。」
なるほど。十八歳ではあるが、きちんと王妃になる心構えはあるらしい。
女性としての気持ちは他にあるかもしれないが、それは俺が聞くことじゃないよな。
「わかった。おそらく兄貴も議会もそう判断すると思う。
ミランダ王女との婚姻が済み次第、側妃の話も出ると思うが、
ケガのこともあるし側妃だから式はせずに後宮に迎えることになるだろう。
その時は王妃が後宮を采配することになる。
…まぁ、ミランダ王女は大丈夫そうだな。
申し訳ないが、リリーアンヌは王宮には顔を出さない。
何か聞きたいことがあれば兄貴に伝えてくれ。手紙くらいはやり取りできる。」
「かしこまりました。
リリーアンヌ様とは一度お会いしたかったですが、事情があるのでしょう。
いつか落ち着いたらお茶をご一緒したいとお伝えください。」
「わかった。
…兄貴はああ見えて繊細だ。側妃が増えることで悩みも増えるだろう。
ミランダ王女なら兄貴を助けられると思う。兄貴をよろしく頼む。」
意外だったのか、その言葉にミランダ王女の表情が崩れた。
あぁ、ミランダ王女はきちんと兄貴を見てくれているんだと思った。
陛下という立場だけじゃなく、兄貴を支えてくれる存在になってくれるといいな。
限界に近いだろうミランダ王女の顔は見ないように軽く挨拶をして部屋を出た。
大丈夫だとは思っているが何が手助けが必要かもしれないと思い、
医術室にいるシーナの様子を見に行くことにした。
「どうだ?」
さすがに令嬢の治療中に医術室に入ることは出来ず、
外で待っている宰相に声をかけた。
「シーナ嬢を連れてきてくれて助かりました。
王宮の医術士ではもうどうしようもなかったようです。
ハンネル公爵夫人も着いたので中に入ってもらってます。」
ハンネル公爵夫人が着いたのか。
じゃあ、おそらく魔力と血をわけてもらっているところだろう。
通常の医術士じゃそんな真似はできない。
魔術師の中でも精霊の力も使えるシーナは異質だけど。
間に合ったようで良かった。
「少し話せるか?」
「はい。私からもお願いします。」
少し離れた宰相室に転移すると、すぐにお茶の用意がされた。
転移しても全く動揺しないのは宰相らしい。
前の宰相が女王の死去と同時に退職してしまい、しばらくは宰相が不在だった。
兄貴が後宮にこもってしまって、
どうしようもなくなって俺が連れてきたのが今の宰相だ。
事情があってうちで保護していたのだが、
優秀な彼を無駄に遊ばせているのがもったいないと宰相を押し付けた。
身分も名前もあかさないことが条件だったため、王宮内で宰相の名を知るものはいない。
俺の手のものだというのは兄貴も知っている。
だからこそ宰相を重宝してくれているのだと思う。
宰相は権力を求めていないし、私情をはさむようなこともない。
相棒としてこれ以上信頼できるものはいないだろう。
「ジョセフィーヌ王女は実質離宮に幽閉していたはずだな?」
「そうです。監視もつけていましたが、やられました。
転移して王宮内に入り込んだようです。
王宮内は結界が張ってありますが、中庭は弱かったようです。
ロードンナ製の魔術具をつけていました。これです。」
宰相から渡されたのはロードンナ製の腕輪型の魔術具だ。
決められた場所間を転移する魔術具で、ロードンナ国では軍が使っているものだ。
王宮内で俺以外の者が作った魔術具は作動できないようにしてあったが、
中庭は少し弱っていたようだ。誰かが結界を弱めたのかもしれない。
「ロードンナと手を組んだ者が入り込んでいる?」
「おそらく。可能性として高いのはリハエレール国だった時の貴族です。
リハエレール公爵家になった際に貴族でいられなくなった者たちが、
ジョセフィーヌ様の周りに集まっている可能性が高いです。
ジョセフィーヌ様自身をどうこうするよりも、
第一王子のフレデリック様を王太子にすることで、
リハエレール国の再建を望んでいるのでしょう。」
「国の再建というよりも、自分達の貴族復権のほうが望みの気がするな。」
「それは間違いないです。
そのためならレフィーロ国の乗っ取りも考えているかもしれません。」
「まぁ、今なら兄貴が亡くなればフレデリックが継ぐしかないからな。
だけどミランダ王女が子を産めば、それはなくなる。だから狙ったのか。
ジョセフィーヌ王女は今後王妃に戻ることは無い。
…捨て駒にされたんだろうな。」
「でしょうね…陛下がジョセフィーヌ様をどうするつもりなのか。」
「処刑はしないだろう。
幽閉することにはなるだろうがな。公表もできるかどうか。
今すぐにフレデリックを廃嫡するわけにはいかないだろうしな…。」
「…できなくはないです。ですが、難しいのには変わりませんけど。」
「何かあるのか?」
「リオル様です。」
「は?」
「ですから、王妃の子が産まれるまでのつなぎとして、
リオル様に王位継承権を与えるんです。
陛下が倒れてもリオル様が、その後見でレオルド様がいるとなれば、
ミランダ王女をねらうのは無意味になります。
それに、どうせ王妃の子が産まれるまで、
リオル様は公の場に出さないおつもりだったでしょう?
レオルド様もリリーアンヌ様もリオル様も居場所を知らない。
狙いようがありません。」
「…。」
「ミランダ王女が二人くらい王子を産んでくれれば、
リオル様が王位継承権を放棄しても大丈夫でしょう。
それまで盾になって守るくらい、してくれてもいいんじゃないか?レオルド。
俺をこんなに働かせておいて、自分は何もしないとか言わないよなぁ?」
「…それは、すまん。」
俺が宰相の仕事を押しつけたのに、王宮に置いて逃げたのは悪かったと思う。
宰相なら気にしないかと思ってたけど、それなりに怒っていたらしい。
これに関しては、素直に申し訳ない。
「…まぁ、レオルド様一人じゃ決められないでしょ。
リリーアンヌ様と相談して来てください。」
「わかった。前向きに検討してくるよ。」
「頼みましたよ。
陛下が死なないようにあちこち魔術具隠していくくらいなら、
もうちょっと表立って守ってくださいよ。
あんだけ厳重に守られていたら、
陛下に傷一つつくわけ無いのに無駄な警備させて。
まぁ、陛下以外を守るわけにいかない理由はわかってますけどね。」
「他を犠牲にしても、兄貴を死なすわけにはいかないからな。
文句はたまに聞きに来るから、頼んだよ。」
「仕方ないですね。」