53.忍び込む
「寒くない?大丈夫?」
肩にちょこんと乗っている私に、レオが寒くないかと何度も気遣ってくれている。
見た目がこんなだからか、寒そうに見えるのかもしれない。
王宮に忍び込むのに、私がシーナに変化しても目立ってしまうというので、
真っ白い小鳥の姿に変化してレオの肩にのせてもらっていた。
…姿は小鳥なのに、どうしても飛べなかったからだけど。
レンメール国から魅了を使う令嬢がこの国へと入国し、
リーンハルト様の指示で牢に入れられていることを聞いた。
作戦を聞いたときは王宮内を使って捕らえるなんてと驚いた。
もし失敗すれば、王宮内がめちゃくちゃにされてしまう可能性があった。
レンメールの貴族たちと協力して、
魅了の令嬢を無事に幽閉できたと聞いた時は本当にほっとした。
だけどこんなに大っぴらに捕まえてしまったら処罰しなければいけなくなる。
魅了を使った罪を公表したら処刑される可能性が高かった。
私が王宮に行きたいと言うとレオは最後まで嫌がっていたけど、
このまま処刑されるのを待つのは気持ちが落ち着かなかった。
せめて、どんな令嬢なのかを確認して、害意が無ければ魅了を封じるのもいいかと思ってた。
でも、これは難しいかもしれない。
私にはこの令嬢の魅了を封じることができない。
「ねぇ、ここは寒いの。暖かいスープと毛布を持ってきて?」
「話し相手が欲しいのよ。もっと若い男性はいないの?」
「ここから出してくれない?昨日までいた部屋でもいいから~。
え?牢番なのに鍵を持ってないの?じゃあ、盗んできて?」
冷え切った牢の中から無邪気な声が聞こえてくる。
黒髪の細い令嬢が我がままを言うたびに、牢番へと魔力の帯が伸びていく。
だけど、その色は青でも白でもない。混ざり合うように絡み合って水色に見える。
…この令嬢の魅了は多すぎてあふれた魔力じゃない。
自分自身の生命力を外に出して、無理やりにあふれさせて魅了している。
これじゃ私が青の魔力を吸いだして封じることは出来ない。
そんなことをすれば命を失うことになってしまう。
どうしよう。
「ねぇ、リリー。もういいんじゃないか?帰ろう?」
すぐ近くにあるレオの顔が心配で曇ってるのがわかる。
私が悩んでいることがわかったのだろう。
めんどうなことにこれ以上関わらせたくないようだ。
「レオ、お願い。陛下にこのことを話したいの。
もしかしたら、処刑じゃない方法で処罰できるかもしれないし。
残念だけど、私が助けることはできないみたい。」
「…俺としてはもうこの件に関わらせたくないんだけど、仕方ないか。
兄貴に会って話すだけならいいよ。
そしたら帰るって約束できる?」
「ありがとう。約束するわ。」
(レオルドside)
「兄貴、今ちょっと良いか?」
執務室で宰相と仕事をしている兄貴のところへ転移すると、やっぱり驚いて椅子から落ちた。
そろそろ慣れてくれてもいいと思うんだよね。宰相は平気そうだし。
「あぁ、レオルド。
やっぱり何か先触れを考えてくれよ。心臓に悪い。
で、どうした?」
「ああ。魅了の令嬢の件で来た。」
「今回は手を借りなくても大丈夫かと思ってたんだけどな?
お前が作ってくれた幽閉部屋や魅了を感知できる牢もあるし。
今は牢に入れて魅了を測定しているところだ。」
「俺もそう思ってたんだけど、リリーが気にしていて。
リリーから話があるって。」
「ん?リリーアンヌから?手紙でも預かってきてるのか?」
「…陛下、お久しぶりです。」
「へ?」
「こっちです。レオの肩にいます。」
「はぁああ?もしかして、その白い鳥がリリーアンヌか?」
「あぁ、王宮に下手に連れてくると騒ぎになるから、鳥に変化しているんだ。」
さすがに鳥に変化しているとは思わなかったのだろう。
リリーをまじまじと見ていたが、俺の視線を感じて兄貴が目をそらした。
あ、ごめん。にらんでいたかも。
たとえ鳥の姿でも、そんな風にリリーを見つめられるのはちょっと嫌なんだ。
「あー。わかった。それで、リリーアンヌの話ってなんだ?
何かあの令嬢が気になるのか?」
「はい。もしあの令嬢の魅了を封じることができれば、
処刑せずに帰せるのではないかと思ってきたのですが…。
あの魅了は封じられません。」
「封じられない?」
「魔力ではなく生命力を使って魅了をかけているんです。
あのままでは近いうちに老化が一気に始まります。
そうなればもう魅了は使えなくなるはずです。」
「なんだと?じゃあ、今までの魅了使いのような危険は少ないってことか?」
「そうですね。
それほど強い魅了じゃありませんでしたし、長く続かないでしょう。
老化が目に見えるようになれば危険は無いと思います。
その前に令嬢に忠告できればいいのでしょうけど…。」
「だめだ。あの令嬢は処罰を受けてもらわねばならない。」
「兄貴、それはあの令嬢は魅了を使う以上に問題を起こしたってことか?」
「そうだ。偽造した国王印を使って書簡を送って来た。
あの令嬢自体が偽造したわけではないが、そうさせたのはあの令嬢だ。
おそらく隣国は混乱したままだろうし、この国も巻き込まれかねない。
誰がが責任を取って終わらせなければ戦争の火種になる。
これから妃として王女が来るかどうかもわからない状態で火種は残せない。」
「そういうことか。
令嬢が魅了使いだったことを発表して処刑することで幕引きしたいのか。」
「ああ。令嬢だと思えば可哀そうなのかもしれないが、やったことが重罪過ぎる。
情けをかけたところで、他の者が死ぬ危険性が増えるだけだ。」
思った以上に大きな問題になっていた。
もうあの令嬢の魅了だけの問題ではなかったようだ。
…それではもうあの令嬢を助けることはできない。
代わりにこの国を危険にさらすようなことはリリーも求めていない。
「勝手なことを申しあげました。申し訳ありません。」
「いや、いいんだ。俺の時は世話になったな。」
「え?」
「…もしかして兄貴にはあの時の記憶があるのか?」
「ある。だけど、終わったことを公表して騒ぎになることはさけたかった。
きちんと謝って礼をしたかったが、すまなかったな。二人には迷惑をかけた。」
「そうか…まぁ、兄貴は被害者だから。
あまり気にしなくていいよ。」
「ありがとう。だからこそ、今回の件をうやむやにはしたくない。
レンメール国との同盟を維持するためにも、令嬢には正式に処罰を受けてもらう。
すまないな、リリーアンヌ。」
「いいえ、陛下のお気持ちはわかりました。」
「時間をとらせて悪かったな。それじゃ、俺たちは帰る。」
(リーンハルトside)
二人がいなくなった執務室は元通りの静かさになった。
宰相の書類をめくる音だけが聞こえてくる。
やっぱりレオルドとリリーアンヌは魅了の令嬢について知っていたんだな。
王宮から出たのに、まだ心配してくれるとは。どっちも優しすぎるな。
「…まぁ、表向き処刑にするけど、処刑するまで時間がかかるだろうから、
牢に入れている間に老化が始まるかもしれんな。
そしたらもう令嬢の姿じゃないだろうから、
処刑したことにして修道院にでも放り込むか…。」
「ふふ。やっぱりお優しいですね。」