45.ジョセの甥と姪(リーンハルト)
午後のお茶の時間になるころ、
レンメール国のレーンガル公爵家から来た二人に会うことができた。
金髪碧眼の姉と金髪緑目の弟の十六歳の双子だった。
ジョセの姪と甥なのだが、ジョセの姉は正妃の子で、ジョセは愛妾から生まれた子だった。
年齢も十五歳離れているため、ジョセが物心つく前に嫁いでしまっている。
そのため姉と会ったことも数回で、ほとんど記憶にもないらしい。
隣国は簡単に行き来できる距離ではないし、嫁いだ後は生家に戻ることも難しい。
姪と甥という血のつながりがあってもジョセとは他人同然だと思われる。
その公爵家の二人が相談とは、どういうことだろうか。
「マリーリア・レーンガルと申します。
ジョセフィーヌ王妃様の姉のアンフィーヌの娘でございます。」
「同じく息子のジョージア・レーンガルです。」
目の色は違うが、二人は整った顔立ちが似ている。特に目もとはそっくりだ。
どちらもジョセとは似ていないということは、
二人の母親である姉とジョセは似ていないのかもしれない。
さて、親戚としてきたのか、国の代表としてきたのか。
「留学ということで受け入れたが、何か他にもあるそうだな。」
「はい。相談とお願いがあってきました。」
こっちもお願い、か。王女のお願いを思い出して少し顔をしかめてしまう。
それを見ているだろうが、マリーリアは顔色一つ変えずに話をつづけた。
「実は私たちにはもう一人兄がいるのですが、
どうやら魅了の影響下にあるようです。」
「魅了の?」
記憶の底に封じてある令嬢の姿が思い出される。
魅了。あの令嬢との幸せな想い。そして一瞬でなくなった情熱。
誰も覚えていなかった数日間のできごと。
「兄と同様の状態になっている者が数名確認できています。
この国でも以前そんなことがあったと、ロードンナ国の記録で確認しました。」
「ああ、そうか。当時ロードンナ国から王太子が留学して来ていたな。
だけど、この国の者にそれを聞いても無駄だよ。みんな記憶が無いんだ。」
「記憶が無いのですか?でも陛下は覚えていらっしゃるのでは?」
「俺は覚えてる。誰にもそれを話したことは無いけどね。
なぜかみんな魅了の影響下にあった数日間を覚えていないんだ。
それだけ学園内が支配下にあったということかもしれないが。」
「レンメール国では少し違うようです。
学園内すべてのものが影響下にあるわけではなく、
狙われた数名だけが影響下にあるようです。
ですが、それが魅了の力が強いのか弱いのか、性質が違うのかわからないのです。
お願いというのは、リリーアンヌ様を派遣してもらえないかと。」
「は?」
「ロードンナ国の記録に、リリーアンヌ様が魅了を封じたと書いてあるんです。」
リリーアンヌが魅了を封じた?確かに優れた魔術師だとは思うが…。
あの事件を解決したのがリリーアンヌ?
…俺は、どれだけあいつらに迷惑かけてんだ。嫌になる。
「リリーアンヌの派遣は認めない。」
「そんな!」
「何の名目で公爵夫人に協力を要請する気だ?」
「…公爵夫人?リリーアンヌ様は王弟妃ではないのですか?」
「王弟は公爵になってる。もう王族じゃない。
他国からの要請に応じる義務はない。」
「…私たちが個人的にお願いするのも無理でしょうか。
せめてお話だけでも。」
「今、弟もリリーアンヌも王宮にいない。
それどころか公爵領にもいない。どこにいるか公にしていないんだ。
会うことも難しいぞ。」
「…そんな。」
「レオルドは王宮内での出来事は把握しているようだ。
留学生が来ていて、魅了で困ってると言う話は伝わるだろう。
だけど、応じてくれるかはレオルド次第だ。期待されても困る。」
しょんぼりとしてしまった双子を見て、少しだけ同情する。
自分自身が魅了にかかったことがあるし、レオルドに暴言吐いたのも覚えている。
おそらく双子の兄も同じような感じになっているんだろう。
心配して何とかしたいと思う気持ちもわからないでもない。
だけど、リリーアンヌは無理だな。
リリーアンヌを他国に派遣するなんてレオルドが認めるわけがない。
「留学は認める。その間にレオルドから連絡が無ければあきらめて帰ってくれ。
留学に関しては明日学園のものが来て説明がある。
その時に留学期間も決めてくれ。」
「…わかりました。」
「先ほど学園から副学長が来て話し合いしたそうです。
留学の期間は一か月~三か月だということです。」
「一か月から三か月?なんで決まってないんだ?」
「あの方たちはできる限り長く留学していたいそうなんですけど、
途中で国から帰って来いと言われる可能性があるそうです。
留学を受け入れる基準もありますし、最低一か月の通学は義務づけられますけど、
こちらとしても国から帰って来いと言われている者への許可は出せません。
途中で何かあればすぐに帰ってもらうことになります。
それがなければ三か月になりそうですよ。」
「…それは魅了がらみで国から戻って来いと言われる可能性が?」
昨日王女から聞いた話と公爵家の二人から聞いた話は宰相に話してあった。
宰相は俺と仕事している時間よりも、レオルドと仕事をしていた時間のほうが長い。
だからこそ信用できる人間だと思っている。
二年も仕事を放棄した俺に思うこともあるだろうが、
今のところは何も言わず俺について仕事をしてくれている。
何か問題が起きてから話しても間に合わないかもしれないと、
王妃のことも魅了についてもすべて宰相には隠さないで話した。
「もしかしたら王族まで魅了で操られる可能性はありますね。
公爵家の嫡男が魅了されているのであれば、王族に会うのもたやすいでしょう。
もしそうなっても、こちらからは何もできませんけど…。
ロードンナ国なら何か対策できるかもしれませんが、
それはもう問い合わせしてあるでしょうし。」
「そうだよなぁ。こっちからは何もできそうにないんだよな。
魅了で国がごたついていても、王女も一度は帰さなきゃいけないだろうし。
無差別な魅了じゃないそうだから、
あの侍従が狙われるとは考えにくいし、王女は帰っても安全だろう。
問題はジョセの甥と侯爵家の令息か。帰ったら狙われそうではあるな。
それもあってできる限り長く留学していたいんだろう。」
「こちらには助ける義理は無いんですけどね。」
「それはそうだ。そんな義理は無い。
だけど、隣国が傾くようなことになれば、こちらにも被害が及びかねない。」
「レオルド様に相談しますか?」
…レオルドに手紙を書くか聞かれてるのかな。
相談はしたいけど、でもなぁ。
リリーアンヌが呼ばれそうな相談は嫌だろう。
「いや、こちらからレオルドには相談しない。
我が国のことじゃないし、頼む理由もない。
とりあえず様子を見よう。」
その令嬢が狙いの令息たちだけで満足しているなら、
それで魅了による混乱は終わるかもしれない。
そうなれば個人的な問題で済む範囲だろう。
公爵家としては嫡男がその状態で困るかもしれないが、弟が継ぐことだってできるわけだし。
他国が関わっていいことではないな。
この時はまだ他人事で、まさか本当に我が国に被害が及ぶとは思っていなかった。